SCENE8-2≪決着≫


 オフィス街でふと、サラリーマンが空を見上げた。特に意味があった訳ではない。ただ、何かが変わったのだ。それが具体的に何なのかは理解出来なくとも。


 そして、空にはいつも通りの蒼が広がっている。


 何かが見えた気がするが。それを彼はそれを認識することは無い。未だ目覚めぬ彼には理解出来ないものもある。そしてそのまま彼は人混みに紛れていく。ほんの微かに、昨日の記憶がない事に疑念を覚えながら。


 



 コックピットの中、既に自分の名前も忘れたものが目を覚ます。量産機モノイーグルのパイロット、その統率役。外間春夫が三佐と呼ぶ男。かつてこの国を守っていたイーグルファイターの一人、けれどその事実を覚えている存在は数えられる程。


 状況を確かめようと、周囲をレーダーで確認する。


 上空に2機の継王機ザナクトの反応。けれど周囲の状況が食い違っている。


 空が青い。大学が崩れていない。周囲では大小の混乱が起きていて、下手に量産機モノイーグルを動かせばとんでもない事になるだろう。


 まぁそもそも、大きなダメージを負った機体は動くことは出来ないのだが。


 残骸と化した愛機の中で、三佐は考える。さて、世界がどうなったのかと。





 港湾地帯の工場こうば、その近くに広がる防波堤の上で、老人が釣り糸を垂らしていた。そして何かに気が付いて空を見上げて笑う。うっすらと見える分割線パーティングラインがほんの少し遠くなっている事に気が付いたのだ。


 


 彼はニヤリと笑い、針も餌も付けていない竿を片付け、腰を叩きつつ立ち上がる。どこまで世界が広がったのか。若いのに頼んで直に見るのも悪くはなさそうだ。





 それを、東山は見た。あのオフィス街で戦った2機のロボット。それが遥か空高くで対峙している。あの蒼い方には恐らく、木藤宗次郎が乗っているのだ。胸が痛い。彼は帰ってくると言ったが、けれど自分を愛してはくれない。


 何が切っ掛けだったのかは覚えていない。


 けれど、大学の講義の途中で何気なく聞いた料理の話。偶然アルバイト先が同じで、はしゃいで写真を撮ったこと。あるいはサッカーサークルの試合でシュートを決めて喜ぶ姿。どうしても二人きりで出かけてはくれなかったけれど――


 それでも、好きだったのだ。間違いなく彼女は恋をしていた。


 だから、もし明日が来るのなら。髪を切ろうと決意する。


 終わったそれに区切りをつける為に。そして今度からはしっかりと木藤宗次郎から友達料金をふんだくんるのだ。彼自身を奪えるとは思わないけれど―― せめて嫉妬位はしてもらいたいと、そう思う。

 




「なんだ、これは……」



 外間春夫は、赤いセルフレームの外側に。終王黒機ザナクトのモニターに映る世界に目を見開く。どこまでも続く蒼い空、そこには滅びは無かった。ただ切り取られた平穏な日常が、繰り返される無意味な今が広がって


 違和感を感じ、モニターの端に映る時間に目を向ければ日付の場所にブロックノイズが走っている。だがそれも徐々に輪郭を取り戻していく。世界が動き滅び始めていく。



『あんたの世界を継いで、そして俺の世界と紡いだ』



 外間はスーツのポケットに入っているに意識を向ける。つまり、木藤宗次郎は、分たれた世界装置を組み上げたのだ。その上で、可能な限り可能性を統合し、辻褄を合わせ、文字通りの意味でのだと理解する。



「こんな、ことを…… 死人を、蘇らせる所業を、何の代価も払わずに!」




 一瞬、その意味を外間は理解出来なかった。彼は何を犠牲にしたと言ったのだ?


 木藤宗次郎きふじそうじろうは、今この瞬間において。外間春夫にとって。広兼由依ひろかねゆい以外に唯一認識することが出来る他人。その相手が―― 何をしたというのだ?



「お前は、俺が憎くはないのか?」


『もう、忘れた』



 通信機の向こう側から聞こえる声には憎しみはなく。親しみはなく。ただ寂しさだけが詰め込まれていた。どんな記憶であれ、それを代価として支払ったのならば、失ったのならば、自分の心の一部を失ったのならば。憎しみであってもそれは痛みだ。


 その言葉を聞いて、木藤宗次郎に対する憎しみを失う自分を想像する。文字通り半身を引き裂かれる痛みと、同じものを彼も感じているのだろうか?



「どこまでも…… どこまでも、俺を、コケにして――」



 感情が臨界を超える。外側に溢れた憎しみと憎悪の海。それを吐き出す心の最奥に浮かんだものはどうしようもない敗北感、あるいは感動と呼べるものだったのかもしれない。


 けれど、それは本当に僅かな衝動だ。負けたと実感した。けれど、この尊いものを、眩しい物を汚したい。自分と同じ絶望に染め上げたいという欲望を、抑えられる量も密度も無い。


 どれだけ美しい雫が滴ったとしても、憎しみの海を清める事は出来ない。



「ああ、そこまで綺麗ごとを抜かすのならば―― 滅ぼせっ! アクを滅ぼせ!」



 だから、殺し終わらせたいと思った。だから、殺され終わりたいと願った。


 終王黒機ザナクトのエネルギーゲインがついにを下回る。


 これまで継王蒼機ザナクトよりも、エネルギー面で優位に立ちまわれていたのは、武装を大鎌デスサイズに限定し、消耗を抑えているのも大きいが。それ以上に誘導弾格納槽ミサイルハイブをR粒子炉に換装しサブゲインとして流用していたからだ。


 事実上、終王黒機ザナクトは150%のエネルギーゲインを持っている。


 そして、継王蒼機ザナクトに残されたエネルギーゲインはどれくらいなのか? それは木藤宗次郎が外間春夫に抱いていた思いの強さに左右される。


 殺されるのならば、それでいい。けれど叶うなら、殺したい。


 既に憎しみを通り越して愛に届く程の感情を注ぎ込み、外間は操縦桿を握りしめ、大鎌デスサイズを振るう。納得できる終わりを迎える為――


 セルフレームが、顔から落ちた事にすら気付かぬままに。





「木藤君、どうしよう……」


「ああクソ! これでどうにかなると思ってたんんだよぉ!」



 終王黒機ザナクトが青空と雲を引き裂き、風を纏って攻めてくる。


 それに対して、宗次郎はフットペダルを踏み込み。スタビライザーを振るわせて、ワザと機体のバランスを崩して避けた。コマのように回る機体を、操縦桿を振って両手を広げ、どうに体勢を立て直す。



「勝てるの? ゲインはもう-60%だけど」


「ああもう、本当に強いんだよっ! あの人は……っ! ユイ、ミサイル頼む!」


「……ふふっ、アイハブ。A1からA10まで、発射」



 誘導弾格納槽ミサイルハイブを確認し、10発ほど再装填リロードされたマイクロミサイルを破れかぶれで発射する。青い空に飛行機雲で切り分けながら黒き王に迫るが――



『その程度でっ!』



 終王黒機ザナクトが汚れた橙色の翼をはためかせれば、その力に煽られたミサイルが四方八方に飛び散り、炸裂する。一発たりとも黒い装甲には届いていない。


 終王黒機ザナクト単眼モノアイが、左右に揺れて笑う。



「ああくそ、そうなるって分かってたんだよ!」

 


 そもそも宗次郎は最初から、終王黒機ザナクト相手に勝つ算段を立ててはいなかった。文字通り、戦うことなく勝利するする為のアイディアがアレだった。


 絶対王権ロイアリティシップの性質を比べた結果。原理上、どうしても相打ちになる。だからこそ、あの場で世界を継いで紡いで、それをもう名前も思い出せない彼に叩きつけたのだ。


 意味はあった。恐らく、憎しみ以外の何かは生まれた。間違いなく。


 けれど未だに射程以外のあらゆる面で此方を上回る終王黒機ザナクトを相手に勝利しなければならない状況は変わっていない。


 殺気はそのままに、終王黒機ザナクトの動きは先程よりも速く、いや早く、余裕が生まれている。これではむしろ負けが近づいた。



『そもそも貴様は、昔から根が不真面目だったんだ! 真面目そうな顔をしておきながら何度私に過去の試験問題やレポートをせがんだ!? 言ってみろ、あぁっ!?』


「知らねぇっ! 忘れたから、もうそういうのも忘れたからノーカンだろうがっ!」



 継王蒼機ザナクトが躍る。雲の上で、風に乗り。黒い閃光と化した刃を避ける。


 終王黒機ザナクトも躍る。空の下で、風を裂き。【ブレード】の一撃を強引に避ける。



『だいたい、大体貴様は真面目にやれば俺よりも頭が良いくせに。そのくせのんべんだらりと遊び惚けて! 大学生の本分は、学業だろう! 広兼教授からあれほど目をかけられておいてっ! よくもあんな態度がとれたものだ!』


「くそぉ! 漠然としたあんたに対する尊敬の念が秒単位で溶けてるんですけど!」



 宗次郎の胸に抱かれたユイが笑う。どちらも相手を倒そうと、必殺の一撃を放ち続ける。上空2000mで繰り広げられる超音速の、人類史上最速の白兵戦は間違いなく、互いを排除しようとする醜い殺し合いでありながら――


 どこかそれは、本気で子供同士がじゃれ合う無邪気さがあった。


 どこまでも純粋に、互いの全力を尽くし。燃え尽きるように。


 継王蒼機ザナクトが緑のR粒子を纏って躍る。


 終王黒機ザナクトが橙のR粒子を纏って応じる。


 けれど、それが殺し合いであろうと、あるいは遊びであろうと――


 どんな時間にも、終わりは訪れる。 



「――木藤君、ゲイン-70%。-100%になったら?」


「リミッターで強制停止…… ああクソ、もう仕掛けるしかないか」



 未だ【リベリオン】への対策は思いついていない。原理が不明である以上。対応を練ることも出来ないのがどうしようもない。【リバース】使用したとして何が起こるか全く分からない以上。それは最後の手段。


 あるいはこれ以上【リブート】を使用し、ダメージを打ち消すことは論外。


 ならば、残る手はそう多くない。だ。


 エネルギーゲインの削り合いでは勝てない。だから逆転を狙う必要がある。その上で【リベリオン】によるカウンターをどう捌くか。そのアイディアを思いつく前に、終王黒機ザナクト大鎌デスサイズを構えた。


 蒼の最果て、切り取られた世界の頂上で2機の継王機ザナクトは向かい合う。



「……ああクソ、本当に。強いんだよなぁ」


「勝ち目がないくらい?」


「ゼロじゃないけど、厳しい位には」



 ああ、ここで死にたくはないし。負けたくもない。何よりここで負ければ全てが無意味に終わる。積み重ねた奇跡も、ユイが外間と呼んだ男の慟哭も。だから傲慢に、上から目線で、けれど人として。神ではなく王として宗次郎は勝たねばならない。


 そこで宗次郎は顔がこわばっていることに気が付いた。ああ、これではダメだ。


 無理やりに、口角を釣り上げる。そもそも勝てると分かり切ったものは勝負とは呼ばない。これまでの繰り返しで揃えたものがこの手札。なら今は、勝負に乗る時だ。


 左手に【ブレード】を構える。


 正面から大鎌デスサイズを切り払い、バーストインパクトの間合いに入って叩き込む。その上で打点をずらし【リベリオン】のカウンターを耐えられる形で受け。もう一撃叩き込む。可能性はゼロではない。


 唇が乾く、ユイの瞳がセルフレームの向こう側からこちらを見上げている――


 彼女の指はキーボードに向けられて、宗次郎の操作に対して幾つかの動作パターンを用意し待ち構えていた。一人ではない、それが強みだ。


 ごとり、と予想外の音が聞こえた。



「木藤君、全力で。行きなさい――っ!」



 ユイのものではない、か細い声が宗次郎の耳に届く。後部座席でせき込む音の間から確かに進めと、木藤宗次郎に向けて言ったのだ。



「ナインさん!?」



 ユイの驚きを合図に、宗次郎はペダルを踏み込む。今は考えるのを止める。ナイン=セラフィーナならば信じられる。だから今は全力を叩き込む事だけが全てで良い。


 彼女が場に出したカードがなんであろうとも。





 継王蒼機ザナクトが、木藤宗次郎が選んだのは破れかぶれの突撃であった。少なくとも、外間の視点からはそうとしか見えなかった。



「――ああ、期待していたのか。俺は」



 胸の中に広がるのは、失望か、あるいは寂しさか。


 どちらにせよ、木藤宗次郎は自分の予想を超えてくると、そう信じていたのだ。


 殺したいとは思った。殺したいと願った。


 その上で、純粋にこちらを超えてくると確信していた。


 世界が滅びてから、一番激しく。熱い時間は終わり。既に積み重ねた全ては使い果たした。残っているものは戦う理由だけ。だから終わった後の事は考えない。ただこの攻防につぎ込める全てを叩き込む。


 大鎌デスサイズは中型ブレードで弾き飛ばされる。その程度の芸当をやってのけるだけの経験値を木藤宗次郎は蓄積しているのだから。


 その上で、レーザーブラスターか、あるいはバーストインパクトで攻めてくる。


 どちらでも構わない。受けた攻撃を【リベリオン】で返せば終わり。究極的には時間的制約に問わられる事のない世界を紡ぐ継王機ザナクト同士の戦いにおいて、因果逆転の絶対王権ロイアリティシップは事実上の無敵を保証する。


 絶対的な再生能力、あるいは圧倒的な数ですり潰すことは出来るが、そのどちらも継王蒼機ザナクトには備わっていない。あるいは【リブート】を使用すればその場限りではないが、リソースの削り合いになれば消費の多い向こうが負ける。



 だが、それでも――



 何かあるのではないかと、殺意の中にある輝くものが叫ぶ。


 ああ、だから。全力を尽くすのだ。全力を尽くして殺すのだ。


 彼らの正しさを/己の愚かさを、証明するために。



 操縦桿を捻り、飛んできた継王蒼機ザナクトに刃を向ける。双眼の王の刃がそれを受け、そして弾く。もう終王黒機ザナクトのゲインも30%を切っている。だからこれで終わりとばかりに、こちらも己の手首を捻り、双方の持つ得物が宙を舞う。


 最後の武器は、バーストインパクトと決めた。どこまでも保身の為に極まった技だと誰か剣士が笑った長物から手を放し、両腕にエネルギーを装填していく。


 R粒子を物理的なエネルギーに変換する、継王機ザナクト最強兵装ひっさつわざ終王黒機ザナクトの右腕に紫電が走る。【リベリオン】によるカウンターからの追い打ち。稼働状態にある継王蒼機ザナクトを倒して有り余る攻勢。


 ああ、けれど。継王蒼機ザナクトはそれに応えない。構えたのは右腕のレーザーブラスター。更に失望が積み重なる。正面からこちらを迎えないのは、弱腰か?


 それとも、何か策があるのか。だが、関係ない――


 レーザーが放たれた。何の工夫も無く頭部を狙った一撃。失望と共にそれを受け、因果を逆さに回す。これで、終わりだ。



 口内で小さく呟いた【リベリオン】。それで、因果は返った。


 それは必殺の一撃


 間違いなくを狙った一撃であった。


 だが継王蒼機ザナクト返らない。


 右目を赤く燃やし、左目を碧く輝かせ。左手に紫電を纏わせて、継王蒼機ザナクトが、迫る。


 何故と考えた瞬間、血を流して動かない白衣を纏った少女の姿が閃いて消える。


 その一撃を放ったのは。継王蒼機ザナクトではなく


 故に、因果は彼女に返る。その事実に外間の心が止まった。


 無くなった何かが、失った何かが悲鳴を上げ動きが止まる。


 

 そして、蒼が迫る。



 刃を手放した蒼の左手が迫る。


 紫電を纏った腕が単眼モノアイごと、終王黒機ザナクトの頭を掴む。


 ストライククローが食い込みバイザーが砕ける。折れた王冠が、捻じれる。


 そして、紫電と共に絶対必殺の一撃が放たれて。この空から、音が消えた。

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