SCENE3-3≪恋慕≫



「加藤が、負けた?」


「ええ、脱出は絶望的よね。奴は四天王の中でもって茶化してみる?」


「悪いが、軽口に乗る余裕はない。ナイン」



 廃墟の研究室に据え付けられた王座の上で、外間とのまはこれまで以上に苦く厳しい顔で、ナインの軽口を窘める。これまで可能性を考えなかった訳ではない。これまで何度も加藤は無茶を通して勝利を勝ち取って来た。自分たちと同じように戦力を整えた敵相手に無双したこともある。


 けれどその事実は明日の勝利を保証しない。


 ナインも己の失言を恥じて押し黙る。10秒と少し廃墟の中を、乱雑に並びたてられた電子機器の放つ低音と、培養槽から響く泡の音が支配した。



「そうね、加藤かとうの死を、茶化すべきではなかったわ。彼もまた、私達の数少ない仲間の1人だったわけだし」



 ナインは埃をはらい、ひょいと机の上に腰かけてふらふらとハイヒールを揺らす。彼女の声色も、外間とのまのそれと同じく、暗く沈んでいる。世界が滅んでからずっと共に歩んできた仲間の死に対し、彼女もまたそれを飲み込むことが出来ていないのだから。



「……方法は乱暴だが、こちらを気遣おうとしたのは分かる」


「ええ、そう捉えてくれると救われるかも。彼には思うところが何もなかったわけじゃないけれど、こんな風に死なれるとこうも辛いのね」



 加藤は碌な人間ではなかった。単純な戦闘力に関しては外間とのまに迫り、剣士としてはナインが出会った中で間違いなく最強。だが過剰な自己承認と品性の無さが透けて見える態度は好ましくはなかった。


 もし彼がその腕に見合った落ち着きと精神性を持っていたらどうなっていたかと考えて、ナインはその想像をアッシュブロンドの髪を揺らして振り払った。そうなればあまりにも完璧で人間として気持ちが悪い。


 彼本人は背の低さを気にしていたようだが、そもそも身長が140cmを下回る彼女から見ればどうでもいい話である。もし彼がもっと真っ当な人格であったなら、抱かれてやっても良かったと思える程度には。



「それで、どうするの。まだあの世界を攻める?」


「ああ、一度止めるが。最終的にはあの世界も喰らう必要がある」



 どうやら外間とのまはまだあきらめていないらしい。彼の顔色は悪いがその表情はまだ活力が残っている。未だにあの世界を、あの継王蒼機ザナクトをどうにかする手段があると確信していた。



「けれど、放置していればよりあの継王蒼機ザナクトは強化されるわ」


「ナイン、彼らの敵は俺達だけじゃない。この戦いはバトルロイヤルだ」



 外間とのまは立ち上がり、ナインの座る古びた事務机に歩み寄り。キーボードを叩き、パソコンを起動させる。デフォルトの壁紙に、整理されたフォルダが配されたデスクトップは彼の生真面目さを表している。



「あの継王蒼機ザナクトは決戦型、短時間に多量のリソースを消費することで一気に勝ちを狙うタイプだ。そしてパイロットのセンスが良いが、経験が足りていない」


「まだこの辺りで生き残っているコードに。群体系の継王機を使う世界があったわね。それをぶつけるの? コードT、だったと思うけれど」



 横合いからナインはマウスを動かし、フォルダを開きPDFを開く。かつて彼女自身がまとめたデータ。周囲に存在する、あるいは存在していた世界コードに関する情報をまとめたファイルである。


 不鮮明な画像の中に見えるのは虫。大型トレーラーのサイズを持った蟲の群れ。単眼モノアイと8本の足と2本のはさみ。胴体を濃緑の装甲で覆い、その尾にはレーザー砲が装備されている。重戦車で形作られたさそり。そう表現するのが分かりやすい。



「ああ、もう少し弱ってから俺達で殲滅するつもりだったが。ここは敵のまま役に立ってもらおう。コードEの情報を流せば充分な観測力を持たない彼らはあの世界になだれ込む」


「なりふり構わないわね。けれど私は好きよ、外間とのまちゃんのそういうところ」



 意味は無いと知りながら、それでもナインは外間とのまの頬に手を伸ばす。彼はその手を払いのけない。求めれば淡白ながら返してくれる。けれど絶対に彼はこちらに心を向けてくれないのだ。どこまでも外間とのまはこの世界を維持することに固執している。


 ふとナインはこのフロアに存在する培養槽の電力を止めた時、彼はどうするのかと考えて無駄なことだとその思い付きを頭の中のゴミ箱に放り込む。何度か想像、いや妄想したがどんな結果になろうと、外間とのまがナインに意識を向けることは無い。


 だから現状が一番マシなのだ。世界を維持するために、自分の力を求めてくれている時は、ほんの少しだけその心をナインに向けてくれるのだから。





「……そー君、夜が綺麗」


「どうした、ユイ。急に詩人になっちまって」



 夜の道路を、二人はロードサイクルでゆっくりと走っていく。街の明かりは見えても何かが生きている音がなにも聞こえないこの闇の中は、宗次郎からすればただ恐ろしい。それこそ今日戦ったブレードファルコンも、静かなこの夜の方がずっと心を締め付けて来る。


 後ろにユイが乗っていなければ、寒くもないのに震えていただろう。


 けれど背中から感じる柔らかい少女の体と、彼女の体温が宗次郎の中にある意地に力を与えてくれているから真っ直ぐと前を見つめることが出来るのだ。



「だっていつか夜は終わって、明日が来るって思い出せたから」



 急にぎゅっと、後ろから抱きしめられて、宗次郎の心臓が跳ねた。彼も朴念仁ではなく19歳の健康的な男子であり。こうも憎からず思っている少女から素直な好意を寄せられれば相応に胸がときめく。


 これで記憶がはっきりとしているのなら、今この場で告白していただろう。


 けれど今の宗次郎は彼女に対するこの気持ちが、いつどうやって生まれたのか分からないのだ。昨日街中で継王蒼機ザナクトを呼び出そうとしていた時に一目ぼれした訳ではない…… はずだ。名前すら憶えていなかったけれど、彼女と出会ったのはもっと前。


 それを思い出すまでは、この気持ちを素直に受け入れない。



「ユイ、自転車を止めるぞ」



 背中で彼女が頷いたのを確認してから、宗次郎はブレーキを強く握り、広い道路の真ん中でロードサイクルを止め、ポケットからスマートフォンを取り出した。時刻は23時58分、日付は未だにブロックノイズで潰れたまま。




「……まだ、来ないな」



 それだけで、後ろから覗き込んできた彼女にも意味は伝わったらしい。30秒ほど互いの呼吸すら聞こえる時間が流れた。ゆっくりと宗次郎の手を白い手袋で包まれたユイの手が握りしめる。今日が終わる10秒前にその沈黙は彼女の方から破られた。



「うん、一度世界が滅びてから。一度も日付は進んでいない。けどね――」



 彼女は握りしめた手を放し、一歩離れてくるりとミリタリィロリータのロングスカートを翻す。宗次郎がそれに見惚れて目を離しても。画面の中でデジタルのカウントは進み、そして何事もなくカウントが0:00に切り替わった。昨日と同じ今日が始まる。世界はまだ終わらぬキョウを繰り返すだろう。



「私には明日が来た。そー君は来てくれた」



 だがユイは赤いセルフレームの下で、満面には程遠いが笑顔を作る。それは彼女の事を知らなければ見落とすほどではあったが、確かにそれは宗次郎に伝わった。


 

「勝利も敗北も、ただ終わらない今日を積み重ねるだけだったのに。そー君はそれを明日にしてくれた。そー君と再会してからもう3日目だけど、毎日新しいワクワクがあるんだ。ボクはそれがただ嬉しい」



 ああ、彼女にとってこれまでの戦いがどれほど辛かったのか分からない。ただ1人で勝利しても得るものがない戦いを繰り返し。そして数度の敗北で彼女は何を失ったのか? 名も知らぬブレードファルコンのパイロットは負けて命を失った。


 宗次郎はそこで考えるのを止める。


 だから、もう負けない。彼女を助けたいのではなく、この笑顔が失われることはあってはならないと決意する。


 宗次郎は不器用にどうにか、ありがとうとつぶやいて。急いで後ろを向き、ユイに後ろに座れと促した。出来れば顔は見られたくない。ドキドキと弾ける心臓が頬をどこまでも赤く染め上げているのは間違いないのだから。

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