SCENE3-2≪凱歌≫



「ユイ、エネルギーゲインの残量は!?」


「75% レーザーブラスターの消費は、バーストインパクトより大きいから」


「だろうな、けどこいつがあれば立ち回りがぐっと楽になる!」



 継王蒼機ザナクトに施された改修は、実のところ単純な強化という訳ではない。右腕に仕込まれていたバーストインパクトの修復は叶わずに、その代わりとしてモノイーグルのレーザーガンポットを仕込むことで補っている。結果としてその色は蒼から灰色に変わり、正面決戦における白兵戦闘力は低下した。


 けれど遠距離攻撃能力の存在は大きい。それこそ真正面から防御障壁すら貫ける遠距離化力は間違いなく戦闘で大きな優位となる。


 その分、エネルギーの消費が激しく安易には使えない。それでも宗次郎にとってこの改修は好ましかった。手筋が増えるのは出来る事は何でもやる、そんな彼の性質とマッチしているのだから。



「ブラスター拡散モード、ミサイル発射! バーストインパクトをセット!」


「モード切替、ユーハブ。ミサイルの誘導はこちらで。インパクトセット」



 武装周りをユイに任せて、フットベダルを踏み込み継王蒼機ザナクトを離陸させる。前回の戦闘よりもスムーズな飛翔。腰に2機のモノイーグルから取り出したスラスターエンジンを移植することで、ある程度安定した飛行を可能としたのだ。


 その分エネルギー消費は増えているが、音速を突破する事すら可能となった以上、総合的に見れば性能はプラスえある。無論毎秒消費するエネルギー量が倍になっているので安易に飛行を続ければあっという間にゲインが尽きてしまうのだが。


 その辺りの調整は腕の見せ所。


 スラスターから噴き出すR粒子の輝きが大気をイオン化させて、空をザナクトの巨躯が舞う。目指すはこちらに落下してくるブレードファルコン。腰の炸薬加速式居合剣バスターイアイドに手をかけ、こちらの攻撃を避けて間合いに切り込むつもりだろう。だからあえてそれに乗るのが宗次郎のやり方だ。


 機動力で遠距離から削り殺すのが最善手。けれどそんな当たり前の手段で倒せる程度の存在ならば、世界が滅びた時点で死んでいる。



「A1からB30まで誘導弾格納槽ミサイルハイブ、リリース」


「コントロール、アイハブ! レーザーブラスター、ファイア!」



 飛翔する継王蒼機ザナクトの背中からミサイルが、そして右腕から拡散レーザーが迸る。空から落ちセマるブレードファルコンを、圧倒的な飽和化力による絶対的な正面制圧火力によって迎え撃つ。


 レーザーの輝きと、マイクロミサイルの軌道が絡み合い。分割線パーティングラインが入った空に、絶対必死のデスゾーンを書き上げる。



(けど、この程度で撃破出来る訳が――)



「ねぇんだよ、なぁ!」



 そして当たり前にブレードファルコンはそのデスゾーンを切り抜け突破する。噴煙を切り裂き単眼をうごめかせ、レーザーを強引に装甲で受け、ミサイルが炸裂する前に通り抜け。


 今度は向こうがこちらを理想的なキルゾーンに捉える番。


 またあの居合が直撃すれば終わりだ。宗次郎の反応速度は決して低くはない。けれどそれでもあの一撃を見切る事は不可能。


 継王蒼機ザナクトに残ったデータを解析した結果、鞘の内部で爆発させた液体爆薬によって超音速まで加速して放たれる斬撃。原理としては弾丸と同等、それこそ機体の駆動から、その関節の動作から速度を予測すれば型に嵌められる一種の秘剣。


 けれど、宗次郎は不敵に笑う。まだ終わりではない。



「脚部増設ミサイル! あとエネルギー残量!」


「アイハブ、ファイア。今40%を下回った」



 改造によって追加した武装はレーザーブラスターだけではない。脚部に取り付けられたミサイルポッドから左右10発、合計20発のマイクロミサイルが吐き出された。

 

 だがそれですらも相手の予測範囲内。更に機体の上半身を捻って避ける。圧倒的な操縦センス、あるいは反応速度の差。


 ブレードファルコンの顔に張り付けられた橙色の単眼モノアイが嗤う。


 今この瞬間、継王蒼機ザナクトに有効な射撃手段はない。レーザーブラスターもミサイルも使い切った後。敵もこちらのエネルギーや形状からある程度は武装数を察することが出来るのだから。バーストインパクトを放つだけでは間合いで負ける。


 絶体絶命の獲物に向けて、ブレードファルコンは剣の柄を握りしめ。斬撃の構えを取る。最早抵抗する手段は宗次郎に残っていないのか?



「宗次郎、バーストインパクト。セット」


「アイハブ! 喰らぇ!」



 居合切りが炸裂する寸前、継王蒼機ザナクトの左腕にエネルギーがチャージされる。当たれば必殺の一撃、けれど威力は互角であっても、根本的な間合いでブレードファルコンの有利は変わらない。


 継王蒼機ザナクトの右腕にR粒子炉から収束された物理エネルギーが集い、それと同時にブレードファルコンの鞘から爆音と共に刃が放たれる。一撃必殺の応酬、ならば間合いの長さが勝利を分かつ。幾ら威力が高くとも届かなければ意味はない。


 分割された空に硬質な音が響き、ほんの一瞬。2機の巨人が動きを止める――



『そうか…… 貴様!』



 通信機から驚きの声が漏れた。ブレードファルコンから放たれた絶対必殺の秘剣を継王蒼機ザナクトの左腕が食い止めていた。刃をガチリとストライククローが握りしめている。


 斬撃の持つ圧倒的な運動エネルギーはその牙を剥くことなく。バーストインパクトのエネルギーで相殺・・されてしまっている。そう幾ら威力が高くとも届かなければ意味はない。



止めたな・・・・ッ!』



 宗次郎の反射神経では見切って避ける事は難しい。けれど前回と同じコースで剣が振るわれるのであれば? 仮にそれを見切ることが出来なくとも、その軌道の上にバーストインパクトを放てば止めることは出来る。



「あんたは、正面からそうやって来るって。信じてたぜ・・・・・


 

 だが幕引きにはもう一撃足りていない。そして継王蒼機ザナクトのクローでは剣の間合いから、ブレードファルコンを倒せないのだから。



「レーザーブラスターのリロード完了、エネルギー残量10% ユーハブ」



 だが、右腕に仕込まれたレーザーブラスターならば致命の一撃を叩き込むことが出来る。ブレードファルコンの胴体に向けて、継王蒼機ザナクトの右腕が付きつけられて――



「充分だ、喰らぇッ!」



 大出力のレーザービームが、ブレードファルコンの胴体を撃ち抜き溶かす。その直前に聞こえた声には無念はあっても、絶望も悲しみもなかった。灰色の装甲は熱された飴の如く融解し、腰に下げた大太刀の重みで機体がゆっくり裂けていく。



「そー君、離脱」


「分かった!」



 ザナクトの左腕で大太刀を握りしめ、そのままスラスターにエネルギーを注いでその場から距離を取る。そしてブレードファルコンが海に向かって落ち、海面と衝突し、砕けて沈む。バラバラになったパーツは人の形を保っておらず。


 形を残しているのは継王蒼機ザナクトの左手に握られた大太刀だけであった。



「これで、相手の世界に勝てたって事か?」


「……いいえ。相手は本質的に継王機じゃなかったから」


「そうか、この前の量産機と同じって事か」



 勝てば相手の世界が奪えるサバイバルゲームだと、宗次郎は認識していたが。どうやら自分達は余程追い詰められている側なのだと認識を改める。


 もはやある程度ゲームは進み、その結果力を集めた陣営が生まれて、それに刈り取られるポジションにまで落ちているのだと。



「けどね、この勝利には意味がある」


「そりゃ、そうだろう。敵の戦力が多いなら、こうやって削るのが――」


「それもあるけど、下を見て。そー君?」



 ユイの白い手袋を付けた右手が、すっと顔の横に来て。宗次郎の心臓が跳ねる。そのままタッチパネルの上を走った指先が拡大したのは、工場こうばの周りで継王蒼機ザナクトの勝利を喜ぶ老人や、工員の姿であった。



「これが、勝利の意味。ボク達はあれだけの人に希望と、そして明日を与えられた」


「……ッ! そうか。そう、なのか」



 もう言葉は必要ない。宗次郎は勝利の雄たけびと共に。継王蒼機ザナクトの握りしめる大太刀を雄々しく突き上げる。今にも崩れそうな空を支えようと高く、どこまでも高く。エネルギーゲインが尽きるまで、その刃を掲げ続けるのであった。

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