第03話「世界ヲメグル代価」

SCENE3-1≪剣士≫



『加藤ちゃーん、試作機の調子はどう?』


「そこそこだな、悪くない」



 ゴテゴテとコードが張り巡らされた操縦席。その最奥に体を押し込んだ加藤は、画面の中で色っぽい笑みを浮かべるナインの見せる肌の白さに、下衆な視線を向けた。


 彼女の肉体は幼く、また外間とのまとそういう関係である事も知っているが。それはそれとして、そういった生理反応を止めるデリカシーを彼は持ち合わせていない。


 その視線を理解しているのかいないのか、どちらにせよナインに黒ビキニの上から白衣を纏った煽情的な格好を恥ずかしがる気配もなかった。



『んー、まぁまだ予備部品があるからどうにかなってるけど……』


「出来る限り傷つけずにあのザナクトを倒せという事だろう? 理解はしている」



 けれど加藤は実際にそれをやるともやれるとも口にしない。あの青いザナクトはナインが想像しているよりも強力だ。それこそ装備さえ整えられれば、外間とのまのザナクトですら撃破しかねない。


 けれど、コードS。外間とのまが支配する世界は、これまで2つの世界を喰らい、その可能性をもって模造品を含め10機以上の機体を運用しているのだ。ただ一つの世界で、それに対抗するだけの力は集められない。


 それに単独の世界で抗おうとするなら。それこそ永久機関を持ち出す必要がある。常識を超えた技術ではあっても、R粒子炉は人に無限の可能性を与えてはくれないのだから。



『そうそう、期待してるからね?』


「ああ、沿えるかどうかは分からんがな。努力はしてやる」



 通信が切れ、ナインの姿が消えた後。加藤はもし仮に彼女が自分に愛を向けていていれば、どう応えていたかと考え下らないと投げ捨てた。そういうものを向けて貰えることは何もしていない。やり方は知らないしそもそもやり方すら分からない。


 剣の振るい方以外に憶えていることなど何もない。


 相応の人生があったはずだ。これだけの技を鍛えるまでに様々な出会いがあったはずだ。けれど最早何も残っていない。この身に残っているのはただ己の剣を誇りたいという業だけだ。


 そんな男よりは、仮に残骸であったとしてもかつて王であった外間とのまの方がまだマシかと笑ってフットペダルを踏み込んだ。それに合わせて分割線パーティングラインに試作機が突入し、寒気が体中を襲う。


 いや実際に寒いのだ。世界の外側、時間も空間も熱量もない文字通りの虚無。


 本来ならば継王機でなければ存在する事すら不可能な場に、加藤は名も無き試作機で突入する。終王黒機ザナクトの模造品、劣化したR粒子炉は充分な自己保存能力を保証しない。こうしているだけでエネルギーゲインが消耗し、刻一刻と死が近づいてくる。



(慣れんものだな、最早世界を渡る回数は10を超えたというのに)



 意識を集中する。ギョロリと試作機の単眼モノアイが虚空を精査し、コードE侵攻先を捉えた。虚無が割れ、それが入り口と化す。加藤が戻るか、あるいは撃破されるまで世界は繋がったままだが問題はないだろう。あの継王蒼機ザナクト以外に戦力は無いのだから。



(さて、敵はどれほど回復しているかな? 外間とのま終王黒機ザナクトと同レベルであるなら、精々センサーの修復程度で、腕は生え変わっていないだろうが)



 出現位置は継王蒼機ザナクトの近くを選んだが、どうやら敵は移動していなかったらしい。見覚えのある港湾工場地帯の光景に、せめて抵抗はしてくれなければ面白くないとため息をつく。


 そして加藤の視界が蒼を捉えて、その右腕がこちらに向けられた事を認識し――


 ギリギリのところで、戦士としての直感が加藤の手足を動かした。頭を下げ、スラスターを噴射し、足を踏み込み、空中を巨大な剣士が突き進む。そしてその肩口を強力なビームが掠め、灰色の装甲を溶かして焦がす。


 これは量産機の収束レーザー砲。直撃を受ければ防御障壁を貫通し、加藤の駆る試作機であっても一撃で四肢が吹き飛ばされる程の破壊力があった。



『どうだ、ブレードファルコン。テメェに切られた右手は御覧の通り修理したぜ?』



 開いた通信ウィンドウに見えるのは、ノイズ交じりであっても分かる不敵な笑み。身長は加藤よりも頭一つ程高く、最低でも平均は超えているのが恨めしい。だが問題はそこではない。この敵は継王蒼機ザナクトの腕をたった一晩で修復したのだ。


 いや単純な修復ではない。加藤が切り取った右腕の装甲は蒼ではなく灰に代わっており。それは腕だけではなく、全身の所々が継ぎ接ぎパッチワークで構成されている。


 そこでようやく加藤は外間とのまが口にしたループの話を思い出す。つまり彼らは前のループで奪ったこちらの量産機を使って、あの継王蒼機ザナクトを修理、いや強化したのだ。



『宗次郎、油断はしないで。ボクらは一度、負けているんだから』


「ははは、その通り! しかしブレードファルコンとは随分と安直な名前だが――」



 セミマスタースレイブ式の操縦桿を大きく動かし、己の駆る試作機の腰の炸薬加速式居合剣に手をかけさせながら機体を降下させる。真っ当な飛行は叶わず精々自由落下を制御するのが精いっぱいなこの試作機ガラクタファルコンと呼ぶ敵のセンスを嗤い、加藤は吠える。



「だが、その名。貰ってやろう! ワールドコードS所属、加藤勝秀、ブレードファルコンにて推して参る!」



 深い意味のないただの識別名。けれどそれは他人から認識されているという事実を示す。他者から認知され、恐れられ、対抗するために策を練られる。それはどこまでも甘美だ。現代の武芸者であるのならただ技を磨き、認知されることなく終わればよいと考えるものだろう。だが加藤はそれで満足するタイプではない。


 最も彼以外の剣士が、この滅びて喰らい合う三千世界に生き残っているか定かではなく。また彼ら程楽しめる好敵手が残っているとも思えない。だから加藤はこの二度と得られないであろう戦いに魂をかけて挑む。己の業を理解し、立ち向かう敵を真底味わう為に。

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