第44話
「そ、そんなっ……!」
突き放すようなトーリー氏の口調に、ロザラインが愕然として口許を手で覆う。
「……っ! おい、見苦しいぞ! この期に及んでまだ言い訳する気か!」
さすがに俺も我慢の限界で、トーリー氏にそう食って掛かった。
しかし、トーリー氏はまだ揺らがない。尚も傲岸不遜な態度で空々しく言葉を続ける。
「我が娘が何を言ったのかは知らんが、そんなのはどうせ彼女のでっち上げだろう。それとも、彼女の他に実際に私がクレイマンの暴走とやらを命じた現場を目撃したと、そう証言する者がいるのか? いないのなら、それを証言と言うには些かお粗末が過ぎると思うがね?」
ロザラインも、俺達も、言葉を詰まらせてしまう。
確かに、大勢の人間が証言しているというならまだしも、たった一人の言葉だけを掲げて証拠とするのは、たとえそれが真実だったとしても難しい。
その一人が嘘を吐いていると言われても、俺達には反論のしようがない。
くそっ、この性悪ジジイめっ。わかっていて言ってやがるな?
「落ち着け。この程度ではこいつが認めないことくらいは百も承知だ。だからもっと具体的な証拠を見せてやろうじゃないか……なぁ、イズ?」
苦い表情を浮かべる俺達を手で制し、親方が唐突に意味ありげな視線をイズに向ける。
いきなり話を振られてきょとんとしていたイズは、やがてはたと何かに気付いたように手を打った。
「そうっス! 『コア』っスよ!」
言うが早いか、イズはトリスタンとともに壇上から駆け下りると、できるだけ損傷が軽微なクレイマンを見繕って、既に光を失っている一つ目の部分を調べ始めた。
「ど、どういうことだ?」
「簡単だよ、ヒナツ。『コア』の魔術式に最後に送られた魔力が誰のものなのか、調べるのさ」
「え? そんなことが、できるんですか?」
「できないよ。普通はね。だけど……運が良いことに、ここにはいるじゃないか。魔導生物に関してはプロ顔負けの知識と天才的な技術を持った、ゴーレム馬鹿がね」
俺が、なるほど、と納得するのと、イズが「見つけたっスよ!」と声を上げたのはほぼ同時だった。
引っこ抜いた『コア』を片手に、イズが戻って来る。
「凄いな、本当にわかったのか?」
「はいっス。調べてみたところ、最後に記録されていた魔力はおやっさんのものでも、モルガンさんのものでも、勿論自分のものでも無かったっスよ」
自信たっぷりにイズが言うが、俺は首を捻った。
「でも、それじゃあその魔力が誰のものかってのは、結局わからないじゃないか」
「大丈夫っス! 今、『コア』の魔術式をちょっと書き換えて、それがわかるようにしたっス」
「どうやってだよ?」
「『コア』の暴走を引き起こせる魔力を、最後に記録されていた魔力だけに限定したっス。つまり、この『コア』をもう一度赤く光らせることができた人が……」
「……最後に、つまり今朝こいつらに魔力を注いだ奴ってことか。なるほどな」
俺はイズから「コア」を受け取り、試しに魔力を送り込んでみた。
当然、「コア」はただ青く光るだけだった。
続いてネヴィー、イズも試してみたが、結果はやはり変わらない。
最後にロザラインの手に渡り、彼女によって魔力を送り込まれた「コア」は、
「ひ、光りましたっ……赤く、光りましたわ!」
「と、いうことは、ロザラインが今朝クレイマン達をいじったことは、でっち上げでも何でもなかったことがこれで証明されたな」
親方がそう締め括り、俺達や、そしてロザラインまでもが、もはや勝敗は決したといった顔でトーリー氏を真っ直ぐに睨みつけた。
彼の頬を、一筋の汗が伝う。
だが、
「……か、仮にっ!」
往生際の悪いことに、トーリー氏はあくまで白を切るつもりらしい。
「仮に、クレイマン達を暴走させたのが我が娘だと証明されても、そ、それが私の指示によるものとは限らないではないか! 誰か他の奴が命じたのかも知れないし……そ、そう! 我が娘が独断で事を起こした可能性だって、十二分にあるっ!」
これには、さすがに怒るのを通り越して呆れ返ってしまった。
それは俺だけではなかったようで、必死に言い訳をするトーリー氏に、壇上のあちこちから生暖かい視線が注がれる。
「認めない! 私は認めないぞ! はっきりと、明確に、私が指示を出したという確固たる証拠が無い限り、私は断固として己の無罪を主張させて貰う! だがよく覚えておくのだな! 私の無罪が証明された暁には、今度は貴様ら全員が、謂れのない罪でこの私を陥れようとしたその大罪を裁かれる番だ。この件は絶対に、理事会で問題にさせて貰うからな!」
既に威厳も冷静さもかなぐり捨てて、トーリー氏が激昂する。
その見苦しい悪あがきを眺めている内に、俺はなんだか複雑な気分になり、苦笑いをしてしまう。
少し前の俺も、もしかしたら周りからはこんな風に見えていたのかも、知れないな。
とは言え、残念ながらトーリー氏の主張は全くの見当外れというわけでもない。
これではまだ、彼を黙らせるにはあと一歩足りない。
その証拠に親方も、学園長も、呆れ果てたという顔の端に若干の焦燥を浮かべ、何も言えないでいる。
「さぁ、どうだ? そんな証拠を、君達に今この場で用意することが出来るかね? 無理だろうな、なにせ私は本当に無実なのだから。……さて、もうこの辺で良かろう。これ以上この下らない茶番に付き合っていられるほど、私も暇ではないのだ。他に言うことがないのなら、これで失礼させて貰おう。フフ、貴様らの処分は近日中に下されるだろう。覚悟しておくが良い」
捨て台詞とともに、トーリー氏が壇上から立ち去ろうと歩き出した。
くそっ。何か、何か他に証拠となるものは無いのかっ……?
悔しさに唇を噛み、俺はふと傍らのロザラインに視線を向け……、
……そこでハタと閃いた。
「ロザライン! お前、トーリー氏に裏工作を指示されたのはいつ、どこでだ!」
「ひゃっ? い、いきなり大声で呼ばないで下さいな! それが、どうしたと言うんですの?」
「いいから!」
脈絡の無い俺の問いに困惑しつつ、やがてロザラインが述懐する。
「そ、それは……確か入学式の翌日、夕暮れ時に別館の……そ、そう。丁度あなたと二人っきりでお話をした、その直前ですわ」
「……悪い。こんな時に言うことでもないのは充分わかってるんだけど、頼むから言葉には気を付けてくれ。変な誤解をしたネヴィーが、俺達に杖を向けて虚ろな笑顔を浮かべている」
背中からひしひしと感じる殺気を振り払い、俺は頷いた。
それなら、もしかして……!
「ネヴィー! 頼みがある!」
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