第18話
イズを黙らせるのもそこそこに、俺は彼女から受け取ったゴーレムフーズをひたすらゴーレム達の前まで運んでいた。
俺が目の前に置いたブロックをゴーレム達はそのまま自分で口まで運び、ボリボリと食べ始める。
その一連の動きがまた絶妙に人間臭い。
そうしてイズとゴーレム達との間を十往復もした頃だろうか、イズが俺に手招きした。
「これでゴーレムちゃん達のご飯は大体終わりっス! 後は魔力の補充だけっスね!」
「そうか。ふぅ、それにしても中々の重労働だったな。もう腕がパンパンだよ」
「アハハ、慣れれば平気になっていくっスよ。良い筋トレにもなるし、男の子としては嬉しいんじゃないっスか? その内ゴーレムちゃんみたいなマッスルボディになれるかもっスよ!」
いや、嬉しくない。それは全然嬉しくないな。というか慣れたくないな。
「んじゃ、始めるっスよ。おーい! ブランジャン、ペリニス! 上げて欲しいっスー!」
イズの呼び掛けに、またもゴーレム達は素直に従う。
二体のゴーレムは各々片膝を折り、片方の腕を伸ばして来た。
手のひらを上に向け、俺達の近くに着地させる。
「もしかして、『乗れ』ってことか?」
「その通り! さぁ、行くっスよ!」
言うが早いか、イズはゴーレムの手のひらに身軽に飛び乗った。少し躊躇ってから、俺もイズに倣い思い切って飛び乗る。
「……お、おお? おおお?」
俺達が乗ったのを待ってから、ゴーレム達はゆっくりとその手を上げていく。
お、おい、大丈夫か、これ? 途中でひっくり返ったりしないだろうな?
ぐらつく足元と段々離れていく地面に若干ひやひやしている内に、ゴーレム達は首元まで上げたところで腕を止めた。
どうやらここで降りろということらしい。
「ヒナツ君! 無事に上がって来れたっスか?」
振り向けば、もう一体のゴーレムの左肩にイズが、やはり同じように立っていた。
「ああ、なんとか落馬……いや、落ゴーレムはせずに済んだよ」
「良かったっス! じゃあ早速魔力の補充をするっスよ。ゴーレムちゃんの首元に、丸い水晶みたいな球があるんスけど、わかるっスかね?」
俺は首元に視線を向ける。よく見るとゴーレムの首元には四角形の窪みがあり、イズの言う通り、中にはスイカくらいの大きさの透明な球がはめられていた。
「それがこの子達の動力源、『コア』っス。その中に魔術式が書き込まれているっスから、そこに魔力を流してあげて欲しいっスよ」
言いながら、イズは「コア」に手を当てた。イズの手のひらが仄かに光り、集められた魔力が「コア」へと流れ込んでいく。
ほぉ、ああやればいいのか。
俺も右手を「コア」に当て、魔力を集中させた。練り上げた魔力を、右手を通して流し込む。
「これ、どれくらいの量を補充したらいいんだ? 結構時間が掛かるのか?」
「そこまでじゃないっスよ。大体十分もしない内に終わる筈っス。『コア』が青色に光り始めたら、もう手を離しても大丈夫っスよ」
「そんなもんでいいのか? また随分と手軽なんだな」
「フフフのフ! 良いところに気付いたっスね、ヒナツ君! 丁度いいから、補充完了までの暇つぶしにこの子達の『コア』について解説するっス! この子達の『コア』はちょっと凄いんスよ! なにしろ書き込まれている魔術式は『展開機』にも組み込まれている高性能の――」
「……ん? なぁ、イズ」
「あ! もー、ヒナツ君! いい加減自分のうんちくをちゃんと聞いて欲しいっス!」
「確か、青色に光ったら補充完了、なんだよな?」
「え? ええ、そうっスよ。『コア』が青色に光ったら満タンの――って、光ってるぅぅ!」
俺の手元で青く光る『コア』に盛大な二度見をかまして、イズが驚愕の声を上げた。
「どうしたんだよ? 光ったら終わりって言ったのはお前だろ。何をそんなに驚いてるんだ?」
「い、いやいや、だってまだ補充を始めてから一分も経ってないっスよ⁉ それなのにまさかのもう終わりなんて……ちょ、ちょっと確認させて貰っていいっスか?」
俺が頷くと、イズは自分が乗っているゴーレムから、俺がいるゴーレムに身軽に飛び移って来た。
栗色の髪をふわりと揺らし、そのまま俺の隣にストンと着地して「コア」を覗き込む。
「ちょっと失礼……うん……うん…………っ! す、凄い。本当に、満タンになってる……」
「じゃあやっぱりこれで完了なんだな?」
「そ、それはそうなんスけど……いやはや、ヒナツ君、あんたとんでもないっスねぇ。まさかこんなに早く補充し終わっちゃうなんて。一体どれだけの魔力をどれだけの短時間で詰め込んだんスか? こんなことしたら、普通の人なら魔力切れで倒れちゃうっスよ?」
一周回ってむしろ呆れるっスと言って、イズは立ち上がり再び自分の持ち場に戻っていく。
「どうって言われてもな……普通にやっただけなんだけど。何かマズかったか?」
「いえいえ、全然マズくないっスよ。別に早く終わるに越したことは無いっスからね。ヒナツ君が平気ならそれでいいっス。いやぁ、それにしてもぶったまげたっスよ! ヒナツ君、本当に『繰り上げ組』なんスか? 一般生徒、いや教授にだって、普通こんなことできないっスよ?」
再度「コア」に魔力を注ぎながら、イズが頭を掻く。
「そうか? よくわからないけど、これぐらいならこの学園の優秀な魔術士候補生の皆様方には、簡単にできるんじゃないのか?」
精一杯の皮肉を込めて俺が肩を竦めると、イズがぶんぶんと首を振る。
「そんなことないっスよ! 少なくとも自分にはこんなことできないし、こんなことができる人を見たのも、ヒナツ君が初めてっス。ヒナツ君が凄いんスよ!」
いきなりの褒め殺しに戸惑う俺に、尚も凄い、凄い、と言ってくるイズ。
その無邪気な笑顔を目の当たりにして、俺は不覚にも少しドキッとしてしまった。
我ながら単純過ぎる。
くそ、これもあの学園長やロザライン、そして何より親方に散々貶されてきたことの弊害か。
普段なら見向きもしない小さなアメが、地獄のようなムチの嵐の所為で妙に目立ちやがる。
「ま、まぁ、それに関しては俺も大いに同感だな。本来だったら俺は、繰り上がるまでもなく合格できた筈なんだ。その実力は充分にある……つもりだ」
咄嗟に平静を装い、俺は何でもないようにそう言い放った。
ロザラインやネヴィーのことを思い起こし、若干セリフが尻すぼみになってしまった感はあるが、この際それは気にしない。
「そうっスよね。うーん、なんで学園側はヒナツ君を落としたんスかね? これだけタフな魔力を持っているなら試験でも結構いい線行くと思うんスけどねぇ」
「俺もそう思ったんだがな。まぁ、強いて言うなら俺が『専用展開機』を持ってない、ってところなのかもな。たかが『展開機』の違いで俺を弾くなんて、つくづく見る目が無い奴らだよ」
「お、おお、なんだか急に自信満々になったっスね……。まぁ、見る目がないかどうかはともかく、少なくともヒナツ君を一度落としたというのは、間違いだったのかも知れないっスね」
言って、それからイズは少しだけ表情を曇らせると、独り言のようにポツリと漏らす。
「いやぁ、同期で、しかも同じ『繰り上げ組』にこんな凄い人がいるなんてなぁ…………本当、ますます自分の立つ瀬がないっスよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます