第19話

 これまでの能天気そうな表情から一転、何やら浮かない顔でイズが苦笑した。


「さっきの口振りから察するに、ヒナツ君も早速、この学園の生徒達から何か言われたんスね?」


「何かって? ……ああ、そうだな。確かにいたよ。やたらと俺に嫌味ったらしいこと言ってきた奴が。偉そうに御託ばっかり並べてな、よっぽどぶん殴ってやろうかと思ったぜ」


 もっとも、あの腰巾着野郎が馬鹿にしていたのは「繰り上げ組」としての俺ではなく、用務員としての俺だったのだが。


 というか、むしろ俺そのものな気もしたのだが。


「アハハ、やっぱり。結構いるんスよね、そういう人達。特にこの学園は、王立の魔術学園でもかなりの名門校として通ってるっスからね。入学しただけで、自分は他の人よりも偉い気になっちゃってるっていうか、他人の欠点に敏感っていうか。……だから自分も、いつも馬鹿にされちゃうんスよ。ほら、見て欲しいっス」


 イズが空いている左手で「コア」をコンコンと叩く。


「さっき、『十分もすれば終わる』って言ったっスけど、それは普通の人ならの話っス。自分の場合、いつもこの作業に掛かる時間は二十分くらい……倍は掛かっちゃうんスよ。自分は魔力量も人並みだし、魔力の練り上げも問題無くできるんスけど、それを発動させて外に出す――要はアウトプット作業が、生まれつき凄く苦手なんスよね」


 俺はイズの手元の「コア」を見やる。ぼちぼち十分は経とうとしている頃合いだが、「コア」は一向に光る気配がない。


 なるほど、アウトプットが苦手というのはどうも本当らしい。


「周りからの視線は冷たいし、授業だって付いていくだけで精一杯だし……」


 あの意地悪なお嬢様や腰巾着野郎の顔を思い浮かべ、俺は溜息を吐いた。


 大体わかった。つまりこいつも、そこを突かれてあの手の連中に馬鹿にされてきたのだろう。


 他人の粗探しが大好きな彼らのことだ。イズみたいなのは恰好の標的だったに違いない。


 こいつが授業そっちのけでゴーレム達に熱中するのも、ともすればそんな肩身の狭い場所から遠ざかりたいという思いも、あったのかも知れないな。


「それは……」


 と俺が言い掛けたところで、「でも!」と言ってイズは再び晴れやかな表情になる。


「そんなのはもう全然へっちゃらっス! 悩んだところでどうにもならないし、何より自分にはこの子達がいるっスからね! この子達のお世話をしている内に、日々のそんな些細な悩みはすっぱりさっぱりどこかに吹き飛んじゃったっスよ!」


 開きかけた口を、俺は苦笑混じりにおもむろに閉じた。


 なんだ、さっきの礼というわけでもないが、「気にしなくていい」くらいは言ってやろうかと思っていたんだが……どうやらこいつに、そんな気遣いは無用だったようだな。


 作業も終わり手持ち無沙汰な俺は、能天気に戻ったイズを見ながら物思いに耽る。


 こいつは多分、自分が置かれた状況に、そこまで不満を感じたりはしていないのだろう。


 配られたカードにいちいち文句を言わない。気にし過ぎない。


 そうなったらそうなったで、自分なりのやり過ごし方を見つけることができる。


「繰り上げ組」という、この学園ではある種落ちこぼれの代名詞とも言えるような肩書きも、イズはそれほど気にしていないようだ。


  ……ちょっとだけ、大した奴だと思った。


「……お前、悔しくないのか?」


 だからというわけでもないが、気付けば俺はそう口にしていた。


「確かにお前は、他の奴に比べて魔術が得意じゃないかも知れない。いくら魔力があったって、肝心の発動が苦手なんじゃお話にならないからな。実戦だったら即、お荷物だ」


「な、何スか⁉ なんで自分、唐突に悪口言われてるんスか⁉ いや、実際その通りっスけども!」


「まぁ聞けって。でもな、その代わりお前は、こんなにゴーレムの扱いに長けているじゃないか。俺は全くの門外漢だからよくわからないが、これってそう誰でもできることじゃないんじゃないのか? ある意味、才能だと思うけどな」


「ふぇ?」


 思い返してみれば、さっきからずっとそうだった。


 いつも世話してやっているから懐いているということもあるんだろうが、このゴーレム達はイズの指示には見事なまでに従順だった。


 まるで自分の手足の如くゴーレム達を動かすその様は、素人目にも相当な技術だとわかる。


 少し乱暴な言い方をするならば、イズはゴーレム達を意のままに操っているのだ。


 そして――それはつまり戦闘においても同じことが言えるだろう。


 元々魔導生物は、戦争用の魔術兵器として作り出されたと言う。


 魔術同様、暴走や想定外も多かったが、一度戦場に放ってしまえば、それはもう一個中隊並みの戦力を発揮したそうだ。


 そんな奴らを自在に操れるのだ。


 ネヴィーやロザラインみたいなのはわからないが、その辺の生徒達が束になったとて、イズに魔術戦で勝つことは、おそらくできないだろう。


 魔術戦というのは、何も単なる魔術の打ち合いだけではない。


 ──「できる」と言うのであれば、ゴーレムを使役して戦うのもまた、立派な魔術戦の一つなのだから。


「もし俺がお前の立場だったら、めちゃくちゃ悔しいけどな。自分には『ゴーレム』っていう特技、才能があるのに、魔力の発動が少し苦手ってだけで落ちこぼれ扱いされるなんてさ」


 俺がそう締め括ると、イズは少し考える素振りを見せて、それからゆっくりと頷いた。


「……うーん、確かにそうかも知れないっスね。正直、純粋に魔術だけの勝負ってことじゃなければ、多分、学年でもそこそこ上位にいけるとは思うっス」


「だったら」


「でも」


 俺の言葉に割り込んで、イズが一際優しい目でゴーレム達を見つめる。


「自分は、そうはしたくないっス。確かにこの子達は、元々ただの『兵器』として生み出されたのかも知れない。けど、それ以外にこの子達が生きる道がないなんて、そんなのは絶対おかしいっスよ。そんなのは寂し過ぎるっス。だから私は、皆に知って貰いたいんス。この子達にはもっと別の、新しい可能性もあるんだって。――この子達が人の役に立つ道は、決して一つじゃないんだよって」


 それから少し照れ臭そうに頭を掻き、イズはその屈託のない笑顔を俺に向けた。


「って、ちょっとクサいっスかね? いやぁ、なんか勢いで恥ずかしいこと言っちゃったなぁ。アハハ、やっぱりこういうセンチメンタルなのは似合わないんスよねぇ、自分」


 照れ隠しのつもりなのか、その後もやたらと独り言を続けるイズ。


(道は、一つじゃない……か)


 そんな彼女を横目に、俺は心中で確かめるようにそう呟く。


 取り留めのないおしゃべりの中で、イズのその言葉だけは、何故だが酷く耳に残った。

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