第17話

「さてと、俺は一体ここで何をすればいいんだ?」


 手刀を警戒して前に立とうとしないイズに、俺は振り返りつつ尋ねた。


 イズの手伝いをしろ、なんて親方は言っていたけど、正直どうすればいいのやら。


「言っとくけど、あんまり専門的なことを言われてもわからないぞ?」


「ああ、それは大丈夫っスよ。そこまで特別なことはしないっス。ヒナツ君に手伝って貰いたいのは、ここにいる子達のお世話。まぁ簡単に言えば、餌やりっスね」


「餌やり? こいつらって、魔力で動くんじゃなかったんだっけ?」


 魔導生物というのは、その名の通り何らかの魔術を施された結果生まれた生物だ。


 何かの本に書いてあったが、確かこいつらは、体の中に最低でも一つは魔術式を書き込まれていて、そこに魔力が流れることで初めて動かすことができるのではなかったか。


 俺がそう言うと、イズが途端に得意げな顔をする。


「ふふん! ヒナツ君、まだまだ魔導生物への愛が足りないっスねぇ。確かにこの子達の動力源は魔力っス。でもこの子達だって立派な生き物、ちゃんとご飯だって食べるんスよ? そして、ちゃんとご飯を食べさせてあげれば、この子達はそれに必ず答えてくれるっス!」


 そこまで言って、イズはそばをうろついていたゴーレムの内の片方に呼び掛けた。


「ブランジャン! さぁ、お前の実力を見せてやるっス!」


 ゴーレムはイズの言葉を聞き終わると同時、高さ五、六メートルはあろうその巨体をゆっくりと地面に近付けていき――なんと、そのまま腕立て伏せをし始めた。


「見よ! これがブランジャンの力ぁ!」


「……シュール、だな」


「そんなことないっスよ! ほらほら見て欲しいっス! あの全身隈なくカチンコチンなマッスルボディ! 少しの妥協も感じさせないストイックな姿勢! くぅぅ! やっぱりゴーレムは良いっスねぇ! 夢とロマンが詰まってるっスよ! 格好いいぞー! ブランジャーン!」


 両手をぶんぶん振って興奮気味に声援を送るイズ。凄いはしゃぎ様だ。


 そういえばさっき、親方がこいつのことを「ゴーレム狂」なんて呼んでいたな。


なるほど、頷ける話だ。


「と、まぁこういう具合に、魔力だけじゃなくてちゃんとご飯も食べさせてあげると、この子達はもっともっと元気になって、より複雑な動きや作業もできるようになるんス!」


 チラリと向こうを見やると、先ほどまで腕立て伏せをしていたゴーレムが、次には腹筋運動や懸垂、果ては逆立ちまで披露していた。


 まるで人間のように滑らかな動きだ。


 確かにこんな奇抜な動きをするゴーレムは珍しい。


 が、本来こいつらはそこまで複雑な命令は下せない作りになっている筈だ。


 それをただ飯を食わせただけでこうなるなんて……聞いたこともない。


「まぁ、確かに手間もコストもかかるっスからね。実際に軍や研究施設で運用されているゴーレムちゃん達には、こんなことしてないと思うっスよ。ただ魔力を与えるだけっス。別に間違っているとは言わないっスけど、本当に『道具』としか見てないっスからね、あの手の人達は」


「ふーむ、そういうものなのか?」


「そうっスよ。人間だって極端な話、水とパンだけあれば動けるっスけど、それじゃあ最低限のことしかできないっスよね? やっぱりちゃんとした物を食べた時の方が、キレのある動きができるっスよね? それと何も変わらないんスよ」


 言って、イズはにぱっと笑った。


 ゴーレムについてのコストだの効率だのは、正直説明されてもやはりよくわからない。


 だが、このゴーレム好きがそう言うのであれば、きっとそうなんだろう。


 白い歯を見せて微笑みかけてくるイズに、俺はひとまず納得したという風に頷いた。


「そうかい。まぁ、取り敢えずわかったよ。要は、魔力の補充と餌やりを手伝えばいいんだな?」


「お願いするっス。いやぁ、助かるっスよ! なにしろ単純作業とは言ってもこの数っスからねぇ。いつもはおやっさんと二人でやるんスけど、今日はおやっさん調整で忙しいから、ヒナツ君が来てくれなかったら、今晩は帰る頃には日付が変わってたかも知れなかったっスよ」


「そりゃ大変だ。……あれ? というかお前、寮に帰らなくてもいいのか? もうすぐ学生寮の門限だって聞いたぞ。お前、そんな整備員みたいなナリしてるけど学生なんだろ?」


 って、そういや俺もその件については親方に何も説明されてなかったな。


 まぁ、ネヴィーに注意をしておいて俺には言わなかった辺り、何か理由でもあるのだろう。後で訊いておくか。


「フッフッフ! その辺は抜かり無しっス! 自分、寮長のおばちゃんとはちょっとしたコネがあるんスよ。門限破りくらいなら軽く見逃してくれるっス! お陰で私はほぼ毎晩、ゴーレムちゃん達と遅くまで戯れていられるっスよぉ、うへっ、うへへぇ!」


  ……気持ち悪い顔してるなぁ。


 ゴーレム狂っていうか、こいつは最早ゴーレム中毒者だろ。


 放っておくとずっとゴーレムのそばから離れなさそうだったので、俺はにやついているイズの首根っこを掴んで歩き出した。


 こっちは早く、仕事を終わらせたいんだよ。


※ ※ ※


 その後、イズの説明を受けながら小屋内を歩き回り、俺は多種多様な魔導生物達に見様見真似で餌をやっていく。


 ひとしきり配り終えてから、最後にゴーレム達がいた所に戻って来た。


 イズが呼ぶと、小屋の中を散歩していた二体のゴーレムも戻って来る。


「よーし、いよいよゴーレムちゃん達のご飯の時間っス! ヒナツ君、はいコレ!」


「ん? 何だコレ――って重っ!」


 イズがドンッと手渡して来たのは、一抱えほどもある大きさの茶色いブロックだった。


「お、おい、何だこの石の塊。まさか、これがゴーレム達の餌なのか?」


「そう! これこそが! 自分が調合した『特製ゴーレムフーズ』っス! 長年研究を重ねた結果、ゴーレムちゃん達が特に好んで食べることがわかったガラテア鉱石をベースに、十種類以上もの鉱石をブレンド! さらに隠し味として、グラウンド横の雑木林から勝手に掘り返してきた魔力豊富な土を練り込み、これを千二百度の高温でじっくりローストして――」


 拳を固く握り締め目を爛々と輝かせながら、イズが何やら熱く語り始めた。


 ゴーレム関係の話になると、本当に生き生きとした顔をする奴だ。


 というか、今こいつ「雑木林から勝手に持って来た」とか言わなかったか? 


 ゴーレムの為にそこまでするって……筋金入りだな。


 さて置き「特製ゴーレムフーズ」、ねぇ。


 俺にはただの石の塊にしか見えないけどな。


「そうかわかった。それは凄いな。で、このブロックをどうすればいいんだ?」


「まさかの興味ゼロ! もう、ヒナツ君! ちゃんと聞いて欲しいっスよ! この特製フーズを作り上げるまでには、それはもう聞くも涙語るも涙の壮絶なバックグラウンドがっ」


「いや、だからそういうのいいから」


「そんなこと言わずに! ちょっとだけ! 冒頭だけでもいいっスから! まず拾ってきた素材の鉱石をどういう風にかち割って混ぜ合わせるかという部分だけでも――」


「よーしわかった、教えてくれよ。今実際にやってみるから」


「わーっ! 止めて止めて、それだけは勘弁して欲しいっス! 自分の頭がかち割れるっス!」


 うん。やっぱりこの手刀は使えるな。


 これからこいつが面倒臭いことを言ってきた時は、これで黙らせよう。ストレス発散にもなるし一石二鳥だ。

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