第39話
突如、講堂東出入り口の扉が派手な音を立てて吹っ飛んだ。
一瞬しんと静まり返った参加者達の視線を一身に浴びつつ、宙を舞う扉が地面に激突する。
「な、何? いきなり……扉が吹っ飛んだ?」
「……! お、おい! 誰か入って来るぞ!」
再び騒めき始めた参加者全員の視線が、扉の外れた東出入り口に集中する。
俺も何が起こったのかわからないまま、同様にそちらに顔を向けた。
外から誰か……いや、「何か」が入って来る……!
数秒もしない内に出入り口から鈍重な動きで侵入してきたのは、人間をそのまま三倍くらいの大きさにしたものに、全身黒い塗料を塗りたくったような、赤く光る一つ目の、土人形。
「――クレイマンっス⁉︎」
イズが叫ぶと同時、侵入して来たクレイマンが威嚇をするように講堂の座席をぶん殴り、破壊し始めた。
瞬く間に、講堂内は阿鼻叫喚の巷と化す。明らかに尋常ではないその様子に、新入生達はクモの子を散らしたように逃げ始め、我先にと別の出入り口へ駆けていく。
「な、なんでクレイマンがこんな所に! しかもあれ、完全に暴走してるだろ! どうなってるんだ!」
「わ、わからないっスよ! 今朝『イキモノ小屋』で見た時は、あんな風じゃなかったのに!」
くそっ、一体何が起こって……い、いや! とにかく親方に伝えないと!
俺達の脇を次々と走り抜けて非常口に向かう学生達の横で、俺は腕輪を起動させる。
『――こちらモルガン。どうした? 何かあったのか?』
「親方! 外からクレイマンが! 暴走状態のクレイマンが、講堂に侵入して来ました!」
『なに? ……ちっ、あの狸ジジイ、本当にやりやがった』
声色に焦りは窺えるものの、やけに落ち着いた口調の親方に、俺は詰め寄った。
「……親方、もしかして、こうなることを知っていたんじゃないですか? だからさっき、俺達にあんな指示を出したんでしょう?」
『そうだ。ついでに言うと、エーレインも知っていた。今日、このゼミ説明会の場で、あの狸ジジイ――ケルヴィン・トーリーが何か仕掛けて来るかも知れない、ということをな』
「んなっ? …………どういうことか、後でちゃんと説明して貰えるんですかね、これ?」
本当は今すぐにでも問いただしたいところだが、どうもそんな暇はなさそうだ。
壊された東出入り口から入って来た二体目のクレイマンに顔をしかめつつ、俺は言った。
『勿論だ。取り敢えず、お前らはエーレインと合流して指示を仰げ。今回の『賭け』を考えたのはあいつだからな。今必要な説明は、あいつがするだろう』
向こうも向こうで何やら忙しいのか、若干早口になっていた親方の指示が終わるか終わらないかといった時、俺達の脇を通り過ぎていた人の波がいきなり逆流し始めた。
「だ、ダメだ! 講堂の周りもクレイマンで囲まれてる!」
「壇上だ! ひとまず壇上横の階段から二階席へ!」
恐怖で悲鳴を上げる者、パニックに陥り憤る者、慌てながらも冷静に誘導をする者。
あまりに短兵急な非常事態に様々な反応を示す新入生達が、誰からともなく提案された退路を目指し、壇上へ急ぐ。
そんな彼らを追い立てるように、非常口からも新たな侵入者が現れた。
「ヒナツ君! ネヴィーさん! 自分達も早く壇上に!」
俺は〈コール〉を切って顔を上げる。
いつの間にか馳せ参じていたトリスタンの肩に座り、イズが壇上を指差していた。
講堂西側に回り込んで壇上に向かっていた新入生達は、既に七割くらいが壇上か二階席へと避難しているようだ。
無言で頷き、俺とネヴィーも駆け出した。
「ひとまず、俺達三人は学園長と合流しろって指示だ! そこで説明があるらしい!」
走りながら、両脇のネヴィーとイズにそう伝えるや否や、俺は目を見張った。
「……は? あ、あいつら、何やってるんだ!」
既にほとんどの生徒が西側に移動した中、いまだ東側に残っている二人組。
思わず足を止め、そちらに視線を向ける。
そこには出入り口から侵入して来たクレイマンと、ブルブルと震えながらそれに対峙するドネル。
そして何を考えているのか、ドネルの背後で呆然と立ち尽くす、ロザラインの姿があった。
今朝は姿を見かけていなかった気がしたのだが……あいつもここに来ていたのか。
「ろ、ろ、ロザライン様に、にに、ちか、近付くなぁ!」
精一杯の威嚇のつもりか、ドネルは『展開機』をはめた右腕をクレイマンに向けて一心不乱に叫んでいるが、その声音は恐怖で明らかに震えている。
「ちっ、あの馬鹿、何やってるんだ! 撃つなら早く撃てよ!」
逃げ出すでもなく、かといって一向に魔術で応戦する素振りも見せない二人に、俺がもどかしさに舌打ちを打つと、再びドネルの悲痛な叫び声が上がる。
「くそっ、くそっ、くそっ! なんで……なんでだよ! なんで魔術が発動しないんだよ!」
いや、違う。
ドネルは応戦しようとしていた。
よく見れば『展開機』を振り回したり、何度も詠唱を繰り返したりを試みている。
だが、どういうわけか一向に魔術を発動できないようだ。
「なんだあいつ、まさかこんな時に魔力切れかっ?」
「多分……違うよ」
「ネヴィー? 違うって、どういうことだ?」
俺が足を止めたのを認めて、自らも立ち止まったネヴィーとイズが駆け寄って来る。
「わからないけど……今、この場では何故か、魔術を発動できないみたい」
「なんだって? じゃあ、ひょっとしてお前もか?」
頷くネヴィーも、さっきから杖に魔力を込めてはいるが、込められた魔力が魔術として上手く発動できないのか、その額にうっすらと汗を浮かべている。
魔力の練り込みを中断し、ネヴィーが壇上を指差した。
新入生達でごった返している二階席への階段、その前に立ちはだかるように居並ぶ二人の教授と、おそらくは上級生達。
彼らも手に手に『展開機』を構えているが、ただの一発も魔術を放てていない。
確かに教授や上級生達までもが揃って魔力切れというのは、さすがに考えにくい。
だったら、どうして……?
「よ、よせ、止めろ! 止め……うわぁぁぁ!」
何が起こっているのかと困惑していた意識が、突如耳に入ってきたドネルの絶叫によって現実に引き戻されるのも束の間。
「あぁぁぁぁぁぁがっ――――!」
悲鳴が、不自然に途切れた。
クレイマンの横薙ぎの拳に吹き飛ばされたドネルが、二度、三度と地面を跳ねて転がる。
最後は壇上近くの壁に激突し、横たわった状態で動かなくなった。
「い、いやぁぁぁぁぁ!」
「ヤバいって! これ絶対ヤバいって!」
ボロボロのドネルを目の当たりにして、パニックが頂点に達したのか、新入生達が絶望の表情を浮かべる。
既に壇上に避難した生徒からも、声にならない悲鳴が上がった。
「ち、違う……わたくし、わたくしは……こんな、つもりでは……」
あのお嬢様、この期に及んで何をやってるんだ! もう目の前にクレイマンがいるんだぞ!
周りの新入生同様、いや、何故かそれ以上に絶望の面持ちをしたロザラインが、あろうことか突然クレイマンの眼前で頭を抱えて座り込んでしまった。
完全に、心を挫かれている。
そんな彼女にも一片の情け容赦無く、クレイマンが再び拳を振り上げた。
それでも、ロザラインは動かない。
動けない。
「…………畜生っ!」
「ヒナツっ? ダメ!」
ネヴィーの制止の声を置き去りにして、俺は地面を蹴った。
決死の覚悟で――跳ぶ!
「避けろ馬鹿っ!」
間一髪。
あと拳一つ分でロザラインの脳天をかち割らんとしていたクレイマンのパンチが、突進してロザラインを巻き込みながら転がる俺の背中を掠めた。
「あ……ヒナツ、さん……?」
「アホか! 何ボーッとしてるんだ、死にたいのかよ!」
我に返って俺を見上げてきたロザラインに、叱咤する。
ロザラインは小さく肩を震わせ、彼女の目尻から思い出したかのように涙が流れ出した。
「ど、どうして……わたくしを……」
「やかましい! 今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ、逃げるぞ!」
不発に終わり床に突き刺さった拳が上手く引き抜けないのか、クレイマンの足が止まった。
今がチャンスだ。
俺はすっかり腰を抜かしてしまっているお嬢様を背負い、走り出した。
「寄り道してすまん! 行くぞ、ネヴィー、イズ! 走れ走れ!」
既に俺達四人だけしか残っていないガラガラの座席部分を、死に物狂いでひた走る。
講堂内に侵入しているクレイマンは、今現在、四体くらいか。
「……ごめん、なさい…………」
と、俺の背中で揺られていたロザラインが、やおら消え入りそうにそう呟いた。
「え? なんだよ突然。なんでお前が謝るんだ?」
忙しなく足を動かしながら、俺が振り向かずにそう尋ねると、ロザラインは俺の肩を掴む両手に力を込めて、ますます消え入りそうな声で話し始めた。
「わたくし……わたくしが、あんなことをしなければ…………」
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