第40話

 ドネルをはじめ負傷した者も含め講堂にいた全員の、壇上への避難が完了した。


 ゼミ紹介が制服参加を原則としていたことが幸いし、今のところ重傷者はゼロ。


 が、大半の学生が二階席に上がり、講堂内を徘徊するクレイマン達を依然として恐怖と緊張の面持ちで見下ろしていた。


 最後に壇上に上がり、肩で息をする俺達に、学園長が歩み寄って来る。


「あなた達も無事みたいね。良かったわ。いやぁ、それにしてもさっきの救出劇は見事――」


「ま・ず・はっ! 説明をして下さい、説明を! 話はそれからだ!」


 相手が女性でも、かつ学園長でもなかったならば今にも胸倉を掴んでいたところだったが、ここは堪え難きを耐えることにして、俺は歯ぎしりしながら睨みつけるだけに留めた。


「そ、そうね。じゃあまず今起こっている状況と、私達がすべきことを手短に説明しましょう」


 射殺さんばかりの鋭い視線が効いたのか、学園長はコホンと咳払いをして話し始める。


「第一に、おそらくこのクレイマン達の暴走は事故じゃあないわ。一度にこんな数のクレイマンの暴走が併発するなんて、まず人為的な工作が無ければありえないもの。つまり、この暴走を意図的に引き起こしている人がいることになるわけだけど……」


「それは、さっき親方に聞きました。二人は、それがトーリー氏だと睨んでいる、って」


 すかさず俺が返すと、学園長は「そうね」と言って目を瞑った。


「あなた達ももう知っているかも知れないけど……あのオジさん、どうも私が学園長をやっているのが気に食わないらしいのよね。前々から私を陥れようと、色々な形で猛アタックしてきていたの。まったく、少しは年を考えて欲しいわよね? 私はそんな安い女じゃないわっ」


 ぷんぷん、と言いながら頬を膨らませる学園長に、「それは盛大なブーメランなのでは?」などと現実を突き付けてやれるほど俺もできた人間ではなかったので、黙って話の続きを待つ。


「それでまぁ、こういう『ちょっかい』は今までにも何度かあったんだけど、ここ最近の彼の動向をモルガンに見張って貰っていたら、どうもクレイマン達に何か細工をしているらしい、ってことがわかったのよ。今度の『ちょっかい』は、ちょっと荒っぽいかも知れないってね」


 親方、仕事の合間とか終わった後とか、偶にふらっとどこかに出掛けていたけど、そんな諜報活動じみたことまでしていたのか。


 ……本当に今更だが、用務員って、何だろう?


「勿論、その時点でクレイマン達を処分なりなんなりして問い詰めても良かったんだけど、そうしたってあの狸はまた上手い具合に言い逃れするだけ。だから今回は、ある程度まで自由に泳がせて、言い訳できない状況を作ってから釣ろうと思ったの。本当はもっとじっくり計画を練って、ちゃんと逃げ道も作って、慎重にコトを起こそうと思っていたみたいだけど」


 学園長が、俺とイズとを交互に指差した。


「今回の【用務員生】や『繰り上げ組』といった私の方策が採用されたことに焦ったんでしょうね。『このまま奴の好きにされたら、私の発言権が弱まる恐れがあるぜ。それはマズいぜ。なるべく早く奴の権威を失墜させなければいけないぜ。そうだ! 近々行われる、奴主催のゼミ紹介でひと悶着起こして、奴に騒動の責任を取らせてやろうぜ!』、ってなところかしら?」


 今のは、トーリー氏の真似だろうか? 似せる気が無いにもほどがあるだろう。


「えーと……要するに、汚い大人の争いに俺達学生が巻き込まれている、と?」


「随分端折ったわね……まぁ、要はそういうことよ。ここまで派手にやれば、さすがに彼も全ての証拠を隠すのは難しいでしょうしね。今度こそ、あいつの尻尾を掴んでやるわ!」


「はぁ……掴むのは構いませんけど、なんでそんな大事なことを、今まで黙ってたんですか?」


「向こうに感付かれたくなかったのよ。あの慎重で狡猾なオジさんが、どこでこっちの思惑に気付くかわからないもの。いざ事を起こすまでは、情報の共有は最小限に留めたかったの」


 それには、俺も納得せざるを得なかった。


 俺やネヴィーはともかくとしても、例えばイズ辺りに教えでもしたら、確かにたちまちボロを出しそうだな。あいつ、すぐ顔に出そうだし。


「……さて、現状説明はこんなところかしらね。あとはこの場の騒動を片付けて、どうにか決定的な証拠を見つけられれば、私とトーリー氏のこの『賭け』は、こっちの勝ちよ!」


 さも簡単なことであるかのように学園長がそう言うと同時、閉ざされていた西側出入り口の扉も吹っ飛び、講堂内に追加のクレイマンが侵入して来た。


 二階席から、また悲鳴が上がる。


「いやいやいや、そんな遊び感覚で言われてもっ! どうするんですか、この状況! ある程度自由に泳がせた結果、この有り様なんですが? どう片付けろって言うんだ、こんなの!」


 いきり立つ俺を手で制し、こんな状況においても一切余裕の表情を崩さず、むしろ「あんたこの状況を楽しんでいるだろ!」と言われても仕方ないような顔で、学園長がニヤリと笑った。


「フフフ、大丈夫よ。言ったでしょ? ――カードは揃っている、ってね」

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