第2話

「は? 賭け?」


 そして現在、俺は納得のいかない試験結果を叩きつけられた挙句、今度はまたおかしな話を持ち掛けられていた。


「ロザライン、入って来て貰える?」


 ぽかんとしている俺をよそに、学園長は俺から見て左手にあるドアに向かって呼び掛ける。


「……ホホホ、お呼びでして、学園長?」


 ほどなくして出て来たのは、見るからに高飛車そうな雰囲気の金髪の少女。制服を着ているところを見ると、どうやらこの学園の生徒のようだ。


  レースの付いた赤い扇子で口元を隠し、底意地の悪そうな目で俺を見下ろしている。


 なんだ? どこかの偉いさんの令嬢か何かか? 何にしても、友達にはなれそうにないタイプだな。


「まずは紹介するわね。そこで取り押さえられている彼はヒナツ・ウィルムトー君。今回、残念ながら入学試験に落ちてしまった子よ」


「ええ、知っていますわ。先ほどから隣の部屋まで声が聞こえて来ましたもの。はるばるエウロスクランの片田舎からやって来たお上りさんだそうですわね?」


「ロザライン」と呼ばれた少女はクスクスと笑って、蔑む様な視線を俺に向けるのを止めようとしない。


 どちら様かは知らないが、やっぱりこいつは俺が一番嫌いなタイプの人間だ。


「あんたが使ってるその扇子は、あんた言うところの『片田舎』の特産品なんだがな」


「なっ……!」


  意地悪そうな表情を引っ込め、ロザラインはわなわなと手を震わせる。


「無礼者! わたくしを学園理事会が一角、ケルヴィン・トーリーの娘、ロザライン・トーリーと知っての発言でしてっ?」


「悪いけど知らないな。なにせこちとら『お上りさん』なものでね」


「くっ、まだそんな減らず口を!」


「まあまあ二人とも、一旦落ち着きなさい。これじゃあ話が進まないわ」


  バチバチと火花を散らす俺達をなだめ、学園長は椅子から立ち上がると、次にはとんでもないことを口にした。


「二人にはこれから、一対一の魔術戦をして貰うわ。喧嘩の続きは、そこでして頂戴」


 …………は?


「……それは、面白そうですわね」


  笑みを浮かべるロザラインとは反対に、俺は眉を吊り上げて学園長に詰め寄った。


「冗談じゃない! 俺は不合格の撤回を求めに来たんです! それでなんでいきなり戦わなければいけないんですか!」


  しかし学園長は椅子に座ったまま、身を乗り出す俺を軽く手で制して、それからゆっくりと口を開く。


  蒼色の瞳の奥が、一瞬怪しく光ったような気がした。


「話を最後まで聞きなさい。いい? 私は『賭けをしましょう』と言ったの。私に直談判しようとしたその度胸を称えて、もしあなたが彼女に勝てたなら、不合格を撤回してあげましょう」


「……!」


「フフッ、目の色が変わったわね。勿論賭けである以上、あなたが負けた場合はそちらにも何らかのペナルティを負って貰うけど。さぁ、どうする?」


  どうするも何も、こんなの答えは決まっている。


  俺は一も二もなく頷いた。


「わかりました。その賭け、乗りますよ」


  良い機会だ。そこの金髪お嬢様がどれほどの実力かは知らないが、この際学園長の目にしっかりと俺の実力と素質を焼き付けて、俺を不合格にしたのは間違いだったと思い知らせてやる。


  確かに俺は田舎者かも知れないが、それでも町じゃ一番の魔術の使い手だったんだ。そんじょそこらにいる温室育ちの魔術士志望者なんかに劣りはしない。


「よろしい。競技場を一つ手配するわ。昼過ぎになったら集合して頂戴ね」


「オホホ! 飛んで火に入る何とやら、とは正にあなたの事ですわね。きっちり叩きのめして、自分がいかに世界を知らないのかを、わたくしが教えて差し上げますわ。光栄に思いなさいな!」


「そのことわざも、俺の故郷に伝わるものなんだけどな」


「い、いちいちうるさいですわよ! まったく、これだから田舎者は……!」


 ブツブツと何事かを呟きながら隣の部屋へと戻っていくロザラインを見送ると、学園長が門番達に、俺を放すよう促した。


「さぁ、あなたも行きなさい。少し時間もあることだし、折角だからその辺りを見て回ったら? 今日だけ特別に許可してあげるわよ。ほらこれ、学園内の地図、渡しておくわ」


  手渡された学園の施設案内図を一応受け取り、扉に手を掛けながら、


「別にいいですよ。どうせこれから、毎日見ることになるんだし」


  そう言い残して、俺は学園長室を後にした。


※ ※ ※


  時刻は正午を少し回った頃。


 敷地内にあった売店の一つで軽く腹ごしらえをしてから、学園長に渡された施設案内図を頼りに広い学園内をうろつく。


  やがて背の高い雑木林に囲まれたドーム型の建物に辿り着いた。競技場というのは、どうもここで間違いないようだ。


 この地図によれば、こんな感じの小ドームが他にいくつもあるらしいが……学園の敷地のだだっ広さが窺える。


「こんなに広いんじゃ掃除が大変そうだ。気の毒に」


 なんて心にもないことを呟きながら、いざ競技場の中へ。


「よく逃げ出しませんでしたわね! てっきりもう帰ったものと思っていましたわ!」


  足を踏み入れるなり、甲高い笑い声が耳に入って来た。


すこぶるうるさい。こいつは、いちいち最初に笑わないと話ができないのだろうか。


  見れば競技場のちょうど中心辺りに、ロザラインが仁王立ちしている。


「それにしても随分と遅かったですわね? 緊張し過ぎてお腹の調子でも悪くしたのかしら?」


「言ってろよ、世間知らずのお嬢様」


「なっ? …………ホホホ、良い度胸ですわね。もう許しませんわっ。適当にあしらおうと思っていましたが気が変わりました。相手が田舎者の凡人だろうと、全力で叩き潰しますわ!」


「おっと、田舎者っていうのは認めるが、凡人っていうのは聞き捨てならないな」


  最前の学園長室の時のように、俺達はバチバチと火花を散らす。双方いつでも戦える状態だ。


「おやおや。二人とも、既にやる気満々って感じね」


 競技場二階の客席部分への出入り口から、何人かのお供を引き連れた学園長が現れた。手近な席に腰掛けて、足を組みながら俺達を見下ろしている。


「それでは、早速始めましょうか。制限時間やルールは特に無いわ。勿論、使用する魔術の制限もね。どちらかが降参するか、私が勝負あったと判断するまで、どうぞ思う存分やって頂戴」


  学園長の説明を聞きつつ、俺は腰のホルスターに装備していた長方形の箱状の物体を右手に持って構えた。


  金属製のその箱が、キィンという甲高い音とともに光を帯びる。


 ……が、ロザラインは相変わらず、扇子を口に添えて突っ立ったままだ。


「どうした、お嬢様? あんたも早く『展開機』を構えなよ。なんなら先に攻撃してもいいぞ。こっちじゃ、レディファーストが基本なんだろ?」


 そう言って、俺が芝居掛かった仕草でお辞儀をしてみせると、


「フ、フフ、アハハハッ! し、失礼ですけれどあなた、何を目指してこの学園に?」


  ロザラインは唐突にお腹を押さえ、扇子で口元を隠すのも忘れて大笑いし始めた。


「……農夫や漁師を目指して来たように見えるのか?」


「ホホホ、そうですわね。我らが王立アーガイル魔術学園の入学試験に挑んでいた以上、少なくとも魔術士を目指して、あなたは今そこに立っているのでしょうね」


「当然だ。それが何かおかしいか?」


「ええ、おかしいですわ。『展開機』に関するロクな知識も無い者が魔術士を目指すだなんて、ちゃんちゃらおかしくてへそで茶を沸かしそうですわよ!」


 またぞろ俺の地元に伝わることわざを使いつつ、ロザラインは俺の右手にある物を指差す。


「あなたが持っているそれは、魔術を行使する際に最低限の補助や操作性しかもたらさない、言わば量産型の『練習機』。公的な試験や、簡単な魔術実験に用いられることを主目的とした『誰でも使える展開機』ですわ。けれど、実戦で使われることはまずありません。使うのは……」


  そこで一旦言葉を切り、ロザラインは口元に添えていた赤い扇子をパシンと閉じる。


  瞬間、さっき俺の『展開機』がそうなったように、彼女の扇子が赤く光り始めた。


「は? なんだそりゃ?」

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