第9話
グラウンドの後片付けもあらかた終わり、後は倉庫周りの片付けをするだけというところで、そろそろ辺りもすっかり夕陽のオレンジ色に染まっていた。
俺は頭に巻いたタオルで汗を拭きながら、先ほど親方が言っていたことを思い返す。
「【炎剣女帝】……三つの型の組み合わせ、か……」
魔術には「属性」と「型」がある。
これは魔術を志しているわけではない人でも知っている、言わば基礎の基礎。
どうかすると魔術を学ぶ為の入門書にすら、ご丁寧に書いてあることは少ないような一般常識だ。
「属性」というのは読んで字の如く、その魔術がどういった性質に属しているかということだ。
「炎」とか「雷」とか「風」とか「音」とか、その種類は実に多岐に渡る。
前に一度、一体どれほどの属性があるのか気になって数えてみたことがあるが、そのあまりの多さにうんざりしてすぐに止めた。
その上、王都の研究室では年々新たな属性の存在が明らかにされていると言うのだから、こんなの数える奴はもう専門の学者かよほどのマニアか単なる暇人に違いない。
そして、その魔術をどういった形で体現するのかというのが「型」だ。
属性よりは数が多くないとは言え、やはりこっちも年々新たな型が生み出されているそうだ。
更に複数の型を組み合わせることで無限にパターンを生み出すことも、理論上不可能ではないらしい。
……要するに、こっちも数えるだけ無駄なほどバラエティに富んでいるというわけだ。
「――〈フレア・バレット〉」
『展開機』を胸の前にかざす俺の周りに、小さな火の玉がいくつか浮かび上がる。
そのまま『展開機』を前方に押し出すように動かすと同時、火の玉は目にも止まらぬ速さで飛んでいき、五十メートルほど先に設置されていた木製の的が、チーズみたいに穴ぼこだらけになった。
「……やっぱり、単型より難しいな」
今まで、俺は単型(型が一つの魔術)を使うのがほとんどだった。
大抵はそれで事足りていたし、魔術勝負だってずっと単型魔術だけで勝ってきた。
そもそも複数の型の組み合わせよりも単型の方が発動速度は速いし、威力も安定していることが多い。
何より俺の性に合っている気もしたから、今まで複型魔術なんてほぼ練習していなかったのだ。
それで良いんだと、そう思っていた。
「そう甘くは、ないのか……」
だが、俺だってそうそう馬鹿じゃない。
今日一日を顧みれば、さすがに認めないわけにはいかないだろう。
魔術っていうのは俺が想像していたほど単純なものでもなかったし、ロザラインみたいないかにも「上流階級」な奴の実力は、やはりそれなりではあった。
確かに、俺は世界を知らなかったのかも知れないな……。
……けど!
「――〈ラピッドフレア〉!」
再び『展開機』に魔力を集中させ、練り上げたそれを一気に放出させた。
オレンジ色の閃光に包まれた『展開機』の先端から燃え盛る炎の柱が撃ち出され、轟音を伴って飛んでいく。
そのまま先ほど穴だらけになった的を飲み込んで、次には跡形もなく焼き尽くした。
ほら見ろ、それでもやっぱり俺は弱くなんかない。
確かに複型の複雑で高度な魔術は俺には上手く使いこなせないかも知れないが、それでも俺の単型魔術ならば、十分この学園でも通用する筈なんだ。
今回はそう、最初の相手が学年二位という不運に見舞われただけだ。
そうだ。あんな魔術戦一回こっきりで、俺の全てを計られてたまるか。
ちょっとスタートで躓いたが入学は入学、すぐに俺の本当の実力を学園中に知らしめて、あの学園長にもう一度、俺を一魔術士候補生として入学させるよう直談判してやろうじゃないか。
俺は一人うんうんと頷き、それから壊してしまった的の替えを探す。
幸いすぐ近くに予備の物がいくつか立てかけてあったので、特に手間取ることもなく設置できた。
それにしてもこのグラウンドには、特訓し甲斐のありそうな設備が沢山あるな。
さすが王立の魔術学園といったところか。
はたまた、これが学園長言うところの「より実践的なカリキュラム」とやらの一環なんだろうか。
機会を見つけて、俺も通ってみるのも良いかも知れないな。
「あらあら、誰かと思えば田舎者のピエロさんではありませんか」
立てかけた的の向きを調整していると、突然背後から聞き覚えのある甲高い声が聞こえて来た。
割と本気で無視しようかとも考えたが、俺は嫌々ながらも振り返ってみることにした。
「うわ、出た……」
「ちょっと! 聞こえましたわよ! 『うわ』ってなんですの、『うわ』って!」
果たして、そこにいたのはこの学園の理事の娘であり学年二位の実力者でもあらせられるところの、絵に描いたようなお嬢様、ロザライン・トーリー様その人であった。
何人かのお供を引き連れて、どうやらお散歩中のご様子だ。
「なんですのっ? 何なんですのその顔は! わたくし、声を掛けただけでそこまで苦虫を嚙み潰したような顔をされたのは初めてですわよ! 相手がわたくしのような高貴な身分の者でなかったとしても、その顔は失礼……って、いつまでその顔をしているつもりですの!」
相変わらず手に持っている赤い扇子をぶんぶんと振り回し、「不愉快ですわ!」と憤慨するロザラインを一瞥して、俺は溜息交じりに短く尋ねた。
「……何か御用で?」
俺の問いを受け、そこで一旦ロザラインは騒ぐのを止める。
「ホホホ、このわたくしがっ! あなたのような田舎者に用などある訳ないでしょう?」
「そうか。それじゃあな」
「へ? ちょ、ちょっと! お待ちなさい! そこはせめて、『じゃあなんで話し掛けて来たんだ?』くらい返すものでしょう! あなた、ちょっと小ざっぱりし過ぎではありませんこと?」
「だって、用は無いんだろ?」
「ええ、ありませんわよ? 高貴で美しくて誰もが羨むほど才能に溢れているこのわたくしが、あなたみたいなイモ臭い凡人さんに用なんて――」
「それじゃあな」
「無いですけれど話はありますの!」
片手を挙げて一瞬の迷いもなく再び倉庫へと歩を進めようとした俺を、ロザラインが引き留める。
まったくもって七面倒臭いお嬢様だ。それならそうと最初から言えば良いのに。
「聞きましたわよ? あなた、今日からこの学園で用務員として働くそうですわね?」
「あ? なんでそれを……」
いや、知っていてもおかしくはないのか。
なにしろ彼女の父親はこの学園の理事会に属しているという話だ。
大方、そのつてで俺の処遇を知りでもしたのだろう。
あの学園長だって、さすがにこんなイレギュラーな入学者の存在を秘密にしておくというわけにもいくまい。
……なんとなく、この後の展開が目に見えるようで気が重くなる。
「ホホホ! 分不相応にもわたくしに勝負を挑んで、あっけなく負けて、そして魔術士を目指していたのに用務員にされてしまうだなんてとんだ悲劇、いえ喜劇ですわ! あなた、やっぱり道化師の才能がありますわよ。こう見えて我がトーリー家はサーカス事業も手掛けていますの。どうしてもと言うのなら、あなたのその安いプライドをズタズタに引き裂いてしまったせめてものお詫びとして、わたくしが仕事先を紹介して差し上げてもよろしいですわよ?」
不安的中。
ロザラインは水を得た魚のように生き生きした様子で俺をいびり始めやがった。
後ろに控えていたお友達の皆さんも、ニヤニヤとした表情を浮かべている。
今すぐに魔術の一つでもぶっ放してやりたかったが、この人数相手じゃ無理がある。
「……話はそれだけか? なら、今度こそじゃあな」
降り注ぐ嘲笑をぐっと耐え忍び、俺は再び倉庫へと歩き――
「……おいおい、逃げるのかよ? やっぱ雑魚は雑魚だな。逃げ足だけは速いことで」
――出そうとして、ピタリと足を止めた。
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