第10話

「……何だって?」


 低い声でそう呟きながら振り向くと、ロザラインのお供の内、一際目つきの悪い男子生徒と目が合った。


 さっきの聞き捨てならない台詞をのたまったのは、どうやらこいつらしい。


「おい、そこの。もう一度言ってみろよ。俺が、何だって?」


「何度だって言ってやるさ! 一度不合格になった癖にみっともなく騒ぎ立てて、身の程知らずにもロザライン様と魔術戦、挙句の果てには手も足も出ずに完敗だ。これを雑魚と言わずして何て言うんだよ? え? 雑用君よぉ?」


 ロザライン以上に俺を馬鹿にしたような口調で挑発してくる男子生徒。


 終始ニヤニヤとムカつく笑みを絶やさず、自慢なのか知らないが、自分の焦げ茶色の髪を執拗にかきあげてはアピールしている。


 俺は良いトコのお坊っちゃんなんだぜっ、と全身で主張しているようだ。


「……確かに、俺はそこのお嬢様に負けたよ。けどな、だからってそれだけで俺が雑魚だっていう話にはならないんだよ、腰巾着君?」


 ダメだ、我慢できなかった。


 負かされた張本人であるロザラインから色々言われるのは、まぁまだ我慢できる。


 だが、全然関係の無いこんな奴に雑魚呼ばわりされる謂れは、ない。


「こ、腰巾着……だと……⁉」


 それまでのにやついた表情から一変、男子生徒はピクリと眉を動かして、ギリギリと歯ぎしりしつつ俺を睥睨してくる。


 よほど腹に据えかねたのか、全身が怒りでわなわなと震えていた。


「用務員風情が、学生様に随分と生意気な口を利くじゃねえか……こりゃ少し自分の立場ってモンを教えてやらなきゃいけねぇよなぁ?」


 男子生徒はやにわに上着のポケットから何かを取り出し、それを右腕に装着した。


 夕陽を浴びて鈍く光る金属製の腕輪。


 ……なるほど、おそらくあれも『展開機』なのだろう。


 ロザラインの扇子もそうだが、『専用展開機』っていうのは本当に人によって様々な形状があるらしい。


「面白い。丁度掃除やらゴミ拾いやらでうんざりしていたところだ。一丁その魔術戦、受けてやるよ。良いストレス発散になりそうだ」


 昼間のこともあるし、決して相手を侮るつもりはないが、それでもこんな見るからにロザラインの威を借りているような腰巾着野郎に負けはしない。


 俺は口端を上げて『展開機』を構える。


 格好が作業着なだけにいまひとつ様にならないが、それはまぁこの際気にしないことにしよう。


「おいおい、話を聞いてなかったのかよ? 俺は『教えてやる』って言ったんだぜ?」


 だが、男子生徒はそんな俺に心底呆れたといった風に大仰に肩を竦めてみせた。


「……おい、お前ら」


 邪悪な笑みを浮かべる男子生徒の掛け声に答えるように、数人の取り巻きが前に出る。


「いいか? これはお前と俺の魔術戦なんかじゃない。俺達が一方的にお前にする『教育』なんだぜ? 合格者と不合格者、学生と用務員、エリートと田舎者。どちらの方が立場が上なのかをきっちり分からせてやるためのな! 我らがアルバ王国の未来を担う俺達魔術士候補生に、ゴミ拾いぐらいしか能の無い田舎者の用務員なんぞが盾突いたんだ。上の立場に立つ者として、下の奴の間違いを正してやるのは義務だからな」


 長々とそんな話をし続ける男子生徒。


 確か彼とは初対面の筈なんだが、どういうわけか親の仇を相手にするが如くボロクソに俺を責め立てて来る。


「あらあら、なかなか面白いことになってきましたわね。けれど、あまり派手にやり過ぎると後が面倒ですわ。ほどほどになさいね、ドネル?」


 ロザラインの忠告に、男子生徒――ドネルが即座に頷いた。


「任せて下さい、ロザライン様。あなたに歯向かうとどういう目に合うのか、このドネルがきっちりあの雑用に教えてやりま――」


「〈ラピッドウィンド〉!」


 俺の『展開機』から放出型の風属性魔術が撃ち出され、隙だらけのドネルに猛進していった。


「はっ?」


 不意打ちに面食らったドネルが慌てて避けようとしてたたらを踏んでいる隙に、俺は二発目をお見舞いするべく魔力を集中させる。


『展開機』が、徐々に薄青の光を帯び始めた。


「おい! いきなり何しやがる!」


「話が長いんだよ、話が。どっかの学園長じゃあるまいし。ご大層なご高説痛み入るが、実戦でそれやったら良い的だぞ?」


「くっ……はは、やっぱお前は雑魚だよ。こんな卑怯な不意打ちしかできないのが良い証拠だ!」


 おいおい、大人数で一人を叩き潰そうとする方がよっぽど卑怯だろうに。


「そっちから吹っ掛けて来た喧嘩だ、いつ始まってもいいように準備していて然るべきな筈だろ。違うか、腰巾着君?」


「俺を! 腰巾着と呼ぶな!」


 やっぱり腰巾着というのは彼にとって禁句であったらしい。


 激昂したドネルが右腕をこっちに向けた状態で魔力を集中させる。


 ドネルの腕に着けられた腕輪が黄土色に輝き始めた。


「遅い! 〈ラピッドフロスト〉!」


 だが、こっちは既に二発目が完成している。俺は『展開機』を構え、いまだ魔力を練り込んでいる最中のドネル目掛けて魔術を撃ち込んだ。


 周囲の気温が一気に下がるのを感じると同時、俺の足元に出現した氷の塊が、地を這うようにしてドネルの立っている場所まで伸びていく。


 よし、入った! まずは一人目――


「「――〈クレイ・プランク〉!」」


 しかし、ドネル撃破を確信した俺の目に飛び込んで来たのは、放たれた氷塊が、ドネルの目の前に突如現れた土壁に阻まれている光景だった。


 一瞬何が起こったのかわからなかったが、ドネルの背後に控えていた取り巻きの何人かが、それぞれに自身の『展開機』を構えているのを見て理解した。


 俺の魔術が命中する前に、あいつらが魔術を放ってドネルを守ったのだろう…………信じられないことに。


「冗談、だろ? ……速すぎる」


 そう、信じられないこととはその発動速度だった。


 奴らが咄嗟に魔術を発動させたところは視界の隅に映ってはいたが、それは確かに俺が魔術を撃った後だった。


 間に合う筈がない。 

  

 仮に魔術を発動したのが同時だったとしても、あいつらが唱えたのは〈クレイ・プランク〉、強化と錬成の二つの型を組み合わせた土属性の複型魔術だ。


 俺の氷属性単型魔術の方が発動速度は速い筈。後手に回るなんてことは……。


「馬鹿が! だからお前は雑魚なんだよ! 『練習機』の発動速度に『専用機』の発動速度が劣るわけねぇだろうが! 例えこっちが複型で、お前が単型だったとしてもな!」


「『専用機』……くそっ、またかよ……!」


 なんてこった、冗談きついぞ。


 あいつらが唱えた魔術を見る限り、魔力量や技術に関して言えば俺は全く劣っていない、むしろ勝っている筈だ。


 それなのに……『展開機』一つで、ここまで違うものなのか?


「さて、今度はこっちの番だ。汚ぇ不意打ちしてくれた礼として、特別に俺の最大火力を食らわせてやるよ。少々危険だが、なぁに、そんな丈夫そうな服を着てるんだ。運が良けりゃ全治数ヵ月ぐらいで済むだろうぜ? なぁ? ――雑用君!」


 叫ぶと同時、ドネルの右腕に着けられた腕輪が眩い光に包まれ、一瞬辺りが真昼のように明るくなった。


 反射的に腕で顔を覆い身構える。


 何だ? あいつは何をしてくる? 属性は? 型は? 避けるか防ぐか、どっちが良い!


 頭の中で目まぐるしく考えを巡らせていると、やがて辺りを包んでいた光がいくつかの塊に集束していき、段々と形を変えていく。


ドネルを囲むようにして宙に漂うそれは、さっきの壁と同じく土で作られた大量の──針だった。


「串刺しだ――〈グランド・スピア〉!」

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