第13話

「わたくしとしたことが、少々取り乱してしまいましたわね。邪魔も入ってしまったことですし、今日のところはこれで失礼させて頂きますわ。それでは、精々お仕事頑張って下さいね、田舎者のピエロ……いえ、用務員さん?」


 そう言い残し、ゾロゾロと手下を引き連れて帰って行くロザラインを見送ってから、俺はグラウンドに降りて来た親方にかくかくしかじかこういうわけだと事情を説明する。


「そうか……で、倉庫の片付けは?」


「え? えっと、だからあいつらに邪魔されて……」


「お前が安い挑発に乗らなければそれで済んだ話だ。まったく、放っておけば良かったものを。言い訳として聞いてやるには、いかんせんお前がアホ過ぎる」


 一蹴されてしまった。


 まぁ、言われてみれば確かにその通りだから何も言い返せないんだが。


「それで? お前は何をしてるんだ、ネヴィー?」


 親方は、傍らに立っていたネヴィーに問い掛ける。


「雑木林を、散歩してて……彼が死に掛けているのが見えたから、助けようと思って」


「ほぉ、お前が人助けとは、珍しいこともあるもんだ。が、最後の『アレ』は褒められたものじゃないな。下手をすれば大怪我していたところだ。互いにな」


「う、うん……ごめんなさい」


 二人はどうやら知り合いらしい。その後も二言三言、言葉を交わしている。


 やがて一つ溜息を吐いた親方が話を切り上げて、再び俺に目を向けた。


「お前の所為で時間が押している。私は集めたゴミを収集室に持っていくから、お前は速やかに倉庫周りの片付けをした後、先に『イキモノ小屋』に行っていろ」


「イキモノ小屋?」


 地図を出せ、と親方に促され、俺は今朝学園長から貰った施設案内図を取り出す。受け取った時は新品で綺麗なものだったが、今日のゴタゴタの所為か、今は既にあっちこっちが皺だらけだ。


 そのしわくちゃの地図に、胸ポケットから取り出したペンで親方が丸印をつけた。


「私も後から向かう。一時間後に集合だ、遅れるなよ?」


 俺が頷くのを見て親方も同様に頷くと、そのままガラガラと台車を押してさっさと行ってしまった。


 ……あの人、なんであんなに元気なんだろうか。正直俺はもうヘトヘトだ。


 だが、ここでチンタラしているとまた親方の手刀を食らってしまいそうだ。


  俺は疲れ切っている体に鞭を打って片付けを再開した。


 ふと、視線を感じて振り返る。ネヴィーだ。


「どうした?」


 作業の手は止めずに、俺はネヴィーに尋ねる。


「うん、折角だから、私も『イキモノ小屋』に行こうかな」


「何か用事でもあるのか?」


「特に、無いけど……強いて言うなら、君が行く、から?」


「は? 何だそれ……」


 片付けを終えて、俺が地図を頼りに足早に歩き出すと、ネヴィーもトコトコと後ろを付いて来る。


 どうやら本当に同伴する気らしい。一体、どういうつもりなんだろうか?


 顔を合わせて数十分も経っていないのだから当然といえば当然だが、こいつが何を考えているのか、どうもよくわからない。


「……さっきのことだけど」


 何も話さないのも少し気まずかったので、俺は歩く速度を若干落としてそう切り出した。


「助けてくれたこと、感謝はしてる。ありがとう」


「うん! どういたしまして」


「だけど、俺は別に『弱い者』じゃない」


 少し強めた俺の口調に、ネヴィーが驚いたような顔をする。


「さっき、お前言っただろ? 『弱い者いじめは嫌いだ』って。それは違う。俺は弱くなんかない。フェアな条件だったらあんな奴らに負けるわけないんだ。あんまり勝手なことを言うな」


「あ……その……」


 ネヴィーは何度か顔を上げたり俯いたりを繰り返し、それから蚊の泣くような小さい声で「ごめんなさい」と呟いた。


 さっきロザラインと対峙していた時の凛とした雰囲気とは、うって変わってしおらしい。


 なんだかこっちが酷く悪いことをしたような気さえしてきた。


「き、気を悪くさせるつもりは、無かったんだけど……ごめんなさい」


 うーむ、弱ったな。こういう気まずい空気は一番苦手なんだが。


 俺はタオル越しにガシガシと頭を掻いて、極力不自然に見えないように話題を変える。


「まぁでも、さっきの腰巾着じゃないが、俺みたいな見ず知らずの雑用をなんで学年一位様が助けてくれたんだ? 俺、ネヴィーに何か恩返しされるようなことした覚えはないんだけど」


 言ってから、しまったと思った。


 さりげなくフォローでも入れようとしたつもりだったのに、これじゃ遠回しに「初対面のくせに馴れ馴れしいな」と言っているようなものじゃないか?


 案の定、ネヴィーが恐る恐るといった感じで尋ねて来る。


「やっぱり……迷惑、だった?」


 ……はぁ、さすがにこれ以上、女の子にこんな顔をさせてしまっては男がすたるよな。


「さっきも言ったろ? 助けてくれたことには感謝してるんだ。ただ単純に気になったって、それだけだよ。だから、『迷惑だ』なんて思っちゃいないさ」


 迷子になった子供をあやすが如く、俺が努めて柔らかい口調でそう言うと、俯いていたネヴィーがパッと顔を上げる。


 驚いたような戸惑っているような、それでいてどこか嬉しそうな顔。 


 まるで、ずっと探していた物をようやく見つけたみたいな、そんな顔だった。


「ほ、本当?」


「本当だよ」


「本当に本当?」


「あ、ああ、本当だって。こんなことで嘘吐いたってしょうがないだろ?」


「じ、じゃあ! 私、君のそばにいても迷惑じゃない?」


「は? ちょ、ストップ、ストップ! 少し落ち着けって!」


 突然グイグイと体を近付けて来るネヴィー。


 気圧されてたじろぎつつ、俺は何やら興奮気味の彼女をなだめすかす。


 ハッと我に返ったように目を見開き、ネヴィーは後退った。


「ご、ごめんなさい……」


 うーん、やっぱりよくわからん奴だ。クールかと思えば人懐っこかったり、そうかと思えば内気だったりと、さっきからころころ雰囲気が変わる。


 あれか? もしかしてちょっと情緒が不安定な感じの人なのか? まぁ、天才と変人は紙一重、なんて言葉もあるしなぁ……。


「……ねぇ」


 相変わらず小さい声でそう言って、ネヴィーが立ち止まる。


 つられて俺も足を止めた。


「私のこと…………怖く、ないの?」

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