第36話

「――〈ラピッドボルト〉・《ワンドレス》!」


 薄紫色の光を帯びていた俺の右手から、腹の底に響くような雷鳴を伴い、凄まじい威力の雷撃が放たれる。


 標的にしていた木製の人形が、あっという間に焼け焦げた。


「うわっ! 髪が、髪が逆立つっス~!」


「うん。ちょっと、ピリピリする……」


「あ、悪い。うーん、まだ少し無駄に魔力を使ってるなぁ。もう少し制御しないと……」


 傍らで様子を見守っていたネヴィー達が逆立った髪を直すのを見やり、俺は頭を掻いた。


 親方に俺の『才能』について教えて貰ってから一週間。


 この一週間の間、俺は用務員当ての依頼が無い日は、午後の校内清掃が終わり次第、親方から『展開機』無しの魔術――親方は《杖無し(ワンドレス)》と呼んでいる――の特訓を受けていた。


 特訓場所は、魔力も豊富であまり人目に触れない場所ということで、湖が選ばれた。


 そして今日は、仕事が休みの太陽の日ということもあり、俺は朝から湖で《ワンドレス》魔術の猛特訓中というわけである。


 先週同様、やはり休みの日すらゆっくりはできなさそうだ。


「少し集中力が切れてきたみたいだな。この辺で一旦、昼休憩にしようか」


 ふぅ、ようやっと休憩か。普段の用務の方がきついとは言え、さすがに疲れた。


 親方からの許しも出たので、俺は湖畔にあった木々の内の一本に寄りかかり、座り込む。


 ネヴィーとイズもそれに続き、近くの木陰に腰を下ろした。


「ヒナツ、お疲れ様。お弁当作ってあるから、一緒に食べよっ?」


「ああ、ありがとうな。もうお腹ペコペコだったから助かるよ」


「わぁ、凄いっスね! これ、ネヴィーさんが作ったんスか?」


「……う、うん。あの……こっちの箱のやつだったら、イズも……」


「おお! ホントっスか! いやぁ、嬉しいなぁ。じゃあ遠慮なく頂かせて貰うっスよ!」


 あっという間に、辺りはちょっとしたピクニック状態になった。ここは景色も居心地も良いし、うってつけだとは思うけど。


「それにしても、やっぱりヒナツ君は凄いお人だったんスねぇ。モルガンさんがそうだったのにも驚いたっスけど、まさか『展開機』無しの方が強かったなんてびっくりっス! いやぁ、道理で変だと思ったっスよ。ブランジャンの魔力補給を一瞬で終わらせても平気なくらいタフな魔力があるのに、自分と同じ『繰り上げ組』なんて、って」


 ネヴィーが作ってきてくれたサンドイッチやおにぎり(練習中らしく、形は不格好だが味は悪くない)を囲みながら、俺達は件の《ワンドレス》についてとりとめもなく話していた。


「今更そんな風に持ち上げたって何も出ないぞ。お前には前からちょくちょく話してただろ?」


「アハハ、いやぁ、実際に見たのは今日が初めてだったっスから、改めて凄いなと思って。私とトリスタンが即興で作ったとは言え、丸太人形を一人で十五体もあの世に送るなんて、むしろ人形の方に同情するくらいっスよ。ね? トリスタン?」


 サンドイッチ片手に同意を求めるイズに、隣にいたトリスタンががっくりと肩を落としてから、後頭部に片手を当てる。


「折角作ったのに、参ったな」というところか。表情など無いのに、いちいちわかりやすい奴だ。


「おい、人を連続殺人鬼みたいに言うんじゃない。さもないと本当にそうなるぞ?」


「あわわ、冗談、冗談っス! だから左手で魔術の、右手で手刀の構えをしないで欲しいっス! それに何故かネヴィーさんからも凄く冷たい目で睨まれてるんで、本当勘弁して下さいっス!」


 イズの言葉に、俺はハッとして隣を見る。


 俺の横にぴったりとくっつき、お茶のおかわりを注いだり料理を取ってくれたり――俺が食べたり飲んだりする物は何故か全てネヴィーが決める――とかいがいしく世話を焼いてくれていたネヴィーが、今まさに俺に手渡そうとしていたおにぎりを無言で冷凍していた。


 イズへの攻撃態勢を解き、俺はネヴィーに向き直る。


「あの、ネヴィー……さん? おっかないから、何か喋ってくれると……」


「…………私ともおしゃべりして」


「…………すいませんでした」


 取り敢えずネヴィーからおにぎりを受け取り、俺は限界まで弱めた炎魔術でそれを解凍した。


「やぁやぁヒナツ君! 両手に花で羨ましい限りね。あ、私とモルガンもいるから両足にもか!」


 美味い弁当に舌鼓を打ったり、ネヴィーの機嫌を損ねないように適度に会話を弾ませたりしていると、遠くで特訓の様子を見ていた学園長と親方もやって来た。


 俺とイズが軽く会釈をする一方で、ネヴィーは俺の陰に隠れるように身を寄せてくる。


「どうした?」


「……あの、私、学園長先生とちゃんと話したこと、無くて……」


「苦手、なのか? 別にお前を怖がってる様子もないけどな」


「……えと、違くて……あの人の『目』は、そういうのとは違う意味で、苦手」


 あ~……確かに、学園長ならネヴィーみたいな特殊な奴を怖がりはしないだろうが、代わりにすこぶる好奇の目を向けてくるだろうしな。


 人見知りのこいつには、きついのかも知れない。


 仕方ない。ネヴィーに話を振られないよう、ここは一つ俺から声を掛けておくか。


「来てたんですね、学園長?」


「ええ。やっとあなたの真の力が目覚めたって、モルガンから聞いたから。本当はもっと早く見たかったんだけど仕事から逃げ出せ……仕事が忙しくてね。この休日にやっと、って感じよ」


 おい、今この人「仕事から逃げ出せなくて」って言おうと……なんか前にもあったな、これ。


「『真の力が目覚めた』って、そんな大層な話でも無いですけどね」


「あら……フフッ、本当に丸くなったわね、あなた。私の前に直談判しに来た時のあなただったら、もっと天狗になっていたでしょうに。……あ、ここ、座らせて貰うわね?」


 手近な岩に寄っかかり、学園長は懐から酒の入った瓶を取り出した。


「良いのかなぁ。学園長自ら、こんな昼間に学園内で飲酒なんて」


「そんなカタいこと言ってると、理事のオジさん達みたくつまらない大人になっちゃうわよ?」


 それに今日は休日だし、と言って景気良く瓶の蓋を開ける学園長に、俺は端的に尋ねた。


「……学園長は、その、最初から『全部』わかっていたから、俺を入学させたんですか?」


 だが俺の真剣な口調とは反対に、学園長はコロコロと笑いながら軽い口ぶりで返した。


「アハハ、違うわよ。確かに私は競技場での戦いを見て、あなたをモルガンに任せようとは思ったけど、あなたと最初に賭けをしたのはただ単に面白そうだったからってだけ。まぁ、その結果あなたが『面白い』ってわかったんだから、私の人を見る目も大したものよね?」


「なんですか、それ……本当に適当ですね」


 俺が呆れ顔でそう告げると、学園長は酒を一口飲んでから、目の前の光景を手で指し示す。


「ほら、見てご覧なさい、ヒナツ君」


 学園長の視線の先には、麗らかな春の日差しに照らされる美しい湖を背景に、和気あいあいと昼下がりのひと時を過ごす皆の姿があった。


「【用務員生】としてこの学園に入れられた時、あなたは言ったわね。『冗談じゃない』って」


「……はい」


「今も、そう思ってる?」


 俺は少しだけ答えに迷い……しばらくの間、黙り込んでしまった。

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