第6話
信じ難いペナルティを言い渡されてから十数分。
青い作業着に身を包み、手にはグローブ、頭にはタオルを巻き、どこからどう見ても用務員にしか見えない格好をした俺は今、降り注ぐ穏やかな春の日差しを全身で受けながら、げっそりした顔で別館の入り口に立っていた。
「……冗談、だろ?」
口から乾いた笑いを漏らしていると、準備が整ったらしい親方と、呑気に欠伸をしている学園長が連れ立って別館入り口から出て来る。
「おー、中々似合ってるじゃない! うんうん、どこに出しても恥ずかしくない、立派な用務員だわ! さては普段から着慣れていたわね? このこの!」
「みてくれが良くても、仕事ができないんじゃ意味がない」
何やら好き勝手なことを言っている二人に、俺は抗議した。
「ちょっと待って下さい! どうして俺がこんなことをしなきゃならないんですか!」
「だから、ペナルティを負って貰うって言ったでしょ? ほら、これでちゃんと罰になったわ」
「罰って……いくらなんでもこれは無茶苦茶でしょ!」
「まぁまぁ、その代わりウチに入学出来るんだから、それでとんとんでしょ? それにあなた、何でもするって言ったわよね? まさか! あれは嘘だったの? それでも男の子?」
「うぐっ……!」
くそ! あの時ヤケになってあんなこと言わなければ良かった。
「俺は、魔術士になる為に王都に来たんです。用務員やる為に来たわけじゃないんですよ……」
「もう、そう腐す必要もないでしょう? 確かに君には一日の大半、用務員として働いて貰う事になるけど、本来不合格になってのこのこ故郷に帰る筈だった状況と比べれば、こんなラッキーなことはないじゃない! 君のみっともない悪あがきがこの奇跡を起こしたんだから、もっと喜んだら?」
「みっともない悪あがきとか言うな! 俺にはちゃんと実力があるんだ!」
「えー、でもあなた、ロザラインにボコボコにされてたじゃなーい」
くっそ、ニヤニヤしやがって! 学園長じゃなかったら張り倒してるところだぞ!
「おいエーレイン。からかうのもほどほどにしろ。これからこいつに色々教えなきゃいけないんだ。それにお前、仕事ほっぽり出して来てるんだろ? 理事会のお歴々にまた怒られるぞ」
「あー、そうだった……もう、うるさいのよね、あのオジさん達。しょうがない、私も仕事に戻るとするわ。はぁ、美人で仕事のできるイイ女は辛いわねぇ」
一体全体どの口が言うのだろうか。この人はもう少し自分を見つめ返した方がいい、絶対に。
イラっとするドヤ顔で溜息を吐き、学園長は木漏れ日差し込む遊歩道へと歩を進める。
と、数歩歩いたところで立ち止まり、思い出したように振り返った。
「ねぇ、ヒナツ君」
「な、なんですか?」
いきなり呼ばれたのに慌てて若干言葉を詰まらせてしまった俺を一瞥し、春のそよ風に綺麗なブロンドの髪を揺すられながら、学園長がゆっくりと口を開く。
「――君はスープを飲む時に、手元にスプーンが無かったら、どうする?」
「は? なんですかその質問は?」
「いいからいいから。で、どうする?」
脈絡もへったくれもない学園長の唐突な質問に、俺は怪訝な表情を浮かべつつ答えた。
「はぁ、そりゃあ、どこからかスプーンを調達してくれば良いんじゃないですか?」
「……ふーん、そう」
当たり障りのない俺の答えに満足したのかしていないのか、学園長は一言だけそう呟くと、
「それじゃあヒナツ君。これから【用務員生】として、頑張って頂戴ね。応援してるわ!」
再び俺達に背を向けて、スタスタと歩いて行ってしまった。
※ ※ ※
「付いて来い」
と言う親方に連れられてまずやって来たのは、本校舎の裏手に隣接しているゴミ収集用の建物、その地下室だった。
酷い臭いだ。
一階のゴミ収集室もかなりのものだったが、ここはことさらに臭い。鼻がひん曲がりそうになる。
「お、親方、ここは一体何ですか? なんか凄い臭いなんですけど……」
「ここも上と同じゴミ収集室だ。但し、こっちは主に授業や実験で排出された、『魔術ゴミ』を扱っている。臭いもそうだけど、一般ゴミよりも扱いに注意が必要な物ばかりだ。やたらめったら触るなよ? 私の指示に従わないと、腕の一本や二本じゃ済まないぞ」
腕の一本や二本? 腕の一本や二本じゃ済まないって、どういうことだよ!
強烈な悪臭の中でも平然としている親方が、そんな物騒なことを呟きながら地下室の一角へと歩いて行く。
俺も鼻を摘みながら後に続くと、そこには中が空洞になった四角形の金属管が、俺の目線くらいの高さの場所にいくつか並んで生えている壁があった。
丁度金属管の一つから何かの残骸が飛び出して来て、下に設置されていた大きな箱にドサッと落ちる。
「うわ」
箱の中を見てみると、そんな残骸が、箱の底が見えないくらい溜まっていた。
何かの結晶がこびりついた本、どす黒い液体が入っているガラス容器、粘液まみれの植物、不気味にひしゃげたインゴット、等々。
どいつもこいつもべらぼうに臭いし、汚い。
「ここには学園内中の魔術ゴミ用ゴミ箱から転送されたゴミが集まって来る。私達用務員の午後一番の仕事は、これの分別だ」
冗談だろ? これを、今から分別するのか? 俺が?
……最悪だ。
顔をしかめる俺をよそに、親方は壁に掛けられていた火ばさみでもって、箱の中の魔術ゴミを次々に拾い上げては、横に並べてあった木箱に放り込んでいく。
木箱にはそれぞれ名札のような物が付けられており、「炎」、「氷」、「闇」などと書かれている。
「魔術には属性があるが、それは魔術ゴミでも同じだ。きちんと属性別に分別しないと、どんな魔術反応が起こるかわかったものじゃない。くれぐれも、属性をごっちゃにしてくれるなよ? じゃないと処理の段階で大変なことになる」
「大変なこと?」
「……こんな話がある。とある魔術ゴミ処理場で、ある作業員が処理をしていた時だ。相方の作業員が休憩がてらちょっと外に出ていると、処理場の中から凄い音がした。何事かと戻ってみると、処理用の魔術釜の一つが大破している。中ではある属性のゴミの処理が施されていた形跡があるが、その中に一つだけ、別の属性のゴミが混ざっていた。中にいた作業員の安否を確認しようと、相方は辺りを見回すが誰もいない。代わりに彼が目にしたものは、釜の前に横たわっている、ブヨブヨしたゼリー状の塊だった――丁度、人間の形をした、な」
想像を遥かに凌駕する大変さだった。
ていうか怖い! 怖すぎるだろ!
神妙な面持ちで話していた親方が、青ざめる俺にスッと火ばさみを渡してくる。
「さぁ、お前も早くやれ」
……いや、鬼か。
「…………」
「ん!」
にらめっこでもするかのように俺が火ばさみをじっと見つめていると、しびれを切らしたのか、親方が無理矢理火ばさみを握らせてきた。そのまま無言で作業を再開する。
「…………はぁ」
深く、深く溜息を吐いて、俺も火ばさみをゴミの山に突っ込んだ。
まったくもって本意じゃない。どうして俺がこんなことをしなければならないんだ。
俺は魔術士になりたくて、この学園に来たんだぞ。それがどうして、こんなゴミ掃除をするハメになっているんだ。
こんな筈じゃ、なかっただろ?
こんなことする為に、今まで努力してきたんじゃないだろ?
「何やってるんだよ、俺……」
王立アーガイル魔術学園【用務員生】。
こんな肩書き、俺は望んじゃいないのに……。
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