第33話
「……空気の読めない奴だな、お前もさ」
その後、結局ネヴィーに押し切られる形で、俺は街へと繰り出すことになった。
学園周辺の街を見て回るのは初めて王都に来た時以来だったが、相変わらずどこもかしこも人だらけで、休日ということもあってか商店やレストランなんかも活気に満ち溢れている。
そんな賑やかな街並みを、俺はネヴィーと一緒に日が傾くまでひたすら練り歩いた。
俺は別に出不精というわけではないのだが、正直、怠くて仕方がなかった。
これで何か目的や目当ての店があったというならまだしも、街へ行こうと言い出した張本人であるネヴィーは、
「え? 特に決めてないよ。私は、ヒナツが行きたい所に付いていくから」
の、一点張りである。
そのくせ「じゃあ風呂にだけ行ってさっさと帰りたい」と言っても、「それはダメ」と低い声で返し、真顔で俺の腕をがっちり押さえるものだから性質が悪い。
お陰で俺は夕方まで、したくもないのに当て所ない街歩きに延々付き合わされてしまった。
そして今、やっとこさ唯一のお目当てであるエウロスクラン地区の公衆浴場にやって来る事ができて、久しぶりに馴染み深い入浴式の風呂を心ゆくまで堪能し、入り口でネヴィーが上がって来るのを待ちつつ、俺は瓶入りの牛乳片手に風呂上がりの余韻に浸っていたところなのだ。
「実に清々しい気分だったんだよ、こっちは」
だからこそ、それをぶち壊しにしてくれたことへの不満を、俺は眼前の目つきの悪い少年にぶちまけた。
「そういうわけだから、悪いけどどこへなりと消えてくれないか? なるべく、速やかに」
「おいおい、消えろとはご挨拶だな。えぇ? 雑用君?」
当然、俺のそんな不満は右から左に受け流し、目の前の少年――ドネルがニヤリと笑う。
最悪だ。まさかこんな所でこいつらと出くわすとは、俺も運が無い。
風呂から上がり、浴場入り口の階段に座って寛いでいた時だ。
そこまで広くもないが狭くもない公衆浴場前の通りを挟んで向こう側に、俺は二、三人の仲間を引き連れたドネルを見つけた。
気付かれない内に建物内に戻ろうとした時には、もう奴らも目ざとく俺を見つけていた。
くそっ、折角良い気分だったのに、これじゃ台無しじゃないか。
「こんな所で立ち話もナンだ。…………ちょっと顔貸せよ」
へらへらとした態度はそのままに、ドネルが声のトーンを一段落とす。
それを合図に、ドネルの仲間も俺を囲むような位置に移動した。
「…………ちっ、【用務員生】っていうのは休日もおちおちゆっくり過ごせないのか」
人目もあることだし、ここで暴れるのは俺としても避けたいところだ。
軽く舌打ちをしながら、仕方なく俺は立ち上がる。そのまま半ば無理矢理に、ドネル達に近くの路地裏まで連れ込まれた。
当然ながら、人気は無い。
「ヘへ、ここならまぁ良いだろう」
「それで、俺に一体何の用だ……って、聞くまでもないか」
俺が逃げ出せないようにか、通りへの出口を塞ぐ格好で立ち並ぶドネル達に、
「大体当たりは付いてるよ。お前ら、なかなか面白い『内職』をしているんだって?」
いつか別館裏で耳にしたトーリー親子の密談を頭の片隅に、俺は単刀直入にそう言った。
それである程度は察したのか、ドネルの頬に一筋の汗が流れるが、依然として鼻につく薄ら笑いは引っ込まない。
それなら話は早いとばかりに、ドネルが懐に手を入れた。
「……自分の立場を良くわかってるじゃねぇか。なら、やられる覚悟もできてるんだよな?」
「一応言っておくけど、学園外で無闇に魔術を使うのは違反行為だぞ」
「はっ、関係無いな! 『俺達なら』許される!」
「……やっぱり、お前ら根っから腐ってるよ!」
叫ぶと同時、俺は腰のホルスターから『展開機』を取り出し、素早く魔力を練り込む。
ドネルの方も懐から『展開機』を取り出した。
が、それは前に見せた腕輪型の『専用機』ではない。
俺の持っている物と同じ、汎用型の『練習機』だった。
「ハハハッ! 負けた時に『展開機』の性能の差を言い訳にされても困るからな! 今日はこっちも俺一人で、しかもお前と同じ『練習機』で相手してやるよ、雑用野郎!」
ドネルの言葉通り、彼の後ろに控えているお仲間は『展開機』を構える素振りも見せない。
まだ油断はできないが、条件はこれで同じというわけだ。
「――〈ラピッドアクア〉!」
「――〈グランド・ブラスト〉!」
一発目は、俺の方がやや早かった。
細い路地裏、お互いの距離は目算で六、七メートルといったところか。
その中間から少しドネル寄りの所で、俺の水属性単型魔術とドネルの土属性複型魔術が激突する。
威力は……ほぼ互角。
「なっ? 今ので決まったと思ったんだけどな……」
予想外に耐えて見せたドネルに、俺が独り言のようにそう呟くと、
「はぁ? 自惚れてんじゃねぇ! 例えハンディがあっても俺がお前に劣る訳無ぇだろがっ!」
どうやら神経を逆撫でしてしまったようで、ドネルがやかましく吠える。
本当に怒りの沸点が低い奴だな、などと考えていると、ドネルが次弾の準備に入った。
「つくづくムカつく野郎だぜ! 雑魚の癖に調子に乗りやがってよぉ!」
今度は複型ではなく単型を使うつもりなのか、魔力の練り上げは一瞬で終わり、次の瞬間にはさっきと同じく土属性放出型の魔術が繰り出された。
飛んで来る人の頭くらいの大きさの土塊を、俺は突風の魔術で弾き返す。
しかし、その時点で既に次の魔術を準備していたらしく、ドネルは跳ね返された土塊を複型魔術〈クレイ・プランク〉で防ぎ、かえす力で再び土塊を撃って来た。
「そもそも、てめぇのような田舎者の凡人が魔術士を目指すこと自体、おこがましいんだよ!」
魔力の練り込みが間に合わなかった俺は、それをすんでのところで身を屈めてやり過ごし、その体勢のままドネル目掛けて燃え盛る火柱を放つ。
「王都に来さえすれば、魔術士になれると思ったか? 王立の魔術学園に来れば、エリートや上流階級とお近付きになれるとでも思ったか! 夢見てんじゃねーぞ、このイモ臭い雑魚が!」
俺が撃てば、ドネルが防ぐか迎え撃つ。
ドネルが撃てば、俺が躱すか跳ね返す。
そんな応酬がしばらくの間続いた後、遂に戦況が大きく動いた。
「お前なんか……お前なんかが、ロザライン様の興味を引くんじゃねぇ!」
一際でかい声で叫んだドネルが、途端に物凄い量の魔力を『展開機』に集め始めた。
大技を放とうとしているのは明らか。
次の一発で、勝負を決めるつもりのようだ。
「はぁ? なんでここでいきなりロザラインの名前が出てくるんだよ!」
ならばこちらも全力で迎え撃たなければと、俺はありったけの魔力を集めて練り上げながら、何故か全然関係無いことで憤怒しているように見えるドネルに問い掛ける。
「うるせぇ! とにかくてめぇはムカつくんだよ! だからっ!」
唾を飛ばしながら喚くドネルの『展開機』が、黄土色に輝き始める。
俺の『展開機』も、ほぼ同時に薄紫の光を放ち出した。
「ここで潰れろ! ――〈グランド・スピア〉ッッッ!」
「お断りだ! ――〈ラピッドボルト〉!」
降り注ぐ何十本もの土の針と、壁に乱反射しながら縦横無尽に飛び回る紫電。
お互いの、おそらく今出せる最大の魔術がぶつかり合い、そして。
――――俺の意識は、そこで、途絶えた。
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