第3話

 思わず素っ頓狂な声を出してしまった俺に、ロザラインは光る扇子を見せびらかしてくる。


「個人の能力や適性、魔力量などに合わせた、特注の『専用展開機』ですわ。わたくしの場合は、この扇子ですわね。まぁ、わたくしに限らずこの学園で魔術士を目指す者ならば、大抵自分専用の物を持っていて当然の筈なのですが……」


「筈」の部分を強調して言ってから、お嬢様が俺の『展開機』に再び目をやり、鼻で笑う。


「あなた、自分の『専用展開機』をお持ちでないようですわね。それでわたくしに勝てるとでも思っているのなら、あなたは魔術士ではなく道化師でも目指した方が良いのではなくって?」


『専用展開機』? そんな話、今まで一度も聞いたことが無いぞ?


 そりゃあ、俺の地元には魔術に関する情報やら何やらが乏しかったことは否めないが、それでも自分なりに色々と勉強してきたつもりだ。


 魔術っていうのは、本来とても人間の手に負える代物じゃあない。


 今でこそ俺達みたいな学生でも扱えるが、ちょっと前までは、魔術と関わるということは命懸けの行為だった。


  暴走や想定外は当たり前で、戦争中に最前線へ駆り出された兵士よりも、王国の研究室で研究をする魔術士達の死亡率の方が高かったというのは、冗談みたいだが有名な話だ。


 そこで生まれたのが『展開機』だ。


  その時々で最先端を行く魔術士達が、長い年月と多数の犠牲を伴いながら持てる技術の粋を集めて作り出したこの道具は、魔術の不安定な部分を徹底的に排除していき、結果、人間が魔術を使う際の安全性が著しく向上した。


  魔術を使えば高確率で死、というシビれる状況は打破され、今では『展開機』を用いて魔術を使うのは当たり前のことになっている。


  ……と、俺が今までに見聞きした『展開機』に関する情報はざっとこんな感じだ。


  だが、『専用展開機』という単語は初めて聞いた。


  首を傾げて眉をひそめる俺の心を読んだのか、客席部分に座っていた学園長から解説が入る。


「ヒナツ君、どうか気を悪くしないで聞いて頂戴ね。この『専用展開機』って技術は、王都でも数年ほど前に確立されたばかりのものなの。王都近郊ならともかく、地方の町にはまだまだ浸透していない技術だから、あなたが知らないのも無理はないわね。そして、『より実践的な魔術教育』を目指すこのアーガイル魔術学園では、いち早くその技術を取り入れたカリキュラムを採用しているのよ。勿論、入学試験での使用も許可されているわ」


 ……なるほど、なんとなく分かった。


 つまり俺が入学試験で使っていたこいつは、大多数の人間が使うことを想定した、性能の低い『展開機』だったというわけか。


  実技試験は一人ずつ行う形式だったから、他の奴の『展開機』がどんな物かなんて分からなかったが……。


  そりゃあ特定の一人が使うことを目的とした高性能な物と比べたら、見劣りもしようというものだ。


「ええ、素敵ですね。やっぱり俺が落ちたのは、才能が無かったからではないとわかったので」


  だがそんなことは関係無い。汎用だろうが何だろうが、そこは才能でカバーすれば事足りる。


「フフフ、本当に随分な自信家ね、あなたは」


  クスクスと笑う学園長を横目に、俺はロザラインの方へと向き直る。


「まぁ、何でもいいさ。とにかく早く始めよう」


「ホホホ、お馬鹿さん」


  ロザラインは扇子を前に突き出すと、クイクイと手招きをするように動かし、


「せめてもの情けですわ。そのお粗末な『展開機』に同情して、先攻はあなたに譲って差し上げますわよ、凡人さん?」


  ……上等だ。それならお望み通り、こっちから行かせて貰おうじゃないか!


「時間を掛けるのも面倒だ、一発で終わりにしよう!」


  俺は『展開機』に意識を集中させ、魔力を練る。にわかに強く輝き始めた『展開機』を、真っ直ぐロザラインに向け、練り上げた魔力を一気に解き放った!


「――〈ラピッドフレア〉!」


『展開機」の先端がオレンジ色の閃光に包まれ、次の瞬間には、耳をつんざくような爆音とともに巨大な火柱が出現した。


 そのまま凄まじいスピードで、ロザライン目掛けて飛んでいく。


 よし、これは勝負あったろう。


 見たか、これが俺の実力だ!


  俺は勝ち誇った顔で、一体どれほど驚いた顔をしているのやらと、客席にいる学園長に視線を走らせる。


  ……が、学園長は相変わらず笑顔のまま、ロザラインの方を指差しながら俺を見返していた。


  怪訝に思いながらも、俺はロザラインの方に目を――


「――〈クラウ・ソラス〉!」


 ――向けた瞬間、俺が放った火柱が、まるで丸太か何かのように真っ二つに切り裂かれた。


「……え?」


「ホホホ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔ですわよ?」


  切り裂かれた火柱が消えていき、その向こう側に立っているロザラインの姿が見えた。


  ――そして、彼女の頭上に浮かんでいる、燃え盛る巨大な剣の姿も。


「最も単純な放出型単体での力任せの魔術。しかもよりによってこのわたくし、【炎剣女帝(ブリギット)】と称されるわたくしに炎属性をぶつけようなんて、あなた、本当に人を笑わせるのがお得意のようですわね?」


  ……冗談だろ? 


 今のは俺が出せる最大級の火力だったんだぞ? 


  なんで、なんであいつは何事も無かったかのように立っているんだ? どうして、そんな風に笑っていられる?


「……くそっ!」


  こんなことある筈がない! 俺は……俺は……!


「俺は、リマの町じゃ一番の実力者でっ……!」


  躍起になって、何発も何発も魔術を撃ち込んでいく。


  土、風、水と、あらゆる属性の魔術を、片っ端から放っていく。


「……ふぅ、どうやら、もうあなたの底は知れたようですわね」


「なっ!」


  俺の猛攻を、けれどロザラインはことごとく跳ね返していき、


「そろそろ終わりにして差し上げますわ!」


  高々と扇子を掲げて、次にはそれを振り下ろす。


  扇子の動きと連動するように、彼女の頭上に浮かんでいた巨大な炎剣が、俺目掛けて迫って来た。


「――帰り道にはお気を付けて、田舎者のピエロさん!」


  …………勝負あり。俺は、どうしようもないくらいあっさりと――完敗した。


※ ※ ※


「…………はっ!」


  目が覚めて、弾かれたように起き上がる。


 そこはベッドの上だった。 窓から差し込む穏やかな春の日差しが、白いシーツを照らしている。


  あれ、俺、なんでこんな所で……。


「――あっ!」


 思い出した。全部思い出した。


 そうだ、俺は……。


「……負けた、のか?」


 俺は俯き、それからここは一体どこなんだろうと、上手く回らない頭で辺りを見回す。


 全体的に清潔な部屋に、薬品棚やベッドがいくつか。どうやらここは、医務室のようだ。


「おや、気がついたようね」


「……学園長」


「ああ、心配しなくても大した怪我ではなかったから大丈夫よ。ほんの十分くらい気絶していただけ。競技場からあなたを運ぶの、大変だったんだから。それと、あなたが着ていた服はボロボロに焼け焦げちゃったから、取り敢えずウチの制服に着替えさせたわ」


  カーテンの陰から現れた学園長が、俺の胸元辺りを指差す。


 視線を自分の体に向けると、確かに俺は制服を着ていた。碧色を基調とした、中々凝ったデザインだ。


「ウチの制服、結構おしゃれでしょ? しかも衝撃や魔術に耐性のある特別素材で作られていて、とっても丈夫なの。おまけに汚れにくいし撥水性高いし、ほんのりシトラスの香り付き! もう私が着たいくらいだわっ」


 両頬に手を当て体をくねらせる学園長を横目に、俺は唇を噛み締め苦い表情を浮かべていた。


「いやー、それにしても見事な負けっぷりだったわよね。ワンサイドゲームもあそこまでいくと逆に面白かったわ。でもあれね。〈クラウ・ソラス〉を出されて尚、迷わず一歩も引き下がろうとしなかったその根性というか諦めの悪さは、結構評価に値するところではあったけどねぇ」


  のほほんとした学園長の言葉に、シーツを握る手に力が入る。 口の中に、じんわりと鉄の味が広がっていくのを感じた。


「……くそっ、ありえない! 俺が……俺があんなにあっさり……」


「ありえないって言ったって、実際そうなんだから仕方ないじゃない。それは直接戦ったあなたが、一番良く知っている筈だけど? ……まぁ、そもそもあんな戦い方じゃあ当然だけどね」


  握り締めた拳をベッドに叩きつける俺を見下ろして、学園長が呆れたように溜息を吐き、


「――ねぇ、ヒナツ君。あなたの言う『才能』って、本気を出してあんなものなの?」


「え……?」


 それから少しだけ真剣な表情を作った。彼女の綺麗な蒼眼が、真っ直ぐに俺を見据えている。


 その瞳に映り込んでいる、歪んだ自分と目が合った。


  そこにいたそいつは、まるで、小さな部屋に閉じこもっているようにも見えた。


  これじゃ……これじゃ俺は……。


「……こういうの、井の中の蛙、って言うんだっけ? 君の故郷のことわざでは」


  纏っていた真面目な雰囲気を崩し、学園長が若干からかい気味に俺の心を代弁する。


 井の中の蛙? 俺が、そうだっていうのか?


 ――冗談じゃない! そんなの認めてたまるか!


  確かに、俺は子供の頃からよくよく知っている。その教訓に、どれほどの実例があったのかを。有史以来、自信過剰が一体何匹の蛙の心をへし折ってきたのかを。


「でも、俺に限って……俺に限ってはそんなこと……」


  そう言いつつ、けれど心のどこかでは認めてしまっている自分がいるのも感じていた。


  あの金髪お嬢様が言う通り、「俺は世界を知らなかったんだ」と、そう認めてしまっている自分が。


「フフフ、色々と葛藤しているようね。うんうん、悩みなさい悩みなさい。若いうちからよく悩んでいた人ほど、後々苦労しないもの、らしいわよ? さてと……」


 学園長はこほんと一つ咳払いをしてから、にわかに俺の顔を見てニヤリと笑う。


「な、なんですか?」


「おやおや、すっとぼけて貰っては困るわね。あなたはロザラインに負けた。即ち私との賭けに負けたということでしょう? 約束通り、あなたにはペナルティを負って貰うわ」


「なっ?」


  ……そうだった。


  今の今まで忘れていたが、確か俺が負けた場合は、何かしらペナルティを負うってことで賭けに乗ったんだった。


「……ハッ、そうでしたね。で? 俺に一体何をさせようって言うんですか?」


  心中で渦巻く様々な感情に苛立ちを覚えていた俺は、半ばやけくそ気味にそう言った。


「俺に出来る範囲のことだったら、何でもしますよ」


  だがまぁ、大方の予想はついている。「今後一切この学園と関わるな」とか、「騒ぎを起こしたことについて謝罪しろ」とか、どうせそんな感じだろう。


  大穴で、「迷惑かけた分ウチでタダ働きしろ」とかかも知れない……なんてな。


  だが俺のそんな下らない予想は、学園長の次の言葉によって、ものの見事に吹き飛んだ。


「ヒナツ・ウィルムトー君。今日からあなたは――我が学園に入学しなさい!」


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