用務員生の朝は早い
福田週人(旧:ベン・ジロー)@書籍発売中
第1話
到底、納得するわけにはいかなかった。
「おいおい、こいつは一体……何の冗談だ?」
暖かな日差しが降り注ぎ、そこかしこで草花が芽吹き始めている学園前広場。
その中心に設置されている年季の入った木製の掲示板に、でかでかと張り出された白い紙を前にして、俺は乾いた笑いを口元から漏らす。
掲示板に貼られたそのでかい紙には、数百人分はあろうかという数の人名が羅列されていた。
「あった! あったぞ! 俺の名前がある!」
「や、やったやった! 私、合格したんだ! 信じられない!」
掲示板の前の人だかりから、時折そんな感嘆の声が上がる。
けれど、そんなものは俺の耳には入らない。風に舞う美しい花びらも、肩を抱き合う少年少女達の微笑ましい姿も、今の俺の目には何も映らない。
『第四十五期アーガイル魔術学園高等部入学試験 合格者』と題されたその紙だけを、俺はただただ眺めていた。
穴が空くほど見つめても、どこにも俺の名前が見当たらない、その紙を。
――冗談じゃない。こんなのは何かの間違いだ。
合格者名簿を見つめている内に、俺の中で沸々と怒りが湧き上がって来た。拳を強く握り締め、血が滲むほど唇を噛み、掲示板の向こう側、レンガ造りの荘厳な校舎を睨みつける。
到底、納得してやるわけにはいかない!
歓喜に沸く学園前広場を駆け出し、俺は怒りに任せて学園の校門に手を掛け、よじ登った。
「あ! こら、君! 何をやっているんだ!」
「うるさい! 俺はこの学園の上層部に用があるんだ! あろうことか俺を落とすなんてどうかしてる! ひとこと言ってやらないと気が済まない!」
「こ、こら! 暴れるんじゃない! 暴れっ……大人しくしろこの野郎!」
――数分後、学園への闖入を試みた俺は、駆けつけて来た門番達に取り押さえられ、広場にいた他の受験者達から冷ややかな目で見られる中、抵抗空しく地面に押さえつけられた。
※ ※ ※
「『ヒナツ・ウィルムトー、十五歳。エウロスクラン、アモン氏族領リマの町出身。第四十五期アーガイル魔術学園高等部入学試験――不合格』、ね」
門番達にしょっ引かれたのは、学園の中でも一際目を引く高い尖塔、その最上階の一室だった。
両脇を押さえられ膝立ちをさせられている俺の前で、綺麗なブロンドの長髪を揺らしながら何かの書類を読み上げていたその女性は、おもむろに高級そうな椅子にもたれかかる。
「何か不備でも? それとも、この学園は才能よりも出自で入学者を決めるんですか?」
たっぷりと皮肉を込めてそう言うと、俺の両脇を押さえていた門番からどやしつけられた。
「おい! 学園長に向かって無礼だぞ!」
なるほど。薄々そんな気はしていたが、やっぱりこの女性がここの学園長だったのか。まだ随分と若そうなのに学園長とは恐れ入る。
だが、そんなことは知ったこっちゃない。とにかく彼女に一言物申してやるまでは、俺は絶対引き下がらないぞ。
「校門前で暴れている子がいると聞いて連れて来させてみれば、まさかこんな狂犬みたいな子とは驚いたわ。今までにも、試験の結果に不満を抱いて学園に手紙を送りつけてきたり、逆恨みで学園の悪口を言いふらしたりする輩は何人かいたけど、フフッ、直接乗り込もうっていう気概を持っていた人はあなたが初めてよ」
俺を珍獣か何かでも見るかのように、学園長はその透き通った蒼色の瞳をこっちに向けて、実に愉快そうにころころと笑っている。
「フフフ、『才能よりも出自で入学者を決めるのか』、ねぇ? ひどい言われようだわ。勿論、そんな贔屓や差別はしていないけど、その言い方だと、まるで自分には才能があると言っている様にも聞こえるわね?」
「そう言ってるんですよ」
挑戦的な俺の答えに、学園長は口角を上げたまま「へぇ」と呟いて目を細め、品定めする様にじっくりと俺を眺め回す。
「俺の実力なら、絶対に合格している筈です。だから、間違っているのはそっちだ」
手応えは、充分だった。
筆記試験で出た問題はほぼ全問正解だったと確信しているし、実技試験にしたって会心の出来だった。俺が不合格になる要素など、どこにもある筈がない。
「おやおや、凄い自信ね」
「れっきとした事実です」
言い切った俺を、学園長は再びじっと見つめ、やがて何かを思いついたように小さく頷いた。
「面白いわね、あなた! ――それなら一つ、私と賭けをしましょうか?」
※ ※ ※
魔術士。
俺達が暮らすこの国においては、魔術でもって祖国に貢献する者達を総じてそう呼び習わす。
魔術とは、常人には不可能なことを可能にし、道端の石ころを浮かせることから、一城を攻め落とす大砲にも勝る「武器」として扱うこともできる、正に無限の可能性と、同時に力も秘めた代物だ。
ゆえにこれを修めた者は、この国においては生涯の安泰を約束されていた。
「――おいっ! 謝れよっ! マイリに謝れ!」
当然というか必然というか、魔術士になるのはそう簡単なことではない。必要なものは沢山ある。日常的に魔術に触れられる環境や、魔術教育を受けられるほどの最低限の知識、金など、色々だ。
結果、そもそも魔術士を目指すことができる者からして限られてくる。魔術研究の中心である王都やその近郊に住み、魔術を学べるほど時間と資金に余裕がある裕福な者達。
……早い話が、貴族や一部の金持ちやそれに類する者達だ。
「フンッ、うるさいガキだな。一体何を謝れと言うのかね?」
「全部だよ! マイリを笑ったこと、泣かせたこと……夢をバカにしたこと、全部!」
そんな訳だから、王都から遥か東方に位置する片田舎の町に生まれた俺達みたいな奴にとっては、本来魔術なんてものは憧れつつも手の届かない世界のものである筈だった。
だが……、
「夢? ハッ! 確かにそこの少女が先ほど語った『魔術士になって困っている人を救いたい』というのは夢物語だな。魔術士とは、例え人並み以上に魔術の素質があったとて貴様らのような金も知識も無ければ人脈も無い田舎者のガキどもには、到底目指すことなどできんのだよ」
泣き崩れる幼馴染の少女の頭を抱き、俺は目の前の男を睨みつけた。
「そんなことない! 俺達にだって、魔術士を目指すことはできるよ! 町の大人達だって皆言ってるんだ、一年前までの戦争の所為で、今は王都の魔術士の数も減ったって。『金持ちや貴族だけが魔術士になれる』なんて考えは、もう古いんだって!」
そう。先に挙げた魔術士になる為に必要なもの、たとえそのほとんどを持っていなくても、少しでも素質がある者には魔術士になる機会を与える。
戦後、王都の魔術士達の数が減ったことにより、この国の魔術士に対する考え方は確かに、そういう風に変わったのだ。
俺やマイリにとって――ありがたいことに、生来魔術の素質に恵まれた俺達みたいな奴にとって――そんな風潮は正に渡りに船だった。
本来はこの片田舎の村で、農民か商人にでもなって一生を終える筈だった俺達でも、いずれは王都に出て魔術士になるのだって夢じゃないんだ、と。
「……まったく、いくら魔術研究の一環とは言え、アモン氏族領くんだりまで出向くのではなかったな。身の程知らずのガキほど、見ていて腹が立つものはない……おい、行くぞ」
だからこそ、俺達の可能性や夢を笑ったあの上流階級の魔術士達が許せなかった。踵を返して去っていく彼らの背中を睨み、絶対に見返してやると、子どもながらに俺はそう固く心に決めた。
その日から、自信を無くしてしまった幼馴染の為にも、田舎者でも魔術士になれると証明する為にも、何より自分の実力を知らしめる為にも、俺は必死に自分の魔術を磨いていった。
それから四年の歳月を経て、十五になったこの春。
「本気で魔術士を目指すなら、王立の魔術学園に入学するのが良い」という母さんの勧めで、その中でもかなりレベルの高い『王立アーガイル魔術学園』への入学を果たすべく、俺は遂に、故郷であるリマの町から出ることにした。
「お前は死んだお爺ちゃんと似て、少し気が大きくなりやすいところがあるからねぇ」
「くれぐれも、無茶だけはするなよ。何かあったらいつでも帰って来い、ヒナツ」
「私は、諦めちゃったけど……でも、その代わりずっと応援してるからね、ヒナッちゃん!」
「母さん、親父、マイリも……ああ、心配しなくても大丈夫さ。――行ってきます!」
次に帰って来る時は、俺が大魔術士になった時だ!
町の皆にそう言い残し、俺は意気揚々と王都へと旅立ったのだった。
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