第45話
頭に浮かんだある「仮説」を実証するべく、俺は振り返った。
「凍らせないで下さい?」
「違う! 命乞いとかじゃない! そうじゃなくて、お前に持ってきて欲しい物があるんだよ」
不気味に笑うネヴィーをなんとかなだめ、俺はそっと耳打ちをする。
何度か小さく頷いて、それからネヴィーは再び空間移動の魔術の発動に取り掛かった。
「……一体、何をしようと言うのかね、【用務員生】?」
俺達の行動を不審に思ったのか、トーリー氏がぴたりと足を止めた。
「決まってるだろ。あんたの望み通り、『確固たる証拠』ってやつを出してやるのさ」
「フンッ、馬鹿な。そんなものがある筈がない。適当な嘘を吐くなよ、このクソガキめ」
はぁ……そういう汚いセリフは心の中までにしておけよな。
「…………あんた、自分の部屋の音を盗聴されたことって、あるか?」
「……? 何の話をしている?」
眉をひそめるトーリー氏に構わず、俺は続けた。
「俺はある! というか、ここに入学した次の日から、俺は現在進行形でずっと自室のあらゆる音を盗聴されているんだ。着替える時の衣擦れの音、寝息、勿論独り言まで、全部な!」
「……ま、マジっスか? ヒナツ君?」
イズをはじめ、壇上にいた全員が、俺から少し距離を取った。
……おい、泣くぞ?
「それで? それのどこが、先に述べた『確固たる証拠』たり得るのかね?」
「……俺の部屋は、朝出掛けてから夜帰るまで、窓を開けっ放しにしてるんだよ。だから俺の部屋には当然、俺がいなくても色んな音が入って来ると思うんだよな。風に揺られる木々の騒めきや、小鳥達のさえずり、あとは…………『内緒話』、とかさ」
そこで一旦言葉を切った時、ネヴィーが丁度頼んだ物を持って戻って来た。彼女の腕に抱かれていたのは、長い耳と赤い瞳が特徴的な、白くて大きい――ウサギのぬいぐるみ。
「持って来たよ、ヒナツ」
「助かったよ。そんじゃ、お前が初めて俺の部屋に置いたやつの音を頼めるか?」
こくこくと頷き、ネヴィーがぬいぐるみの背中辺りをいじり始める。
何か嫌な予感でもしたのか、トーリー氏の顔がうっすらと青くなった。
「な、何を……」
「そして! ……俺の部屋は、別館東の角部屋だ」
俺が言い終わると同時、ネヴィーの持ってきたぬいぐるみが、雑音交じりに喋り始めた。
〈――〇〇年〇月〇日……フフフフッ、今日からずぅっと、見守ってあげるからね、ヒナツ〉
入学式の翌日の日付とともに流れ出て来たのは、透き通るように綺麗でありながらも、俺にとっては身の毛もよだつようなネヴィーのささやき声だった。
「……これ、いつの音声だ?」
「朝、ヒナツの部屋に置いた時」
「夕方! ここはいいから夕方の音声を頼む!」
俺の注文に、ネヴィーがまたぬいぐるみの背中をいじると、
〈そんな! お父様は、彼に少し立場をわからせればそれで良いと仰っていましたわ!〉
〈それだけでは不足なのだ。これからの学園運営で私が舵を取るには、それだけではな〉
「なっ?」
トーリー氏の顔がますます青くなるのをよそに、音声は続く。
〈お、お父様。本当に、やらなければいけないのでしょうか? わたくし、わたくしは……〉
〈心配はいらん。ただゼミ紹介の日の朝、クレイマン達を少し使い物にならなくするだけだ。その日はクレイマン達の定期テスト作動日でもあるからな〉
「よ、よせ……」
トーリー氏の顔色は、可哀想なくらい蒼白になっていた。
音声は、尚も続く。
〈そこで全てのクレイマン達の不調が発覚すれば〉
「と、止めろ! 今すぐそのわけのわからん音声を止めろ!」
〈管理責任を問われたあの邪魔臭い小娘の権威は多少なり失墜し〉
「止めろと言ってるのが、聞こえんのかぁぁぁぁぁぁ!」
トーリー氏が懐から『展開機』を取り出しぬいぐるみに向ける…………よりも早く、親方の手刀が炸裂し、トーリー氏の『展開機』を弾き飛ばした。
〈――このケルヴィン・トーリーの発言力が、ますます大きくなるというものだ!〉
「き、貴様ら、何故こんなことを……!」
もはや立っているのもやっとの状態らしいトーリー氏の呻き声を受け、親方が俺を見やる。
「理由が知りたいか? なら……ほら、言ってやれ、ヒナツ」
俺は一つ大きく頷いて、きっぱりと言い放った。
「――学園内を荒らす『ゴミ』を掃除する、それが俺達……用務員だ!」
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