竜の護り
「黒き王の名において、闇の激流を持って敵を討ち滅ぼさん!
アズリン師の腕から、黒い何かが私に向かって放たれた。アレは危険だ、そう直感した。思わず両手を前に差し出して祈った。
光が
音も無く
弾けた
衝撃に備えて身を固くし、目をつぶっていた私は、ゆっくりと目を開けた。そこにあったのは、大きな光の魔法陣――いや、これは
慌てて周囲を見回すと、ヴァレリーズさんも迫田さんも、ヘルスタット王も、私を攻撃したアズリンさんまでもが驚いた顔で呆けている。両手を前に伸ばしている姿が、少し間抜けだ。笑っちゃいけないけど。
しばらくすると、ゆっくり紋章は空中にかき消えていった。
「あは♡ 消えちゃった? みたいな?」
「ふっ、ふざけるなぁぁぁっ!」
場を和ませようとして放った渾身のギャグをスルーして、我に返ったアズリンさんが再び叫んだ。
「
何も起こらない。
「おのれっ! ならば、闇精霊の名の下に、常闇に落ちよ!
……やはり、何も起こらない。
「どうなっているっ……こうなれば、お前たち、王女以外を殺せ!」
アズリンさんの後ろに控えていた兵士が、ずいと前に出る。姿形は変わっていないように思えるけれど、纏っていた黒いオーラは消えていた。だとしても、か弱い乙女に兵士二人って卑怯じゃない。
「やれやれ、やっと出番か」
迫田さんが私の左に立った。
「サクラさんばかりに活躍されては、魔導士の名が泣きますからね」
ヴァレリーズさんが私の右に立った。
二人は、揃って私をかばうように前に出た。
「罪を購え。
ヴァレリーズさんが叫ぶと、彼に向かって突進してきた兵士が吹き飛ばされ、空中で竜巻に絡め取られた。そのまま広間の壁にぶつかると、壁の中に埋まってしまった。
迫田さんは、ヴァレリーズさんが呪文を唱えるのと同時に前方へダッシュ、向かってくる兵士にそのまま体当たりした。兵士は、広間の壁に大きな凹みを作って、下に崩れ落ちた。時間にしたら、わずか数秒の出来事だった。
「なっ……」
どうしてだか分からないけれど闇魔法は使えないが、二人の屈強な兵士ならたやすく皆殺しにできると思っていたのだろうか。まったく反対の結果に、アズリンさんは言葉を失った。
「アズリン師よ、もう良いではないか。これ以上、血を流すことはない」
いつの間にか、ヘルスタット王がアズリンさんの前に立っていた。これが王の威厳、カリスマというものなのだろうか。私にはとっても真似できない。
「お主の言いたいことも分かる。朕にも至らぬ部分があったのであろう。そなたは罪を償わねばならぬが、朕も胸襟を開いてそなたの忠告を聞こう。だから、だからな、アズリン。兵を引き、無益な争いを終わらせてはくれぬか?」
王の言葉に、アズリンさんは頬をかきむしりながら、顔を左右に激しく振った。
「い……やだ……いやだ……認める……認めるものか……私が王国を正しい道に……私が導かねば王国は……私が……わたし……がぁぁぁ……」
そして、アズリンさんはその場で昏倒した。どさり、と身体が床に落ちる。
王の間に、ほっとした空気が流れた。その瞬間。
「あぶない!」
「下がって!」
ヘルスタット王と私は、ヴァレリーズさんと迫田さんに抱えられるように、アズリンさんから離された。
「なにを」するの、と言いかけて、異常に気が付いた。
倒れたアズリンさんの身体から、黒いオーラがわき出している。それはゆらゆらと、アズリンさんの身体を離れ、空中でおぼろげな塊になった。顔、に見えなくもない。
「よもや、ここで。ここまで来て、頓挫するとは思わなかったぞ」
黒い塊が喋った。声帯も唇もないのだから、本当の声ではないのだろうけれど、喋ったとしか形容できない声が聞こえた。どんなしくみなのよ。
「きさま――悪神の眷属だなっ?!」
「おまえたちは、そう呼ぶらしいな。デモール様を悪神呼ばわりとは、恐れ多いことだが」
ヴァレリーズさんの指摘に、悪神の眷属が答える。
「アズリン師に取り憑いていたのか、悪魔め」
黒い塊――悪神の眷属が揺れた。笑っているのだろうか。
「取り憑いてなどおらぬ。ただ、ほんの少し、我の望む方向へ背中を押してやっただけだ」
「王都を騒がし、お前になんの益がある? 何が目的だ?」
迫田さんが身構えながら、悪神の眷属に聞いた。
「ふん、目先の利だけしか考えられぬから、お前たち人間はいつまで経ってもダメなのだ。計画は百年、二百年先を見て考えるものだ。その点でいえば、今回はもう少し待った方が良かったかな? そこの行き遅れが婆になっていれば、結果は変わったかもしれんな」
……おい、ちょっと待て。今、なんつった?
「まぁよい。我らには時間がたっぷりとあるが、儚き人の生はあっという間に終わる。百年後にでももう一度試せば、成功するだろう。今度は
そう言いながら、黒いオーラは野球ボールほどの球状に変化し、フワフワと天井に向かって移動を始めた。
「ま、待てっ!」
「待てと言われて、ご丁寧に待つバカがどこにいる? ふわははははっ! 運が良ければ、また百年後に相まみえようぞ」
悪神の眷属は、そう言い残して空中へと――
「ふざけんなっ! 逃がすかよっ!」
私は大きくジャンプして、悪神の眷属を右手で捕まえた。ボールみたいになっていてくれて助かったわ。
「な、なにっ!」
驚きの声を上げながら、悪神の眷属は私の手の中で暴れる。いくら暴れても、私の手の中から逃げ出すことはできない。軽く力を込めると、悪神の眷属――あー、もう面倒だから、金魚のフンでいいか。以下、悪フンね。
その悪フンは、私の手の中で悲鳴に近い叫び声を上げた。
「ぎやぁぁぁぁっ! や、やめ……グェェェッ!」
「うっさい、黙れ、この○○○○(自主規制)」
「な、なぜ人間ごときがぁぁっぐぇぇぇぇっ!」
「だから、黙れってんだよ、この○○○○(自主規制)野郎」
「ぐええぇぇぇっ」
「おい、さっきなんつった? 行き遅れだぁ? 良い度胸してんじゃねぇか、○○○○(自主規制、だってば)のくせに。こっちもなぁなにも好き好んで結婚しない訳じゃないんだよ、わかるか? オラッ」
「ぐげぇぇっ! わ、悪かった、から、は、はなし、あぐ、ぐえっぇぇっ!」
「これだけのことして、逃げられると思ってんの? なに百年後? させるわけないでしょ?」
ぐっ、と手のひらに力を込める。
「あひぃっ! し、死んじゃう、ほんとに、死んじゃうぅぅっ」
「だーかーら。死ねっ!」
私は思いきり、握りしめた。パチン、と何かが爆ぜる音がした。
「あぁぁっ……ひど……い……」
最期の言葉が空中に消え、ようやく悪神の眷属は消え去った。後には何も残らなかった。
どのくらい時間が経ったのか、誰かが私の背中と叩いた。私が振り向くと、ミシエラ王女が哀れみを込めた目で私を見ていた。
「ミシエラは、サクラの味方だよ」
「姫……」
周りを見回すと、王の間にはいつのまにか兵士が詰めかけてきていた。腕に黒い布は巻いていない。よかった、味方ね。でも、なんでみんな股間を押さえているの? 兵士だけじゃなく、ヘルスタット王や王子たちまで。あ、迫田さんとヴァレリーズさんもなんだか、内股になってない?
□□□
こうして、王都を襲った動乱の嵐は、短時間で決着をみた。
王国は助かったけれど、私はいろいろと失った気がする。
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