父娘再会(1)
迎賓館の食堂に、一同揃った形で朝食をとる。村では、こんな風に集まって朝食を食べることがないので少し新鮮に感じる。朝食といっても、いつもの黒パンとジャム、スープというシンプルなものだ。パンが焼きたてというとことが、やはり王都ならではということか。焼きたてだから、ちぎるのも楽だ。そこに、ジャムを付けて食べる。オレンジのような柑橘系の味がする。そういえば、農村では見かけなかった。
「私も詳しくは知らないが、ジャムを作るための砂糖は貴重品だからかも知れないな」
主婦じゃないヴァレリーズさんに聞くことじゃなかったか。主婦……エプロン姿のヴァレリーズさんを想像してしまう。
「何をにやけてんのよ」
詩に見られて慌ててパンをほおばった。
「えっと、ジャ、ジャムは保存食だから、少し暗い高くても作っているんじゃないかな~なんて」
「春になったばかりですからね、もう食べきってしまったのかも知れません」
日野二尉の説は、当たっているかも。帰ったら、尾崎先生に聞いてみよう。
舞踏会は日が沈んでからなので、それまでは自由時間だ。みんなにそれぞれの予定を聞いたら、御厨教授は横井一曹を護衛をつれて魔石と魔道具を扱う店に行くという。
「私、王都は初めてだから、市場とかいろいろ見て見たいな」
という詩。一人では危ないので、日野二尉に護衛を頼もう。
「日野二尉、すいませんが音川さんに付いてもらえますか?」
「了解しました」
ついでに日野二尉も、王都を楽しんでくるといいよ。そうだ、ゲーテスさんにお願いして、案内役も付けてもらおう。
さて、私はどうしようかな、と考えていると。
「私は、少し外出するよ」
と、ヴァレリーズさん。
「あら? どちらへ?」
「家族のところだ」
そういえば、娘さんが王都にいるんだよね。
「娘さんと会うんですね。私も付いていっていいですか?」
口にしてから、驚いた。何を言っているんだ、私は!
「……構わん」
え? いいの? そんな訳で、私はヴァレリーズさんと一緒に外出することになった。田山三佐は、外出しないメンバーの護衛として、迎賓館に残ってもらった。
□□□
ヴァレリーズさんが呼んだ馬車に乗って、迎賓館から街中へと移動する。二人乗り馬車なので、自然と身体が密着する。しまった、コロンとか付けてくれば良かった。ガタガタと揺れる馬車の中に漂う奇妙な静寂に、私は自分の発言を後悔していた。
馬車は、喧噪漂う街中を抜け、閑静な住宅街へと入っていった。様々な意匠を凝らした建物は、貴族の別邸や大商人の屋敷だ。住居には派手な原色の使用が禁じられているため、材料や形状で工夫をしているのだろう。王都周辺で大きな地震は起きたことがないためか、かなり危なっかしい建物もあるが……。
しばらくして馬車が止まったのは、派手さや奇抜さはないが、大きな窓が特徴の家だった。
ヴァレリーズさんが門扉に付いている紋章に触れると、金属製の門がゆっくりと開いた。そこから屋敷の中へと歩みを進めるヴァレリーズさん。その屋敷の玄関が、バンと大きな音を立てて開いたと思ったら、屋敷の中から影が飛び出してヴァレリーズさんにぶつかった!
「お父様っ!」
ヴァレリーズさんに飛びかかって来た影は、小さな女の子だった。
「おぉ、小さなメリオ。顔を見せておくれ」
「はい! お父様! お帰りなさいませ」
離れて暮らす父親の顔を見あげた小さな女の子は、今にもはち切れんばかりの喜びを身体全体で表現しているみたいだった。父親の脚にしがみつく姿も可愛らしい。
「エイメリオ! 急に飛び出すとは何事だ?」
玄関から、男性が現れた。髪は短くて髭は生やしているけど、顔立ちがヴァレリーズさんにそっくりだ。
「ご無沙汰しております、兄上」
「おぉ! ヴァレーではないか! 王都に戻ったか」
「王より招集を受けました」
「ならば、短期か。だが、ゆっくりしていくがいい。ここはお前の家でもある」
「ありがとうございます」
「で、そちらのお嬢さんは?」
え? わたし? えっと……
「こちらは共に働いている、サクラ・アサミ嬢です」
「一緒に働いている?」
怪訝な表情を浮かべる、ヴァレリーズのお兄さん。そうね、
「サクラ殿は、あちらの世界からいらした方ですよ」
「異界調整官の阿佐見です。よろしく」
「なんと! これは失礼した。フィンツ・オールト、
フィンツさんは、私の差し出した右手を力強く握った。ふむ。まるっきり女性差別主義者ってわけでもないのね。そんなやりとりを、じっと見つめる小さな瞳に気が付いた。
「メリオ、お前もご挨拶なさい」
「はじめまして、エイメリオ・オールトと申します」
「こちらこそ、はじめまして。サクラです」
膝を軽く曲げてペコリと頭を下げたエイメリオちゃんに、私は屈んで目の高さを合わせて挨拶した。
「お父さんには、お世話になっています」
「でしょう! お父様は、立派な魔導士なのです!」
にっこりと笑顔を見せるエイメリオちゃん。さすが美男の娘、人形みたいに可愛い! 将来はきっと美人さんだ。
「さぁ、家に入ろう。エミリアも中にいる」
□□□
緑茶も紅茶もウーロン茶も、同じ種類の植物から作られる。
「いただきます」
カップを持ち上げて口に付けると、香りも味も紅茶そのものだ。少し苦みが強いかな。
「これ、おいしい!」
エイメリオちゃんは、私が持ってきたクッキーをほおばりながらうれしそうだ。よかった、気に入ったみたいで。
「サクラさんたちの食に対する執念は、驚嘆すべきものがあると私は思っているのですよ」
ヴァレリーズさん、それじゃ私が食べ物に執着しているみたいに聞こえるじゃないですか。あながち間違いと言えないけれども。
「なんだか、私の焼いた菓子をお出ししたのが恥ずかしいですわ」
「いえ、エミリアさんのお作りになったお菓子、おししいです。私の持ってきた菓子は、職人が作ったもので、私は全然作れないからうらやましいです」
「あら、お世辞でもうれしいですわ」
フィンツさん――オールト子爵の隣でエミリアさんが微笑む。エミリアさんはオールト子爵夫人、つまりヴァレリーズさんの義理のお姉さんだ。こうして並んでいると、まさに美男美女のカップルだ。
「貴女方の世界では、女性が活躍されていると聞いています。こちらでは、結婚した女は家庭を守らなければならないので料理を作ったり菓子を焼いたり。それくらいしかできませんのよ」
もちろん農村では事情が違うが、都市部の、特に地位の高い家庭に入った女性は、なかなか外に出て活躍する場所も機会もないのだろう。エミリアさんの言葉を隣で聞いていたフィンツさんが、渋い顔をしながら「エミリア、私との結婚を後悔しているのかい?」と聞いた。
「後悔なんてしたことありませんわよ。愛するあなたと暮らせるのですもの。それに、可愛いメリオも一緒ですし」
「そうか、それならいいんだ」
なんだよ、のろけかよ。
「
相や位という単語は、魔法使いとしてのランクを表している。相とは、扱える属性の数。位は規模を表す。数が多い方が、魔導士としてのランクは高い。
相克関係を越えた属性を扱える三相以上の魔導士は、生まれ持った素質によるところが大きいという。さらに、火、水、風、土の四属性魔法が使える四相の魔導士は非常に希で、ヴェルセン王国でも二十人いるかいないかという存在だ。
一方、位の方は明確な基準はないが、たとえば水属性の二位ならコップ一杯の水を自在に操ることができるし、四位なら大河の流れを変えることができる。十位くらいになると天候を操れると言われている。自己申告制ではなく、ちゃんと複数の魔導士による審査を経て、位を与えられるらしい。
こう考えると、四相六位のヴァレリーズさんが、どれだけ高位の魔導士なのかと思い知らされる。オールト家は、多相の魔導士が生まれやすい家系らしく、フィンツさんも三相三位の魔導士だって。
「あぁ、エミリアが魔導士としての出世よりも私との結婚を選んでくれた時には、それはもううれしかったな」
「あなたったら。魔導士としての出世なんて、貴方との生活に比べたら取るに足りない塵芥のようなものですわ。それに女だからと、いろいろと酷い嫌がらせも受けましたからね。もしも貴方がそばにいてくださらなかったら、私はどうなっていたことか……」
「エミリア……」
「あなた……」
「……コホン。ところで、メリオは私がいない間きちんと良い子にしていましたか?」
「ん? あ、あぁ。エイメリオは良い子にしていたよ。
「兄上!」
ヴァレリーズさんの子供時代か。うーん、想像できない。
「お父様、エイメリオは良い子にしていましたよ? 来年からは学校にも行くことになりました!」
エイメリオちゃんが、小さな腕を広げながらアピールしている。久々に父親に会えてうれしいんだろうなぁ。私もしばらく家族に会ってないなぁ……。ん?
「学校?
その場の全員が、きょとんとした表情を浮かべた。しまった、変な質問してしまったか。
「サクラさんの世界にある学校がどのようなものか私は知らないが、こちらの世界にも学校はある」
そういって、ヴァレリーズさんが説明してくれた。
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