王都アルヴェン
朝。
私たちは、太陽が昇りきる前にピータム村を発った。一晩世話になったせめてもの礼に、干し肉の塊ふたつと香辛料の入った袋をいくつか渡した。村長夫妻には感謝されたが、帰りもまたご厄介になるかも知れないからね。
村を出てからの旅は、順調だった。街道沿いには、ビータム村よりも大きな村や町が点在していて、往来もそれなりにあった。東京に比べちゃいけないけど、人口の少ない
心なしか皆が馬を急かせたからか、陽が傾きかけたころには目的地、ヴェルセン王国の王都、アルヴェンに着くことができた。お役人さん――グレアムさんの手配により、正面の大きな門ではなく、行政関係者が使う門から王都の中へと入った。なんのトラブルもなく、すんなり王都に入れたことについてはグレアムさんには感謝だけれど、昨晩の村長夫妻に対する態度で悪い印象を持ってしまったから、なかなか素直に認めたくない気持ちもある。
王都アルヴェンは、その周囲を巨大な石造りの壁で囲われた堅牢な城塞都市だ。城壁は、目測だが厚さ十メートルほど、高さは二十メートルほどもある。城壁内部は、王の住まう城を中心にひとつの街がすっぽり入っていて、多くの人々が暮らしている。どのくらいの大きさなのか、人口はどのくらいなのか、正確なところは教えてくれないが、五十万人くらいはいるんじゃないだろうか。
王都の規模や作りは、地球の常識から考えると文化レベルに対して不釣り合いに感じるくらいだが、魔法が存在するこの世界では不思議なことではない。恐らく、国家に属する魔導士を、いや国民を総動員して作り上げたのだろう。私たちが通った通路のような場所からは判らないが、おそらく魔法に対する防御も万全なのだろう。
城壁を抜けて中に入ると、石造りの家々が立ち並ぶ町並みが広がっていた。所々に高い塔も見える。あれも石造りなら、耐震設計とかどうなっているのだろう? たぶん、地震がきたら一発で倒れそうだ。日本に住んでいれば地震はしょっちゅう体験するが、世界では地震が発生しない国もある。一度も地震に遭わす一生を過ごす人もいる。王都に住む人も、地震を知らないのだろう。
入ってきた場所が行政関係者の使う通路であったためか、正面には行政を担う大きな建物があった。グレアムさんによれば、外部からのもたらされる手紙などを確認する場所のひとつだそうだ。
私たちはその建物を左手に見ながら、城壁に沿って移動した。やがて、比較的大きな通りに出た。城から放射状に伸びる通りの一本なのだという。その道を、馬車に揺られながらしばらく移動すると、王都で私たちが宿泊する迎賓館に到着した。
迎賓館は、四階建ての石造りの建物で、周囲は塀で囲われていた。日本の迎賓館よりも大きいな。私たちが馬車や馬から降りると、十人ほどの男女が近づいて来た。
「ようこそおいでくださいました。
先頭にいた五十がらみの初老男性が、私たちに深々と頭を下げながら挨拶した。
「異界調整官、阿佐見です。よろしく」
「お部屋へご案内いたします。どうぞ、こちらへ」
馬は、隣接する厩舎へと連れて行かれた。たった三日だけど、旅を共にした仲間だ。ゆっくりと疲れを癒やしておくれ。帰る時も、よろしくね。
牽引する馬を外された馬車は、迎賓館の裏庭へと置かれた。城までは見通し距離で一キロもないから、通信には問題ないかな。明日の朝になったら、予備の太陽光パネルも展開しておこう。あぁ、自動でパネルを展開できるようにしてもらうのもいいな。帰ったら小早川先生に相談しよう。御厨教授? 彼女に相談なんかしたら、馬車でない何かに改造されてしまうじゃない!
部屋は、思ったよりも暖かかった。王都は、蓬莱村よりも南にあるが、季節的にはまだ肌寒い。部屋の中を温めているのは、壁際に設けられた魔石暖炉のお陰だろう。壁には大きなタペストリーが飾ってあった。異界では、布は高価な品だ。迎賓館だけあって、外から来た客に国力を見せつける意味もあるのだろう。日本から来た私たちには無意味だけども。
荷物を置いて、部屋の中央に置かれたベッドに腰を掛ける。異界のベッドは、一般的に乾燥させた藁を魔法で柔らかくしたものが使われる。藁の上に何枚も布を重ねたシンプルなものだ。ビータム村で止まったときも、藁のベッドに古布を掛けたものだった。しかし、ここのベッドは、羊毛が使われていた。もちろん、
「贅沢ねぇ」
思わず呟く。ふと、壁に掛けられたタペストリーに目をやった。さっきは気が付かなかったけれど……これって、ビータム村で聞いた神話をモチーフにしているような。とりあえず写真を撮影しておく。村に帰ったら、日本に送って解析してもらおう。
「え? 湯浴みができるの?!」
浴室があるとメイドさんから聞いた詩が、私を誘ってきた。
「それがさ、男女の区別がないから、先に女子だけ使わせて貰おうってことにしたのよ」
詩は、【女子入浴中! 男子は入るな!】と大きくマジックで書かれた段ボールを掲げながら言った。そんなもの、いつ作ったのよ。
「じゃぁ、御厨教授と日野二尉も……」
「あ、御厨さんは先に行っているって」
「まったくあの人は、集団行動ができない人だわ」
浴室、といっても、日本にある共同浴場をイメージしていたのなら、大きく裏切られることになる。川から支流を作って館の中に引き込んでいる、基本的には屋内にある河原だ。さすがに砂利ではなく、石の床だけどね。ゆったりと流れる川の水を汲み上げて桶に溜めたら、溜めた水をメイドさんが火属性の魔法で温める。そのお湯で身体を拭くのだ。メイドさんたちのように、ひとつの属性の魔法を扱える程度では、魔導士とは呼ばないそうだ。このくらい誰でも出来るってこと。日々の生活に、魔法が浸透しているという証拠ね。
そんなちょっと物足りない湯浴みであっても、旅の汚れを落とすには十分だった。
「あ~さっぱりした。冷たい牛乳が欲しいわねぇ」
「教授は牛乳よりもビールってイメージですけど」
「ハハハ! 風呂に牛乳は日本人の遺伝子に刻み込まれているんだよ、詩ちゃん」
私たち四人は、浴場に備え付けられた長いすに寝そべりながら、メイドさんが風魔法で作ったさわやかな風をゆったりと浴びていた。日野二尉は緊張が緩んだのか、小さな寝息を立てている。
「でも、なんだか贅沢な感じよねぇ」
「これでも王様に招待された賓客ってことなんでしょうね。だから、だらけたりしないできちんとしていてね。あ、御厨教授もお願いしますよ」
「本当に、桜ちゃんは委員長気質だなぁ。そうだ、帰ったら魔法でエアコンの機能アップをやってみようかな」
「また爆発させないでくださいよ」
夕食も豪華だった。もちろん
何事もなく夕食を終え、それぞれの部屋に戻った。男性陣は、これから湯浴みだという。メイドさんたちに身体を見られて、彼らはどう反応するのか興味がないわけではないが、いや、そんなことは、いやん。
……コホン。夕食に出された果実酒で酔ったのかしら。
部屋に帰り、ヴァレリーズさんに作ってもらった魔石を取り出す。表面に浮かび上がっている模様をなぞると、結界が張られた。悪意ある者の侵入を防ぎ、魔法をはじき返す結界だ。守られているようで、安心する。
タブレットに今日のレポートを入力し、明日に備えてベッドに潜り込んだ。
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