創世の神話

 途中、三度の小休止を挟んで、陽が落ちる前にピータム村に着いた。ここは、人口百人程度の小さな村だ。ここから先は、交通量も多くなり危険も減る。進行速度もグンと速くなる。今日はこの村に一泊して、明日の朝早くに出発すれば、その日のうちに王都へ到着できるはずだ。


「ようこそおいでくださいました」

 村の入り口では、ピータム村の村長含め数名が私たちを出迎えてくれた。騎士の一人が先触れとして、村に到着を知らせたらしい。

「何もない村ですが、ゆっくりとお休みください」

 馬車から降りた私たちに、村長が深々と頭を下げる。

「うむ。世話になる」

 対応しているのは、異界のお役人さんだ。私たちの村に来た時には、すこしオドオドした態度を取っていたけれど、王都ホームグラウンドが近くなったせいか、少し気が大きくなっているようだ。それともこれが地なのかな?

 村長の先導で、村の中へと入った。村人たちが心なしか私たちを遠巻きにしているのは、異世界人だと知っているからだろう。


 村の住居は、ほとんどが煉瓦造り。中でも一番大きい二階建ての建物が、ビータム村村長ノエスさんの住居だった。私たちは、今晩ここに泊めてもらうことになる。異界こっちでは、小さな村に宿など専門の宿泊施設はないのがあたりまえ。ある程度人口の多い街にしか宿はない。こうした村で宿泊する場合、村の外れで野宿することが一般的だという。吟遊詩人や商人など一部の旅人は、私たちのように村長の家に泊めて貰う。旅人側からすれば野宿するよりも安心だし、情報交換や商売になるかも知れない。泊める村長側からしても、村人への危険を回避できるし監視の目も届きやすい。村にとってのリスク回避なのだ。

 村長の家に、武器は持ち込めない。それが信頼関係というものだ。王都から来た騎士たちも、馬車に剣軽鎧を置いている。陸自隊員も同様に、剣とテーザー銃を馬車に放り込んでいる。テーザー銃は武器と認識されていないが、後で武器と判れば信頼を失ってしまうという判断だ。護身用の魔石もあるし、ヴァレリーズさんもいるから、危ないことはないだろう。


 日が暮れて、すぐに夕食となった。食堂に集まったのは、私と詩、日野二尉、巳谷先生、迫田さん。異界側は、ヴァレリーズさんとお役人さん、村長とその奥さん、合計九名だ。御厨教授や他の人は、それぞれ別に食事を摂る。

 食堂のテーブルに並べられたのは、黒パン(固い、ものすごく固い)と野菜スープ、野菜の酢漬け。赤ワインのような果実酒を水で割った飲み物もある。こうした小さな村では、これが一般的な夕食なのだろう。しかも、ようやく冬が終わって種まきも終わってはいない季節だ、なけなしの備蓄でもてなしてくれたのだ。ありがたい。

 しかし、これじゃ食卓が寂しいので、私と詩がここの台所を借りて、二品ほどこしらえた。私たちの村から持ってきた豚の干し肉を竈で焼いたものと、ドイツ産ソーセージのボイルに粒マスタードを添えたものだ。ついでにジャガイモも茹でて付け合わせにした。


「おぉ、これがあなたたちの料理なのですか!」と、村長夫婦。しかし、言葉とは裏腹に中々手を付けようとはしなかった。ヴァレリーズさんがソーセージを食べると、それを見た村長が恐る恐るソーセージを口にした。その瞬間、村長の表情が一変し、今度はむさぼるようにソーセージに齧り付きながら涙を流した。あれ? 異界こっちにも肉詰め料理あるよね?

「あるにはあるが、肉はもっとごつごつしているし、血なまぐさい。それにあまり保存もできないので、旅人が持ってくることなどない」

 あ、ドイツのブルートヴルストを思い出しちゃった。

「この村では、畜産はされていないのですか?」

「鶏と牛が何頭か。しかし、牛は乳を搾るためと畑を耕すためで、肉を口にするのは久しぶりなのです」

 私の質問に、村長夫人が(干し肉を食べながら)答えてくれた。鶏も、貴重な栄養素である卵を産んでくれる大切な家畜だ。村人たちは簡単な魔法は使えても、農作業に役立つ魔法や野生の獣を狩る魔法を駆使できるような魔導士はいないのだという。異界では、狩人ハンターが村に定住することは少ないという。

「複雑な魔法を使える者はみな、王都に行って兵役についております」

 私は、村長夫人がちらり、とお役人さんに視線を向けたところを見逃さなかった。要するに、徴兵されて、村の財政が逼迫しているということかしら。

「兵役は、国民の義務である!」

 村長夫人の言葉に含まれていた非難を感じ取ったのか、お役人さんが干し肉を口にほおばったまま叫んだ。いろいろ飛び散ってますよ、うわぁきちゃないなぁ、もう。


「……」

 咀嚼音だけが響く。

「農作業もできないほど、人を集める? 税にしては重すぎないか?グレアム殿」

 ヴァレリーズさんが、ひたと役人を見据えながら呟いた。グレアムというのか、このお役人さん。あぁ、あの視線には耐えられまい。

「う……そ、それについてはいろいろと事情があるのだ。下々しもじもの者が気にすることではない」

「ほう? 四相六位の私が、貴殿より下であるとおっしゃるか?」

「ひっ!」

 あ、悲鳴をあげちゃったよ、えっと、グレアムさん。なんだか、汗かいてない?

「い、いずれ貴殿も事情を知ることになるはず! 今はご容赦、私は先に下がらせてもらう!」

 そう言い残して、グレアムさんは自分にあてがわれた部屋へと帰っていった。変な空気だけが残された。どうしてくれんのよ。


「そういえば、村長さんたちは神話をご存じかしら」

 場の空気を和ませようとしたのか、詩が急に会議で出た神話のことを持ち出した。そういえば、ヴァレリーズさんに聞こうと思って忘れていた。

「神話……ですか」

「そう、世界が割れてどうとかいう」

「あぁ、それなら創世神話ですね!」

 村長夫人が手を叩いた。

「子供の頃に、みな聞かされるお話ですわ」

「もしよかったら、簡単にでも結構なので、内容を教えていただけませんか?」

「えぇ、もちろん。その前に暖かい飲み物をご用意しましょうね」


 私たちは、食堂の片隅にある暖炉の前に移動した。石畳の上に毛皮や革製のクッションが敷かれている。暖炉の輻射熱でじんわりと暖かい。女中さんが、全員に温めたワインが入ったコップを配って回る。「ありがとう」と声を掛けると、ペコリと頭を下げて逃げるように部屋から出て行った。


「私も子供の頃に聞いたお話なので、うろ覚えなところもありますがお話させていただきますね。あなた、間違っていたら直してね」

「あぁ、もちろんだとも」

 そうして、村長夫人はこの世界に伝わる神話を語り始めた。


□□□


はるかはるか昔。

【世界】はひとつだった。

ひとつきりの【世界】は平和で豊かだった。

【世界】にはさまざまな種族が暮らしていた。

彼らは互いが互いを認め合い、尊敬し合っていた。

笑いあい、ともに力を合わせて生きていた。

それがこの【世界】を産み落とした母神エナの願いであったから。

母神エナの恩恵は、あまねく【世界】を包んでいた。


ある日、悪神デモールが【世界】を訪れた。

悪神デモールは平和を憎み、豊かさを妬んだ。

そして彼は【世界】に【不信】と【恐怖】の種をばらまいた。

最初は小さな芽でしかなかった【不信】と【恐怖】が、【疑惑】や【怒り】、【邪念】を生み、やがてそれらが【世界】を覆い、争いや奪い合い、殺し合いがあちこちで起きた。


母神エナが気づいた時にはもう手遅れだった。

母神エナは涙した。そして、ひとつだった【世界】を六つに分けた。


第一世界【インタタス】には人間の半分。

母神エナは言った。「お前たちには【心の強さ】を授けよう。それで【恐怖】に勝ちなさい」

第二世界【ニヴァナ】には残り半分の人間。

「お前たちには【知恵】を授けよう。それで【疑惑】に勝ちなさい」

第三世界【サントロヘナ】には獣たち。

「お前たちには【勇気】を授けよう。それで【邪念】に勝ちなさい」

第四世界【ヨツングラ】には巨人たち。

「お前たちには【力】を授けよう。それで【怒り】に勝ちなさい」

第五世界【ゴダナント】には人魚たち。

「お前たちには【博愛】を授けよう。それで【不信】に勝ちなさい」


そして母神エナは、第六世界にして無の世界【ロー】に自らを封じた。

世界の間を繋ぐ扉を閉める直前、母神エナは子供たちに言った。

「私はいつまでも見ています。いつか、すべての世界が再びひとつになることを祈りながら」


六つに分けられた世界は、隔絶されそれぞれに苦難の道を歩むこととなった。


□□□


「これが創世神話です。地方によって授けられるものが違ったり、さまざまな脚色や改変がされていたりしますが、悪神によって乱れた世界を母神エナが六つに分けられた、というところは変わりません」

「この世界は……何番目の世界なんですか?」

「第一の世界インタタスだと言われています」


 ふと巳谷先生を見ると、巳谷先生もこちらを見てゆっくりと頷いた。やはり先生も気が付いたようだ。この神話に登場する六つの世界と”ザ・ホール”の先にある世界の、奇妙な一致に。

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