天の光はすべて星(2)

 満天の星空を見て思い出した。ハイテク馬車の全天カメラが、夜空の様子をタイムラプスで撮影しているけれど、それ以外にも画像を撮って欲しいと科学部門の人から頼まれていんだっけ。私は、タブレットのカメラアプリを起動して、レンズを空に向けた。

「えぇと、北極星はっと……あったあった」

 画像で確認しながら、北極星を探す。もちろん、地球あっちの北極星ではなく、異界こっちの北極星だ。異界ここであっても、自転軸の延長上に近い星は存在する。それを、私たちは仮に異界北極星と呼んでいる。地球の北極星が、実は数千年ごとに変わっているのは知ってる? 地球が摂動と呼ばれる運動をしているからで、地球でも時が経てば、現在のこぐま座ポラリスからケフェウス座に北極星が変わって……。


「なにをしているのだ?」

「え? あ、これ? これは星の画像を記録しているのよ」

 ヴァレリーズさんが、タブレットの画面を覗き込む。肩と肩がくっつくくらい、近い。焚き火の火に照らされる白い肌は、近くで見ても綺麗だわ。異界こっちの人は、女性に接近してもなんとも思わないのだろうか?思わず、じっと眺めてしまう。


「なぜそんなことを? 星は流れうつろうものだろう?」

 蓬莱村で暮らすヴァレリーズさんにとって、私たちの使うカメラはそれほど目新しいものではない。

「星の位置からいろんなことが判るのよ。たとえば、星までの距離とかね」

「そんなものを知ってどうする?」

 ヴァレリーズさんが、“理解できない”といった表情をこちらに向けながら、呆れた風な声で聞いてきた。うぅ、天体の基礎を知らない人間に説明するのは、至難の業だわ。


「あの星のどれかが、私たちの太陽なのかも知れないという人たちもいるの。それが本当かどうか確かめたい」

「あなたの言っている意味が、まったく分からない。君は、自分たちが星からやってきたとでも言うのか?」

 ヴァレリーズさんの問いに、私は「可能性のひとつ」と答える。だが、ヴァレリーズさんは納得せず、さらに質問をしてきた。

「そもそも星に人が住めるのか? 光っているだけだろう? しかも、太陽が出れば消えてしまうのに」

 あぁ、異界こっちの科学知識のレベルは、私の考えていたよりももっと低いようだ。

「あのね、星は太陽が昇っても消えているわけじゃなくて、見えなくなっているだけ。そして、星の一つ一つは、太陽と同じように燃えて光っているのよ。さらに、ここと同じような大地を持つ星も多いの」

「……」

「ま、まぁ、無理に理解しろ、とは言わないけれど、これは、観測結果を基に出した結論なのよ」

「そうか。それがあなたたちの言うというものか。私はこの大地が回転しながら動いているという話だけでも、俄には信じられないのだがな」

 それきり、ヴァレリーズさんは口を閉ざし、考え込んでいるようすだった。その姿を見ていると、ちょっとだけ心が痛い。ついさっき、二つの世界にはそれほど違いがないと思ったのに、ヴァレリーズさんとの何気ない会話でさえこの有様だ。二つの世界が本当にわかり合えるようになるまでには、まだまだ時間が掛かりそう。


□□□


 草原に陽が昇ってすぐに、私たちは野営地を出発した。ありがたいことに、あれから後も不審なできごとは何も起きなかったようだ。

 石畳の街道は、舗装していない土の道に比べれば格段に走りやすいが、異界こっちの馬車ではでこぼこの衝撃が直接車体に伝わって、乗り心地は良くない。巳谷先生は、苦行の時間を送っていることでしょう。ごめんなさい。こっちは快適です。日本の技術力万歳。

 馬車のサスペンションを改良する技術を、異界こっちに伝えるべきかどうか、悩ましいところだ。今現在、異界こっちの馬車にはサスペンションがないから、馬車で出せる速度には限界がある。乗り心地を良くすることで、馬車に乗っていられる時間も増え、その分、距離も伸びるだろう。それ自体は良いことかもしれないが、その技術は人や物資の往来など、平和的な目的以外にも応用されることは間違いない。

 今のところ、政府の立てている計画では、ヴェルセン王国からの要求を断る時やこちらからヴェルセン王国へ依頼する際の見返りとして、リーフスプリング程度の技術なら提供しても良いだろうと指示を受けている。


 異界の旅は順調だったが、退屈でもあった。そんな時、車窓から外を眺めていた詩が、「あっ……」と小さな悲鳴を漏らした。

「さくら、桜っ! あたしたち、同じところをグルグル回ってる!」

 振り向いて、その不安そうな顔を私に見せた詩は、真剣に変なことを言い出した。

「そんなわけないじゃないの。しっかりしてよ」

「だって、さっきも同じような石の塔を見たよ」

 詩が指さしたのは街道の脇、そこには、腰の高さほどある石造りのオブジェが立てられていた。なんだ、あれか。

「なぁ~んだ、あれのこと? 詩は街道に出るのは初めてだから知らないのも無理はないけど、あれは街道沿いに一定間隔で立っているのよ。なんて名前だったかな? たしか、なんとか塔……」

「テンサ塔だよ。こちらの単位で、二キナヴェル間隔で立っている。一キナヴェルはおよそ二キロ強だから、四キロごと。まさしく一里塚いちりづか、マイルストーンだよ」

 私と詩の会話に、さっきまでノートパソコンでなにやら作業していた御厨教授が割り込んできた。キナヴェルは、異界こちらで使われる距離を表す単位のひとつ。一キナヴェルは、千ヴェル。ヴェルセン王国を建国した、初代国王の身長を基準にしたと言われているので、その人はずいぶん背が高かったようだ。


「……ねぇ、桜。一里塚ってなに?」

 詩が、とんでもないことを聞いてきた。あぁ、貴女は昔から、そんな女性ひとでした。まったく、それでも国交省の人間かっ! 公務員試験通ってきたのかっ! 

 私が呆れた詩の質問に、御厨教授は大きな声で笑った。

「はっはっはっ、さすがしーちゃんだ、予想を裏切ってくるねぇ。一里塚というのは日本の街道で、一里つまりおよそ四キロごとに建てられていた塚のことで、旅人にどのくらい進んだのか、あるいは目的地までどのくらいあるのかを知らせる役目を持っていたものさ。塚以外にも、樹木だったり標識だったりしたらしいね」

「へぇ、そうなんだ。それが異界こっちにもあるなんて、どちらの世界でも人間は同じように考えるんですねぇ」

「いや、初期の王国にテンサ塔はなかったらしい。異界こっちと呼ばれる人物が、街道の整備と同時に塚の設置を計画し、自ら指揮を執って完成させたらしい」

 へぇ。それは知らなかった。どこの世界にも、偉人と呼ばれるような人物はいるものだ。しかし、それにしても詳しいですね、教授。

「ん? あぁ、ヴァレーくんに聞いた」


 ヴァレーくんって……もしかして、ヴァレリーズさんのこと? え? そんな気さくな名前で呼んでいるの?

「いつのまに、そんなに仲良くなったんですかっ?!」

「いつのまにって、魔法について研究している人間が、魔法を使える人間に話を聞くのはあたりまえじゃないか」

「それはそうですが」

 話を聞いているからって、愛称で呼ぶくらい親しくなるものですかねぇ。


 私の不満? 不信? が顔に出たのだろうか、教授が、私を見てにやりと笑う。

「もしかして……」

 な、なんですかっ!

「自分も愛称で呼んで欲しかった? フフ、じゃぁ、サクちゃんとかさぁタンとか、どう?」

「ち、ちがいます! そんな変な名前で呼ばないでくださいっ!」

 ふと日野二尉に視線を向けると、彼女は口元に笑みを浮かべながら、お母さんが子供たちを見ているような、慈愛に満ちた目をしていた。


 違いますから! じゃれ合っている訳じゃないですから!

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