天の光はすべて星(1)

 森を抜けたところで、今は廃墟となった砦跡が見えてきた。かつては森から現れる魔物クリーチャーズを、人里に向かわせないための防衛ラインだった場所だ。しかし、それも今は昔、魔物クリーチャーズからの攻撃を防いでいた石垣は崩れ、物見の塔も無残に倒れている。あちこちに転がっている朽ちた丸太には、新たな緑が芽吹き覆い隠そうとしている。この砦を、こんな風にしてしまったのは――日本人わたしたちだ。捕らえられてしまった人たちを救出するためだったとはいえ、その結果は悲劇としか言えない。当時は日本あっちでも、毎日毎日報道されていた。賛否両論、さまざまな議論があって、日本も混乱していたなぁ。その頃には、他の”ザ・ホール”も見つかっていて、世界中が混乱していたのだけれど。


 日本との講和締結後、ヴェルセン王国はこの土地の領有権を放棄しだ。今では、蓬莱村と王国との緩衝地帯となっている。惨劇が起きた時には、まだ学生だったからニュースでしか知らないけれど、ここで亡くなった人々に対し、静かに黙祷を捧げた。


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 森を抜けると、起伏に富んだ草原が続く。異界こっちの在来種である野生動物も多い。地球の動物と似ているところもあるが、よく観察すると違いが見えてくる。角の形とか、脚の数とか。ハイテク馬車に搭載されたカメラは、そうした動植物もきちんと記録しているはずだ。こうして撮影された映像は、日本政府からDIMOを通じ、世界に配信される。無料で公開されている映像もあるが、貴重な映像は自然ネイチャー系のチャンネルが高く買ってくれるので、DIMOの資金源となっている。それが、ぐるっと回って蓬莱村わたしたちの活動予算にも組み込まれているのだ。

 野生動物といえば、人と共存している家畜やペットも含めて、魔法を使う動物は確認できていない。異界こっちの人たちに聞いても、そうした例はないようだ。残念、言葉を喋る猫はいないのよ。ただ、魔法を使う魔物クリーチャーズはいるらしい。魔導士が放った火矢の魔法を、はじき返した魔物クリーチャーズがいたそうだ。



 ヴェルセン王国が新たに築いた、砦に到着する。砦が門を開けて、私たちはその中を通過するのだが、やはり少し緊張する。王国からの案内が話を付けてくれているはずだけど、砦にいる兵士の感情までは判らない。この砦だって、魔物クリーチャーズから王国を護るためという名目で作られたものだが、蓬莱村わたしたちへの牽制がないとは言い切れない。


 手元の時計で午後三時過ぎ、ようやく街道が見えた。ヴェルセン王国内を網の目のように繋ぐ石畳の街道は、王国の血管だ。街道沿いには、ところどころに整地された土地がある。旅人のための休息地であり野営地でもある。私たちは日が落ちかかる前に、街道沿いにある比較的広い野営地に辿り着くことができた。今日はここで野宿だ。


 陸自の男性隊員、田山三佐、横井一曹が率先してテントを張ってくれた。他の男性陣もそれを手伝う。男性陣はテントで寝るが、女性陣はハイテク馬車の中で快適に寝る予定。ごめんね。

 異界の人たちはもっとシンプルで、馬を木に繋いで水と餌を与えたら、火を起こしただけで野営の準備は完了だそうだ。ヴァレリーズと騎士のひとりは、野営地の周囲に魔石の結界を張りに行った。


 日野二尉は馬の世話、私と詩は食事の用意だ。用意といってもレトルトだから、お湯を沸かす準備だけどね。前にここを使った旅人が残していった、石積みの竈を手直しして使う。野営地ここには、いくばくかの薪も残っていたが、陽が落ちる前に、王国の騎士と陸自隊員が協力して薪となる枝を拾い集めてきた。余ったら残していけばいい。

 魔法で火を付けた焚き火から、火の付いた枝をもらって即席の竈にくべる。子供の頃に行った林間学校とかを思い出す。

 竈で湧かした湯で温めたレトルトのビーフシチューは、異界こっちの人たちにも好評だった。うん、接待用にもっとレトルト食品送って貰おうかな。まずは、胃袋を掴め、とばぁちゃんが言っていた。少し意味合いが違うかも知れないけど。


 魔物クリーチャーズの侵入を防ぐ結界が張られているとはいえ、絶対安全とは言えないのがこちらの世界。というわけで、陽が落ちてからは交代で見張りに立った。私の担当は深夜だ。私自身は魔物クリーチャーズや盗賊が襲ってきてもろくに戦えないが、一緒に見張るのはヴァレリーズさんなので、戦力的には問題ないだろう。私が足を引っ張らなければ。


 真夜中、しかも人里離れた場所で野宿。とはいえ、結界もあるのでそれほど緊張はしない。パチパチとぜる焚き火の音が心地良い。なんだか眠りそうになってしまったので、タブレットで、日記代わりのメモを書くことにした。官給品のこのタブレットPCは、防塵防水で衝撃にも強いタフネスパソコンだ。いざとなれば武器にも……ならないか。


「だいぶ慣れたつもりだが、やはりその板に指を触れるだけで記録出来るというものは、信じがたいものがあるな」

 私の隣に座っていたヴァレリーズさんが、タブレットを見ながら呟いた。

「いやいや、私たちからすれば、魔法の方が信じられないですよ」

 ヴァレリーズさんは「ふむ」と呟くと、指先を軽く擦り合わせた。すると、指先からきらきらとちいさな光の粒が空中に舞った。小さな花火みたいで、すごく綺麗。


 あれ? でも今、何も言わなかったよね? 魔法って詠唱なしでも使えるの? 私の疑問にヴァレリーズさんは「この程度なら、詠唱なしでも使える」と答えた。

 どうやら詠唱は、精神統一のために使うものらしい。お経みたいなものかな? 読経も精神統一の方法だと、どこかで聞いたことがある。私は、研究者じゃないからわからないけど。


「私たちにとって、魔法はあって当たり前のもの。あなたたちのように魔法を使えぬ者たちの周りにも魔法はあり、そして魔法を行使しているのだよ」

日本人わたしたちが魔法を使っている?う~ん、それはないかなぁ」

 実は、地球あっちから蓬莱村に来た人はみな、一度は魔法を使ってみようと試している。もはや一種の通過儀礼みたいなものになっているけれど、当然ながら、まだ魔法を使えた人は一人もいない。しかし、ヴァレリーズさんは、私の言葉に異を唱える。


「こうして私たちが意思疎通できていること、それこそが魔法なのだよ。私が――あなたたちが異界と呼ぶこちらの世界の人間は、自分たちの言語、オーレウス大陸語を話しているが、あなたたちは日本語あなたたちのことばに聞こえているのだろう? それが魔法でなくてなんだというのか」


 異界人の話す言葉が、私たちに理解できる日本語であることは、当初から大きな謎とされてきた。言葉は通じるのに、お互いの文字はまったく違う。日異辞典を作る際には、とても苦労したと聞く。確かに、魔法によって言葉が通じるのだとする説は、多くの人に受け容れられている。だが、それは異界側からの働きかけだと推測されている。


「魔法はね、想像力なのだよ、サクラさん。魔法を行使する能力を持たないあなたたちにも、想像力があり、そして“こうあれ”と願うことができる。

 私はね、二つの世界で言葉が通じるのは、最初にやってきたあなたたちの仲間が『こちらの人間と意思疎通したい』と願い、お互いの言葉がひとつになったところを想像したからだと考えている。だから言葉が通じる。これはね、あなたたちの魔法なのだよ」

 “あなたたちの魔法”、と言われましてもねぇ……魔法って、個人が顕現させるものではないの? 自動翻訳魔法を、私たちの集団意識が使っているということ? う~ん。可能性としてはあるかも知れない。あるかも知れないけれど、よく分からない。

「私の考えが正しいとは限らない。あなたたちの魔法ではなく、言葉が通じるのは何か別のもの――たとえば、精霊の加護とか? そうした何らかの恩恵によるものなのかもしれないけれどね」

 そういってヴァレリーズさんは、枯れ木を一本、目の前の焚き火に投げ込んだ。一瞬、炎が高く立ち上る。


 私は、燃え上がる炎の先端から、ゆっくりと視線を上に上げていった。地球と同じような星空。でも、星の配置は違っている。今見えている衛星は一つだが、もうすぐ東の空にもう一つの衛星も見えてくるだろう。

 魔法、魔石、魔物クリーチャーズ。私たちの世界と違う部分も多いけれど、同じ部分も多い。同じように火が燃え、同じように大気が揺らぎ、星が瞬く。世界のありようは、地球あっちと変わらない。いくつかある違いなど、本当は些細な問題なのかも、と思えてくる。

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