日本の事情、異界の事情
迫田さんが、
そんな焦燥感に苛まれている最中でも、蓬莱村の生活は続く。小早川先生は、約束していた気象観測バルーンが届かないのでいらいらしている。御厨教授は、実験室にこもりっぱなしだ。また、上下水道整備計画も、科学部門の協力を得て順調に進んでいる。実は、十五人の技術者を臨時で受け容れているため、詩と私はその調整で忙しい。
巳谷先生はヘルスタット王から許可をもらったので、蓬莱村周辺にある王国の村を回る計画を立てている。健康診断や医療知識の啓蒙、予防接種などを行うのだ。
「
『迫田さんが戻られました』
通信機を通じて上岡一佐から連絡があったのは、夕暮れ間近のことだった。私は、執務室(と言う名のプレハブ小屋)から飛び出して、中央管理センターに向かった。
中央管理センターの外、屋根が作った日陰でのんびり佇む迫田さんを見つけた私は、怒りにまかせて詰め寄った。
「迫田さん! 連絡もなしに三週間も何をしていたんですかっ!」
「あ、阿佐見さん。ちょうどいい、見せたいものがあるんですよ」
私の怒りにまみれた質問を交わし、迫田さんは管理センターの方を指さした。そこは、重機などを出し入れするための搬入口で、普段は鉄の扉とシャッターで守られている。普段しめられている扉は開いていて、シャッターがゆっくりと開いている最中だった。
「私の質問をスルーしないでください! いいから、ちゃんとほう……」
思わず怒りを忘れて目を見開いてしまった。そこには巨大な……戦車? 違うかな?
「ハイブリッド装輪装甲車です。開発中のものを防衛装備庁から引っ張ってきました」
ハイブリッドなんとかは、私たちの前で停止した。一メートルくらいのタイヤが、片方に四つもついている。つまり八輪車だ。車体の上には、砲塔のような細長い棒が二本ある。戦車の砲塔にしては細すぎるし、ひ弱そうにみえる。
「本来は無反動砲が搭載される予定でしたが、
「おーおー、これがそうかー」
後ろで声がしたので、振り返ったら御厨教授がそこにいた。
「エンジニアも来ているのだろう?」
「えぇ、教授からも働きかけてくださったんですよね?」
御厨教授と迫田さんがなにやら会話をしているが、ちょっと、あんたたちっ!
「どちらでも構いませんから、ちゃんと説明してください!」
「構いませんよ。ただその前に、こいつをどこかに停車させたいんですが?」
どこだっていいじゃない。土地はたくさんあるんだから。
「センター脇の空き地でいいんじゃないですか?」
管理センターを出てきた上岡一佐が、迫田さんに提案する。
「じゃ、そこにしましょう。他の車両も続いてくるので、同じ場所に」
□□□
ハイブリッド装輪装甲車。防衛装備庁が研究開発していたディーゼルエンジンとインホイールモーターで駆動する装甲車。試作段階だった装輪装甲車を
しかし、
こうなると困るのは、日本側だ。日米安保条約があるからといって、それが異界にも適用できるのか、そもそも安保の範疇なのか。さらに混沌とした議論が続くかに思われた。ところがDIMOの迫田レポートがネットで配信されると、日本国内で「困っている人がいるなら助けるべし!」という世論が沸き起こった。世論の後押しを受けて、元々衆参両院で過半数を占めていた与党は、異界法の修正案を通過させ、武力行使を伴う平和活動(もちろん異界での活動に限る)を可能にしてしまった。
「それで、あの大きな車が……」
「
なぜか御厨教授が嬉しそうに説明する。私たちは、定例会議に使っている、いつもの執務室兼応接室兼会議室兼仮眠室兼寄り合い所で迫田さんの話を聞いた。三週間も
「装輪装甲車は、
すでに王都からは、
「あぁ、それからこれが今回の命令書と辞令です」
迫田さんが、私に一通の封筒を手渡してきた。辞令?
“異界調整官、阿佐見桜を『巨大生物対応部隊指揮官』に任ずる”
ナンデスッテ?!
□□□
「
にわか作りの
でも、私、こうみえてもか弱い女子なのよ? なんで、
『準備ヨシ!』
無線から声が聞こえる。それが合図になったかのように、次々と無線から報告が入る。
「ヨシ! 射撃実験を行う! 開始一分前」
「開始一分前!」
実験責任者の上岡一佐がGOサインを出し、実験が始まった。土属性魔法で作った分厚い土塀には、目視するためのスリットが入っている。
本来、試作機なので頭にXを付けた番号が正式名称なのだが、それじゃ味気ないし、かといって都度ハイブリッド装輪装甲車なんて言うのも面倒なので、有名なハリネズミキャラにちなんで私が名付けた。異界調整官の権限行使だ。文句あるか。
ハイブリッド車なので、ディーゼルエンジンも搭載していたが、
「十秒前……九……八……七……」
日野二尉のカウントダウンが続く。
「四……三……二……」
「てっ!」
ソニック君に搭載された二基のリニアレールガンが火を……噴かなかった。パシュシュッと小さな音がしただけだ。が、直後に、ドンと低音が響く。そして、二百メートル先の丘に、派手な土煙が立ち上った。
『だんちゃ~く』
「お~」
「弾の出るところは見えなかったね」
「レールガンでは曳光弾を使いませんからね。その代わりに、精度の高いレーザー距離計を積んでいるって話ですよ」と、田山三佐が教えてくれた。
「ふぅん」
武器のことはよく判らないけれど、原理は理解している。リニアレールガン、単にレールガンとも言うこの兵器は、電磁誘導を利用して弾丸を高速で発射するのだ。火薬を使わないので、
アメリカでは大口径のレールガンが研究開発されているが、日本では小口径のレールガンが研究されてきた。その理由は、熱だ。レールガンは発射の度に大きな熱を発生させるため、何発か撃つとレールが熱で変形してしまう。防衛装備庁陸上装備研究所(陸装研)では、熱対策として弾を小口径にし、かつ初速を付けて電磁誘導する方式を開発したそうな。今回、異界仕様として空気圧で初速を与える機構を組み込んだ、その実験なのだ。
「これで、いよいよ
田山三佐がうれしそうに言う。う~ん、いいのだろうか。まだ迷いが私にはある。
すでにヘルスタット王には、蓬莱村からルガラントに支援部隊派遣を通達してある。
実験から三日後、万端の準備を整えて、私たちは
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