討伐隊、西へ

 季節はすっかり春、森を抜けて街道を走れば、左右の草原には色とりどりの草花が美しさを競い合っている。そして初夏の訪れを感じさせる風が吹いていた。私は、四輪駆動車の窓を全開にして、異界のドライブを楽しんでいる。ただ、石畳から伝わる細かな振動が、その雰囲気を台無しにしていた。下手に喋ると舌を噛みそうなので、車内は静かだ。

 もしかしたら、命を落とすことがあるかもしれないドラゴン討伐。本当ならもっと緊迫感が漂っていてもいいはずだが、遠征隊のみんなは(私を含めて)そんな雰囲気はない。隊員の中には、「ドラゴンを間近で見ることができる!」とテンションが高い者までいる。なぜだろう? やはり、異界ここがあまりにも、私たちが想像してきたような“剣と魔法のファンタジー世界”にそっくりで、現実だと感じられないのだろうか。この花の香りも、肌をなでていく風もリアルなのに。


 私たち以外に、街道を走る馬車や馬はいない。余り使われていない街道なのだろう、轍も深くない。私たちの車列は、先頭にソニック君。次にワンボックス二台を挟んで、私の乗る四輪駆動EV、上岡一佐が乗る四輪駆動EVが殿と続いている。速度は時速五、六十キロ程度だが、異界こちらとしては驚異的な速さだ。ソニック君も最大で時速九十キロくらい出せるらしいが、この道路状況ではこれが精一杯だ。舗装されていないところよりもまし、と考えよう。


 途中の村で補給と休憩を行った。村では、すでに王都からの使いが来ていたらしく、特にトラブルもなく過ごせている。野宿は避けて途中の村で寝ることにしているが、車列への警備も怠ることができない。なにせ、車というものを見たことも聞いたこともない人々なので、ジロジロと見るのはまだましな方、隙あらば触ったり入り込んだり、車の一部を持っていこうとする者までいる始末。街道沿いの村に立ち寄る度、同じ事の繰り返しで疲れる。


 村人以外にも、興味を引くらしい。街道を疾走している間に、すでに二回ほど不審な一団に追いかけられた。私たちの速度に付いてこられなかったようで、途中で消えてしまったが、恐らくは野党の類いだろう。いちいち止まって相手をするのは、時間の無駄だ。それに、人間相手にレールガンはオーバーキル過ぎるからね。遭遇した場所を異界こっちの地図に書き込んで、ヴァレリーズさんに渡してあるから、後でなんとかするでしょう。


 王都を除けば、これほど大人数での遠征はこれが初めてだし、これだけ長距離の移動も初めてだ。危険だからと同行を許されなかった研究者の人たちは、道中のさまざまな調査・サンプル採取を依頼してきた。ルガラントに行くことが目的だから、寄り道や時間の浪費はできないが、可能な限り要望には応えているつもりだ。


□□□


 蓬莱村を出発して九日目、私たちは西の街、ルガラントに到着した。街の城壁は壊れていないから、まだドラゴンは襲来していないのだろう。それとも、もう退治されてしまったのか。車列は速度を落とし、ゆっくりと街に近づいて行く。あと少しで、街の正門というところで、町の方から三頭の騎馬が走ってきて、道をふさぐように止まった。やむなく、私たちも止まる。


「ルガラント守備隊である! 貴様たちは何者か!」

 馬上の騎士が、わたしたちに向かって誰何の声をかけた。王都から連絡は行っていないのだろうか?

「私が行こう」

 ヴァレリーズさんが車を降りて、騎士たちに向かって歩き出した。

「あ、私も行きます」

 慌てて後を追う。というのも、ヴァレリーズさんは酷い車酔い状態なんだよね。巳谷先生から酔い止めをもらったみたいだけど、まだ顔が青かったりする。付いていてあげないと……というか、私が交渉しないと!


 私たちが近づくと、騎士たちは明らかに動揺した。あぁ、いけない。私、動きやすさを優先して、ジーパンにパーカーというラフな格好だったわ。騎士さんの前に出るのに、少し失礼な格好だったかな?

「四相六位、ヴァレリーズ・オールト! 王の命により、異世界の方々をルガラントにお連れした」

 さっきまで後部座席で死にそうになっていたのに、ヴァレリーズさんは大きな声で叫んだ。あ、風魔法で声を大きく響かせているのか。

 騎士たちが、一斉に馬を下りて近づいて来た。

「ルガラント守備隊、隊長マケネスであります。オールト師、ご高名はこの辺境にも伝わっております。お目にかかれて光栄です」

 ビシッとヴェルセン国風の敬礼をし、マケネス隊長はヴァレリーズに手を差し出した。

「ルガラントにようこそ。歓迎します」


 その後、マケネス隊長さんの案内で、城壁から少し離れた場所に私たちの車両を停めた。その場所に移動する間、ヴァレリーズさんは車に乗らず歩いて移動した。たぶん、車に乗るより歩いた方がまし、と考えているのだろう。

 巳谷先生は、乗り物酔いを「彼の個人的資質か、異界人の資質か。確かめる必要があるな」なんて呟いている。さて、次の犠牲者は誰になるのか。巳谷先生、ほどほどにしてくださいね。


 ヴァレリーズさんと私、巳谷先生、上岡一佐、日野二尉の五人は、ルガラントの街中へと入っていく。残りの人たちは、車両の番だ。マグネス隊長さんから、車両を壁の中に入ることはできないだろうと言われたので、ここを臨時の駐車場兼遠征隊キャンプとすることにした。ソニック君を中心にして停車した車両は、荷物を降ろし太陽光パネルを展開しはじめた。守備隊の騎士さんたちは、それを奇異な目で見ている。そりゃそうだ。

「阿佐見さん、稼働してもいいでしょうか?」

 装備庁の人が、長さが一・五メートルほどもある黒いケースを指さしながら、私に聞いてきた。今回、持ってきた秘密装備のひとつだ。

「もちろん、お願いします。ただし、地元の人異界人がいなくなってから。無駄なトラブルは避けたいので」

「了解しました」

 彼は私に敬礼して、ケースの方へと走っていった。



 ルガラントは、王都に比べると小さいが、高さ五メートルほどの壁が、十メートルほどの間隔を空けて二枚、並んでいる。正面の門から入っても、街に入るためには壁に沿って数百メートルほど移動しなければならない。もし敵が侵入してきても、第二の門を潜る前に侵入者を撃滅することができる。戦争中なら有効な工夫なのだろうが、今は面倒なだけだ。しかも、ドラゴンのように空から来る敵は防げない。

 門には、警備兵がいて入ってくる者のチェックを行っていた。チェックと言っても、名前とどこから来たのか、来た目的は何かを聞くだけのようだ。通行証や身分証のようなものはないらしい。そういえば、王都にも通行証はなかったな、そう思ってヴァレリーズさんに聞いてみた。

「通行証? そんなものを作って、どうしようというのだ」

「え? ほら、スパイとか……」

「間者か? 重要な場所には結界が張られているし、たとえ知られたとしてもそれが何だというのだ? それに本当に知られたくないことは、誰にもいわんだろう?」

あぁ、地球あっちとまったく考え方が違う。異界こっちじゃスパイ映画はヒットしないだろうなぁ。

「第一、いるかどうかも判らない間者のために、入ってくる人間を一々調べていたら、一体何人街に入ることができる? 無駄ではないか。蓬莱村むらにだって、門があるだけだろう?」

 ごもっとも。基本的に中央管理センター以外はフリーパスだし、センターにはヴァレリーズさん入ったことないしなぁ。あ。よく考えたら管理って、意味が被ってない? えぇと、英語表記なんだっけ、Central Control Centerだっけ? う~ん、詩と相談して名称変更の稟議切ろうかな。


「サクラさん、着きましたよ」

 歩きながら変なことを考えていた私は、気が付いたら街の中心、ルガラント城の前に着いていた。城と言っても、王都のアルヴェン城とは比べものにならないほど、小さなものだった。とはいえ、王国の西を守る城塞都市の中心だけあって、堅牢さを感じさせる建物だった。

 場内は、ピリピリした雰囲気が漂っていた。異界こちらとは違う風体の私たちに、あからさまな敵意や不信を向けてくる人たちもいる。いつドラゴンが襲ってくるか判らない状況では、仕方がないのかも知れないが、こちらとしても面白くはない。そして、この城の主たるルガラント領主は最悪な人物だった。

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