調整官、王都を目指す(1)

 表向きは舞踏会への招待だが、ぶっちゃけて言えば、ヴェルセン王国から私たちへの呼び出しだ。しかも、そのメッセージを調整官である私ではなく、迫田さんに送ったのは、彼がだ、絶対に。これだから封建主義は!

 しかし、だからといって、呼び出しを無視するわけにも行かない。わが村に隣接するヴェルセン王国とは、有効な関係を築いておかなければならない。双方に痛手を残して終わった悲劇を、繰り返さないためにも。


 舞踏会は、十日後に開催される。蓬莱村から王都までは三日かかるので、準備には七日しかない。早速、王都に上る準備をしないと。とりあえず、村の在庫の中から、献上品となるものを選ばなければならない。呼ばれた側が贈り物を用意するというのも、現代日本人からすると変な感じもするが、手土産もなしに訪問するのもおかしな話だろう。ちょっと高価な手土産だけれど。

 しかし、何を献上品にするかということは、非常に気を使う作業なのよ。異界の文明レベルは、地球で言えばヨーロッパの中世時代くらいか。異界こちらの文化レベルが、現代の地球と大きく異なる点については、いくつかの仮説が立てられている。中でも多くの研究者が支持している説が、魔法が存在することによる文化への影響、魔法障害説だ。

 異界こちらでは、基本的に魔法をベースにしているため、技術を進化させる必要がなかった。ガスや電気がなくても、魔法で明るく照らすことができるのだから、という仮説だ。

 “必要は発明の母”とは良く言ったもので、逆に必要がなければ発明する必要もない。それでも、年がら年中魔法に頼っているわけにもいかないし、魔法の能力も向き不向きも個々人で違うためか、油を燃やすランプ程度の発明はされている。同時に、魔石を使った照明も作られているところが、異界こっちらしいといえば、らしい点だ。

 その他にも、そもそも文明が生まれた年代が、地球あっちより千年くらい遅れているという説もある。個人的に、そりゃないだろうと思う仮説には、「現代人が異界を作った」とする説だ。異界が、あまりにもファンタジー小説やゲームに登場しそうな中世ヨーロッパ風なのは、現代地球人が持つイメージが投影されたからだ、という仮説。要するに私たちがと思ったから異界が出来たという、人間原理主義的な発想だ。うん、ないわ。


 閑話休題。

 そんな訳で、現代日本の技術力を使った製品に対しては、異界人たちかれらはあまり興味を示さない。むしろ、紙や筆記具、自転車といった構造が単純な工業製品は喜ばれる。彼らにも理解できるからだ。そうした工業製品以外で、異界ここでも価値を認められているのが、繊細な工芸品や宝石類だ。宝飾品などは、異界こっちでも富の象徴なのだという。

 二ヶ月後に予定していた王都訪問用に用意していた宝飾品を、臨時便で送って貰うことも可能だが、そうすると次回の貢ぎ物に苦労してしまいそうなので、ここはひとつ、村にあるものから出すことにした。


 苦労して選んだのは、王に対しては南部鉄器の茶器セット。王妃には江戸切り子のグラスを選んだ。次の訪問用に箱根細工の宝石箱を申請していたが、それは間に合わないようだ。特注品にしちゃったからね。その他にも、ブラックペッパーやハーブなど、異界こちらでは貴重な香辛料も用意した。香辛料は時に金よりもよい取引材料になるし、荷物にもならないからいろいろと便利。

 それから、魔導士のみなさん向けに、ノートとボールペンを何セットか。運動会の景品か! と思わないでもないけれど、紙のない異界ここ、特に魔導士にとっては、喉から手が出るほど欲しいモノ、らしい。このお土産は、魔石と魔石に刻み込む魔法の対価として使うことになる。

 その他、個人的なお土産として、宮中の女性たち向けにクッキーの詰め合わせをいくつかと、生理用品をかき集めた。私や詩をはじめ、村には数十名の女性もいるので、個人で所有しているもののほかに村共有の財産として各種生理用品を補完している。村の男性はあまり知らないことだが、地球あちら側のメーカーから無償で提供されているものも少なくない。そして、日本の生理用品は、異界こっちの女性に大好評なのよね。


 今回の王都行きは、私と村代表の詩、巳谷先生、迫田さんとその部下二名、科学部門から数名が参加する予定。問題は護衛だなぁ。王都までの経路には魔物クリーチャーズだけでなく強盗のような連中もいると聞いた。しかし、屈強な自衛隊員を何十人連れて行っても、現代兵器が使用できない以上、その効果は期待できないのよ。


 そう。異界ここでは、銃火器が使。高速な燃焼、すなわち爆発が、なぜか抑制されるのだ。しかも、本来起こりうる爆発の規模に反比例する。たとえば、手榴弾を投げつけても、爆竹を鳴らした程度になってしまう。拳銃も、かろうじて弾を発射できるけれど、金属の盾で易々とはじき返されてしまう。十二年前、異界こちらに来た自衛隊員が武装していたにも関わらず、大きな犠牲を出すという惨劇が起きてしまったのもそのためだ。科学者たちは、爆発が抑制される現象の原因を、地球になくて異界にあるもの、つまり魔法によるものだと考えている。


 そもそも、なぜ異界この世界に魔法が存在するのか?研究者たちは、ひとつの仮説を立てている。それが「魔素マナ理論」だ。曰く、異界の大気中には、我々がまだ発見できていない未知の粒子、「魔素マナ」が存在し、魔素が異界人の脳にある器官に反応して魔法が顕現するのだという。また、魔石は魔素マナが何らかの作用で凝縮したもので、脳の器官が行う制御を術式が担うことで魔法が発動するのだとも考えられている。魔素理論セオリー・オブ・マナは、単なる仮説のひとつに過ぎないが、異界こっちで生活する私たちにとって、納得できる部分は多い。今、日本あっちでは、魔石を利用して魔素マナを観測できないか、試行錯誤しているそうだ。


 そんなことを考えていたら、ふと違和感を覚えた。――失敗して地面に大きなクレーターを作ってしまった、御厨教授の実験。爆発が抑制されるこの世界異界で、。教授は、魔法原動機マギエンジンの実験だと言っていた。そもそもエンジンがあんな爆発を起こすだろうか? 何となく嫌な予感がする。きちんと御厨教授に確認しておかないと。


□□□


 上岡一佐からメールが届いた。警備シフトの見直しプランだ。これによると、王都訪問に同行する陸上自衛隊員は、田山三等陸佐、日野二等陸尉、横井一等陸曹の三名だ。日野二尉がメンバーに入っていて少し安心した。彼女は、私より少しだけ年上だけど、話も合うしなにより女性に守って貰う方が、何かと、ねぇ。あ、田山三佐も同年配だったはず。あんまり話したことはないけど。

 上岡一佐は、王都訪問チームの警護計画も作ってくれた。これによると武装は(村の警護時にも使っている)テーザー銃に、特別な改造を加えたガスライフル。そして、ヴェルセン王国の剣を模して作られた剣。ふうん、剣ねぇ。いくら自衛隊員だからといって、さすがに剣の練習はしていないと思うから、むしろ日本刀の方がいいと思うけど。おそらくは、防衛省の判断ね。


 ”ザ・ホール”の奇妙な特性のひとつに、可視光を始め赤外線や紫外線、X線など、あらゆる周波数帯の電磁波を透過しないことが挙げられる。しかも、反射するのではなく吸収してしまうのだ。だから”ザ・ホール”は。それでいて、物体は通ることができる。ケーブルを”ザ・ホール”に通した状態で、地球と異界で通信ができるのかを確認した実験では、ケーブルをふたつの世界に渡すことはできても、そのケーブルを使った通信はできなかった。ケーブル内のパルスはどこかへ消えてしまったという。光ファイバーケーブルでも同様で、それ以降はケーブルによる常時通信の試みは行われていない。

 現在は、小型のロボットを使って、メッセージのやりとりを行っている状態だ。上岡一佐も、王都からの呼び出しがあったことを、すぐに政府へ伝えたのだろう。あんまり細かいことは言いたくないけれど、私をすっとばされるのは困るなぁ。文民統制シビリアン・コントロールはどうした、上岡一佐。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る