会議は踊る(2)

 会議は続く。

 

「それと、補給品と一緒にDIMOのレポートが、内閣府のコメント付きで届いています。“x2738”フォルダに入っています」

 DIMO――異世界調査管理機構《Difference universe Investigation and Management Organization》は、国連に所属する機関の一つ。”ザ・ホール”の存在が明らかになった際に作られた国際協力のためのパネルを母体して作られた組織。”ザ・ホール”の先にある別の世界に関する調査と情報の管理を担っている。


 詩の言葉に従い、USBメモリからタブレットにコピーしたx2738フォルダをクリック。認証画面が表示されたので、虹彩をカメラで撮影し本人確認を行う。フォルダの中には、数個のPDFファイルが入っていた。

「これトータルで何ページあるの?」

「えっと、五百ページくらいですかねぇ」

 巳谷医師の質問に、さらっと詩が答える。読むだけで、どれだけ時間がかかるんだ……。


「私で良ければ、概要を説明しましょう」

 名乗り出たのは、会議が始まってからずっと無言を貫き通してきたクールなインテリメガネ、迫田さんだ。どうも、この人は苦手だ。イケメン、ということもあるけれど、いろいろ聞いちゃったんだよねぇ。迫田さん、実は三代目の異界調整官に内定していたらしい。当然だよね、外務省で外交の経験をしっかりと持っている方が、調整役に相応しいよね。でも、なぜか文部科学省でもぺーペーの私が調整官に選ばれてしまった。なので、相当、私を恨んでいるらしいという噂が。確かに、銀縁メガネの向こうにある、ややつり上がった切れ長の目から、時々冷たいレーザー光線が私に照射されているのではないかと思うことが良くある。でも、しょうがないじゃん、私だって引き受けたくなかったよ。でも、折角入った行政だよ?たとえ霞ヶ関ヒエラルキーでは農林水産省と並んで最底辺にいる文部科学省であっても、私の夢を叶えるためには文科省にいる必要があるんだよ。

 ま、そんな苦しみも、あと一年。官僚は基本二年で異動になる。私もあと一年乗り切れば、日本あっちに帰って教育行政に携われるはず。


「今回のレポートでは、”ザ・ホール”それぞれの先にある世界が、個別の世界であると認定しています」

 国際機関DIMOは、日本の”ザ・ホール”と繋がっている異界ここと、アメリカ、オーストラリア、アフリカにある”ザ・ホール”の先にある世界は、それぞれ別の世界であると結論づけられた訳ね。つまり、五つの世界が存在すると。でも、同一世界であって遠く離れた惑星に繋がっているという「別星系(接続)説」や、ひとつの世界が分岐したとする「平行宇宙説」、実は地球の未来の姿だとする「同世界未来説」などもあるから、ここは「少なくとも同一の惑星ではない」くらいにしておけなかったのかしら。


「これを受けて、各世界の公式な名称を制定する動きが出ています。私たちにも異界ここの名称を決める資料の要請が来ています」

 名称……ねぇ。異界という日本における正式な名前が決まるまでにも、百家争鳴で様々な議論、いろいろな変遷があったっていうのに、そんなに簡単に決められるものかしら。えぇと、「異界」に決まるまでには、たしか「異世界」「裏世界」「第二世界」「アース2」といった候補があったはず。

 さらに言ってしまえば、私たちの故郷、日本が存在する世界を指す正式な名前もまだ決まっていない。”ザ・ホール”が出現するまでは、世界はひとつだけしかなくて、単に「世界」といえば、私たちの世界のことだったから、わざわざ名称を考える必要もなかったしね。


「それなんだけど、農作業を手伝ってもらったベルガラム村の人おとなりさんたちから、異界ここに伝わる神話を聞いてね」

 尾崎先生が、タブレットの資料を見ながら、思い出したように話し出した。

「もしかしたら、それが名称のヒントになるかも知れないね」

「どんな、お話なんですかぁ?」

 詩が尾崎先生に聞いた。

「それがね、よく覚えていないんだよ。ワハハハ。たしか、世界が割れてどうとかって話だったような」

異界側の調整官ヴァレリーズさんなら知っていそうですね。今度聞いてみましょう」


 その後、迫田さんからの説明が続いた。ホール4で繋がっている世界から、巨大なダイヤモンドが発掘されて、世界あっちでは大騒ぎになっているそうだ。便宜上、”ザ・ホール”には発見順に番号が付けられている。日本の”ザ・ホール”は、「ホール1」、オーストラリアにある”ザ・ホール”は四番目、「ホール4」だ。

「DIMOのレポートによれば、”ザ・ホール”を抜けて新しい世界へ移住したいという人間が増えているそうですよ、日本でも」

 やれやれ、現実を知らない人間はこれだから。他の”ザ・ホール”はいざ知らず、異界ここはいろいろと制約が多いのよ。第一、異界こちらの人間だったら、程度の差こそあれほとんどの人が使える魔法は、私たちでは使えない。|異界こちら》の人々の脳には、魔法を制御するための器官が備わっているけれど、私たちにはそんなものないからだ。しかも、|異界こっちの世界》では、魔法が使えない人間は差別の対象になる。魔法が使えない=単純労働しかできない、と考えられているからだ。当然、魔法の付けない私たち日本人も、差別の対象となっている。王国の人たちも村人たちも、表だって差別することはないけれどね。


 話がそれた。移住希望者が増えているって話しだっけ。法律上、この村は日本の領土だが、「異界法」が定める特別領地なので、いわゆる“居住移転の自由”は制限される。希望しても移住はできないし、蓬莱村ここに済む以上、共通の目的――すなわち、村の発展と日本国への奉仕・貢献が求められる。拒否はできない。だからみんな、最初は気負ったり緊張したりして過ごすことになる。けれど、しばらくこの村で暮らすと、それも忘れがちになってしまうのだけれど。

 そんなに来たければ、希望者全員を異界送りにすればいい、なんて暴言を吐いた政治家がいたらしい。まったくふざけた話だわ。無制限に移住者を受け容れられるほど、この村のキャパシティは大きくないのよ、まったく。


「現実問題として、この村にこれ以上の人員を受け容れる余裕はありませんしね、そこはさくらと迫田さんがなんとかしてくれるってことで」

「私は何も出来ませんよ。日本あちらに残っている、私の同僚ががんばってくれていますから」

 真面目か。鉄仮面迫田には、軽い冗談も通じないのであった。そりゃ、詩も苦笑いで返すしかないわよね。


「ひとつ、私の方から連絡があります」

 そんなクールな迫田さんが、発言した。

「なんでしょうか、迫田さん」

「昨日、王都より使者があり、我々にメッセージを届けて来ました」

「む? そんな報告は入っていないが」

 村の安全に責任を持っている上岡一佐が、一瞬気色ばむ。

「フクロウに似た夜行性の鳥を使ったメッセージです」

 村に張られている魔法の結界は、“村や村人に対して敵意のある存在”を近寄らせないためのものだし、レーザーに連動した接近センサーも上空は範囲外だ(これまで空飛ぶ魔物がいなかったから)。上岡一佐が渋い顔をしているのは、防衛計画を見直さなければと考えているからだろう。私はそれよりも、迫田さんのスタンドプレイが気になる。

「迫田さん、いつのまにそんな通信手段を王都側と結んでいたのですか? 私に報告がなかったのはなぜですか?」

「調整官、報告が遅れたことに関しては、申し訳ありません。メッセージは木製の筒にはいっていたのですが、それが安全なものなのか、メッセージが正規のものなのかをヴァレリーズ調整官に確認して貰っていました。安全が確認されたので、お持ちした次第です。こちらを」

 そういって、迫田さんは木の筒をテーブルの上に置くと、蓋を開けて中から丸められた羊皮紙を取りだして私に渡した。羊皮紙を開くと、異界の文字がずらずらと並び、文末には見たことのある王のサインと王家の焼き印が押されていた。

「ヴァレリーズ殿は、王家からの真正なものだと保証してくれました」

 私も、こちらの文字を少しなら解読できるが、長文となると時間がかかる。

「それで、内容は?」

「舞踏会への招待です」


 ぶ、舞踏会~~っ?!

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