幕間 異端の才能はどこかに隠れている
※迫田視点
「それでは、しばらくよろしくお願いします」
「夜は舞踏会ですから、遅くならないようにしてくださいよ」
「判っています。では~」
かねてより、
王都をぐるりと周回する乗り合い馬車に乗り、迎賓館から少し離れた地区へと移動した。商業地区の外れにある古びた屋敷が目的地だ。屋敷の門を潜ろうとしたとき、田山三佐が声を掛けてきた。
「迫田さん、何者かが我々を尾行していますよ」
あぁ、気が付いていた。あれだけあけすけに尾行されると、それがカムフラージュなんじゃないかと思えるくらいだ。
「恐らく城の人間か、その配下のものでしょう。襲ってくることはないと思いますから、放置しましょう」
ふと阿佐見君のことを考える。あちらにも尾行がついたのだろうか? ついていても、彼女なら気が付かないだろうな。自然に笑いがこみ上げる。おっと。笑い顔を見せないように、私は戦陣を切って屋敷の中へ進んだ。
門扉には、青くくすんだ光をわずかに光らせた魔石が埋め込まれていた。私は、それに魔石を握りこんだ手をかざした。
ドアが開くと、奥から声が聞こえた。
「二階じゃ。勝手に入ってくるがいい」
その言葉に従って、私たちは二階へと歩みを進める。田山三佐は油断なく周囲に注意を配っている。二階は八畳ほどの部屋だったが、そこかしこに分厚い書籍や丸めた羊皮紙の束が置かれ、壁という壁には図や数式が書かれた羊皮紙が貼られていた。そんな物置のような部屋の片隅で、机に向かって何かを書いている人物がいた。
「はじめまして、ブロア師」
「ふん。師などとよばんでもよい。別世界から来た者よ」
振り返った人物は、長く白い髭を蓄えた老人だった。
「会いたいという手紙を受け取ったから、会うことにしたが、いったいわしに何の用じゃ?」
「我々と交流していただきたく……」
「はっ! 異端と罵られ研究もままならぬこの身に、何を求める。何もないわ! 判ったらとっとと帰れ!」
教育機関と言えば、魔法中心のこの世界では、彼のような志を持った人間はつまはじきにされる。異端であるからこそ、我々に利用価値がある。
「ちょっとよろしいでしょうか? 私も星の研究をしている者なのですが……」
「ぬ? 星じゃと?」
ブロア師が、ぐりっ! と目を剥いて階先生を睨み付ける。
「え、えぇ。夜空に煌めく、あの星ですね。あの星たちの運行を研究しています」
「ふん、別世界にもこんな酔狂をする者がいるのか」
「私だけではありませんよ。私たちの世界では、数万、いや数億の人間が星に興味を持っているのです」
「なんじゃと?」
「ですから、研究も盛んです。星の運動だけではありませんよ? 星の種類を分類したり、分光装置で……分光、スペクトル、おわかりになりますか?」
「馬鹿にするな! 水晶を通すと光がいくつかの色に分けられることじゃろが」
「そうです、そうです! で、その分光法を使って、星の温度や……」
天体物理学者の階先生が話し出すと、さっきまで拒絶していたブロア師も会話に引きずり込まれていった。しばらく先生に任せた方がいいだろう。その間、私はメガネに仕込んだカメラを起動させ、部屋にあるさまざまな図形や記号、数式を記録していった。
「なんなんですか、ここは?」
危険はなさそうだとわかった田山三佐が、私に問いかけてきた。どうやら手持ちぶさたらしい。
「ブロア師は、
「こっちにも天文学があるんですか?」
「いや、ないよ。ブロア師は異端なんだ。役にも立たない星のことを調べる変わり者としてね」
「へぇ……でも、どうしてわざわざ面会に来たんですか?」
おおむね記録が終わった私は、三佐に振り返った。
「小早川先生の要望だよ。
「なるほど」
田山三佐は、私の説明で納得したようだ。ふむ。単純で助かる。確かに小早川先生の要望でもあったが、もっと別の理由もある。
「おお! やはり地動説であれば、星の逆行運動が説明できると!」
「えぇ、それに……将来は……」
「なんと! ふむふむ……」
二人の天文学者は、専門分野で打ち解けたようだ。この調子なら、今後も上手くいきそうだな。不安なことといえば、ファシャール帝国の動きか。戦争が始まってしまうと、動きにくくなるな。こればかりは、どうしようもないので、情報収集に力を入れよう。
困難だからこそ、やりがいもある。
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