幕間 魔法があっても人は人
王都では、
「騒がしいことよ」
王都の中心近く、一際高い塔の上で、一人の男が呟いた。男が見下ろす窓からは、人々が歓喜の声を上げる大通りが見渡せた。
「まったく、陛下にも困ったものだ」
「民草の意気を高めようというのは、わからぬでもないがな」
「にしても、ニヴァナの民と言ったか? あのような出自も判らぬ蛮族共、魔法も使えぬ
下賤な者どもに頼ることはあるまいよ」
部屋にいた、他の男たちが口々に口を開く。誰かに聞かれれば、不敬罪にも問われかねない発言だ。
「……だが、彼らが
窓から離れた位置に座っていた、五人目の男が言った。影になって顔は見えないが、その態度からこの場でもっとも高い階級にいるものだと判る。
「なるほど。予断を持って事に当たってはならぬ、ということですな」
一人の男が追従するように言うと、他の男たちも慌てて賛同の意を表す。
「これまで慎重に、時間を掛けて積み上げてきたのだ。些細な失敗も許されぬ」
そう呟く男の瞳は、窓から見える王宮をひたと見据えていた。
□□□
凱旋パレードが行われた翌日、魔導宮。
魔導宮は、四隅に塔が立つ正方形の建物だ。塔は、赤、青、緑、黄の旗に彩られており、それぞれが火、水、風、土の四大属性を表している。四本の塔が護る中央のドームが、魔導宮の中枢部であり、その中にある“四相合議の間”にヴァレリーズはいた。
「……これが、私が目撃し行動したすべてです」
ヴァレリーズは、
「うぅむ、オールト師を信じぬわけではないが、なんともはや、想像を絶する話じゃな」
そういって、エグバート師は頭を抱える。
「だが、ほれ。ここにこうして写し絵もある」
ボルド・アングレス師は、一枚の紙を持ち上げて見せる。そこには、
「そう、それよ。紙だけでも驚異であるのに、その紙に風景の時を止めて封じ込めるなど、そんな魔法聞いたこともない」
古今東西の魔法に精通していると言われる、アンデリック・ブライ師が困った顔でテーブルの上に散らばった紙を指し示す。
「この魔法の解析は進んでおるのか?」
「うむ。すでに写真とやらを魔法で再現する試みを、魔法探求部が行っておる。目の前にある風景を写し取る魔法は何とかなりそうだと報告を受けている。だがな、問題は紙の方だ。これは魔法で再現できる代物ではない」
ブライ師の質問に答えたのは、マルコ・サバス魔導大臣だ。
「まさか、異世界の者たちに――今はニヴァナと決まったのであったかな? 彼の者たちにくれ、というのもなぁ」
「紙に関しては、必要であれば譲り受けることは可能かと」
「まことか!」
ヴァレリーズの言葉に、喜びを露わにしたのはサバス魔導大臣だ。
「はい。魔石と引き替えですが。それよりも、条件が合えば紙の製法を教えてもよいと……」
「なんだと! して、その条件とは?」
ヴァレリーズとサバス大臣の会話に、エグバート師が割り込む。
「サバス師よ、話がずれておるぞ。今は、
「そうであった。ヴァレリーズよ、紙の話については後でな」
「はい。お師匠様」
サバス魔導大臣は、ヴァレリーズの師匠筋に当たる人だ。お互いに固い信頼関係で結ばれている。それ故、ヴァレリーズが異界調整官に任じられたのだろう。
サバス魔法大臣が、気を取り直して口を開く。
「
サバス魔導大臣は、二枚の写真を指し示す。一枚は、黒い
「オールト師の報告を信じるなら、そして
あの場にいた全員が目撃した黒いオーラは、静止画でも動画でも、映像には一切残っていない。だが、黒くなった
「“悪神の眷属”――悪神デモールの下僕か」
創世神話に曰く、世界がバラバラになった原因を作った神。一般にはおとぎ話のように伝えられているが、長い歴史の中には悪神、あるいは悪神の眷属による悪事の痕跡がいくつか確認できるのだ。高位になればなるほど、自然との結びつきを強く意識するようになる魔導士たちは、悪神の存在を疑っていなかった。王国魔導宮では、少なくとも悪神のような人間に対して悪意ある存在がいるのではないか、と確信しているのだ。
「新たなる証拠、というわけですな。そして、
「かつて、賢者様が予言された、闇の侵食が始まっているのかもしれん」
ここに集まった者の中で、唯一、賢者と会って話したことのあるブライ師が言った。
「だが、希望もあるぞ。ヴァレリーズは“黒き瘴気”を打ち払う光の魔法陣を顕現させたというではないか」
愛弟子の活躍をうれしそうに話すサバス魔導大臣。
「あの瘴気を目の当たりにし、とっさに思い浮かんだ術式です。よく覚えていないのです」
「いや、“黒き瘴気”を打ち払ったというのなら、失われて久しい光属性の魔法なのかも知れぬ。それを探求していけば、光属性魔法の復活も……」
エグバート師が、光属性探求の願いを口にしようとした、その時。それまで固く口を閉ざしていたアズリン師が割って入った。
「闇だの光だの、くだらん。闇属性も光属性も、すでにこの世から消え去ったもの。今更調べて難になる」
「しかし、アズリン師よ」
「それよりも!」
アズリン師が、ドン、とテーブルを叩く。
「この異世界の、ニヴァナの民が使った兵器! これこそ問題にすべきではないか!」
「アズリン師。彼らは味方だぞ?」
サバス魔導大臣がアズリン師の暴言を咎めるが、彼は時節を引っ込めようとはしなかった。
「今は味方だ。今はな。お主らは、
「アズリン師! 言葉が過ぎるぞ! そもそも
「ニヴァナの民とは、平和的な条約も締結しておる。わしも何人かに
アズリン師以外の四名は、アズリン師の極端な考えに異を唱える。
「いつから魔導宮は、このような腰抜けばかりになった! 王国のため、魔導を駆使せよ、常に敵に備えよ! それがなぜ判らぬ?」
「落ち着け、アズリン師よ。そのような考えをいたずらに振りまくものではない」
ブライ師の忠告も、アズリン師には届かなかったようだ。
「今日はここで失礼する」
彼はそう言い残して、部屋を去って行った。
「一体、どうしたと言うのだ」
サバス魔導大臣の言葉は、ここにいる一同の思いと同じだった。元々、アズリン師は、物静かだが探究心に優れ、魔法の可能性を信じていた一人だったはずだ。残された魔導宮首脳とヴァレリーズは、腑に落ちないものを心に残しつつ、議論を再開した。
□□□
「まだ問題点もあるが、今回の
ニヴァナの民――日本から提供された写真は、丁寧に重ねられて魔導宮にある研究室へと運ばれていった。
ヴァレリーズは、会議終了とともに、深々と頭を下げて部屋を辞した。魔導宮の中央ドームの周囲にある回廊を歩きながら、ヴァレリーズは胸に忍ばせた“写真”を服の上からそっと抑えた。その写真には、ヴァレリーズと彼の愛する娘、エイメリオの姿が描かれていた。その写真のことを考えると、ヴァレリーズの口元に笑顔が浮かんでしまう。
「サクラさんには、お礼をしなければな」
ヴァレリーズはそう呟いて、魔導宮を後にするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます