異界調整官 ~異世界で官僚、奮戦す~

水乃流

プロローグ


 ちゅど〜〜ん!!


 轟音と共に、衝撃波がプレハブの壁を揺らした。

「も~~っ!」

 週報レポートを書いていた私は、タイピングの指を止めてプレハブ小屋からダッシュで飛び出した。小屋の壁に立てかけてあった電動スクーターに跨って、ポケットから取り出したキーを差し込み、電源を入れるやいなやスロットルを全開にして走り出す。

 目指すはの西、煙が立ち上っているので目印になる。青い空に灰色の煙は目立つ。けが人がいないといいけど。


 モーターの音を響かせながら村を走り抜け、二分程で現着した私は、ジャンプするようにスクーターを降りた。スタンドを立てる時間がもったいないので、可哀想だけどスクーターは倒しておく。ごめんね。着地の衝撃で少しずれた眼鏡を片手で直しながら、煙を見上げてぼーっと突っ立ったままの人物に詰め寄る。その先には、小さなクレーターが見えた。煙はかなり薄れている。良かった、延焼したりはしていないようだ。


教授プロフェッサー! また! 何か! やらかしましたね!」

「あ~、さっくらちゃん、早かったねぇ」

 私の怒った声も何処吹く風と、にへらにへらと笑っているこの人は、いわゆる天才と呼ばれる科学者だ。しかし、実態は狂った科学者マッドサイエンティストだと私は思っている。何度も何度もこんな騒ぎを起こして、そのたびに多くの人が(主に私が!)迷惑を被っているのだから。


「で、今日は何をしてくれちゃったんですかッ!」

「ふむん、魔法原動機マギエンジンの実験だよ」

魔法マギって……まだ、諦めていなかったんですかぁ……」

 一部では、傾国の狂科学者あいつにまかせたらおわりという二つ名を持つ美貌の科学者は、私が願っても得られない豊満な肉体を包んだ白衣を翻し

「だって、思いついちゃったんだからしかたない。まぁ上手く行かなかったけどね」

「プロフェッサー御厨みくりや……あなたって人は……」

私は思わず大きなため息をついてしまった。また、始末書を書かなきゃならない。まったく……。

「いつも言っているじゃないですか。実験の前には、必ず申請してくださいって」

「だって、そんなことしたら実験止めさせられるか、延期させられるじゃない?」

「しませんよ、そんなこと……ちゃんとした実験なら」

「あたしは、“ちゃんとした”実験だと思うんだけど、違う意見の人が多くてねぇ」


「いつもすいません、桜さん」

 これからのあれこれを思い、絶望感に囚われている私に声をかけたのは、御厨教授の助手である榎田えのださんだ。クレーターの中で、爆散した試作品の残骸を回収してきたらしい。横に“文科省”と書かれた白いヘルメットの下で、榎田さんの白い歯が煌めく。

「ご苦労さん、後で解析するから実験室の中に運んでおいて」

 残骸が入ったコンテナボックスを抱えながら、榎田さんは了解ですと答えて、実験室という名のプレハブ小屋へと歩き去った。苦労しているのは私だけじゃないみたい。


「さて、これはどうするかね」

 まるで他人事のようにクレーターを眺めて呟きやがりましたよ、この女性ひとはッ!でも、こんな大きな穴をそのままにもしておけない。なんとかしないと。


 と、その時、背後から馬の足音が聞こえた。音の聞こえる方に顔を向けると、馬に乗ってこちらへ近づく人影が見えた。馬上の人影は、腰まである長い銀色のストレートヘアを、キラキラと煌めかせている。鋭い眼差しと強く結ばれた唇は、意志の強さを感じさせる。そして、薄緑色に染められた魔導服は、無駄のない引き締まった肉体を包んでいる。

 ヴァレリーズさんだ。一応、私の同僚ということになっている。フルネームは、ヴァレリーズ・オールト。

「これはまた、派手にやりましたね? 何度目ですか?地球そちらの人間は学ぶということを知らないのですか?」

 と、彼は馬上から私たちに話かけた。低いバリトンは、癒しではなく突き刺さる痛みを与えるのよ。正論過ぎて、反論の余地もない。


「サクラさんが許可したのですか?」

 非難の矛先が、こっちに向いた。やばい。 

「いやいやいやいや、そんなわけないでしょう!」

 強めに否定しておく。本当に知らなかったのだから。でも、一応これでも責任者という立場だからなー、教授にだけ責任を押しつけるのもなー。


 私がそんなことを考えているうちにも、ヴァレリーズさんは馬を降りてクレーターの端に近づく。その惨状を見てあきれたように頭を振ったあと、おもむろに両手を広げ詠唱を始めた。


「母なる大地よ。土の精霊よ。我が祈りに応えその姿を変え給え、整地フラットランド!」


 詠唱に応えるように、ヴァレリーズさんの前に輝く魔方陣が浮かび上がる。同じようにクレーターの上にも魔方陣が。するとクレーターの土が、まるで生き物のようにうねうねと盛り上がっていく。あっという間に窪地が平らになった。

「土魔法は苦手なので、後で誰かに仕上げさせなさい」

 ヴァレリーズさんはそう言い残すと、再び馬上の人となり颯爽と立ち去っていった。クールなイケメンだわ。私は彼の後ろ姿から視線を外し、さっきまで大きな穴が空いていた場所を見つめた。クレーターの痕跡を示すのは、土の色だけだ。苦手という割に、みごとな土魔法を繰り出した。地面は何もなかったように、真っ平になっている。こちらに来てもう一年になるが、何度見ても本当にって不思議。


 ――そう、ここは魔法のある世界。日本政府わたしたちが異界と呼ぶ世界。

そして私は、世界あちら異界こちらのスムーズな交流を任務とする、異界調整官なのだ。


□□□


 十二年前、北アメリカとオーストリア、アフリカ、そして日本の四ヵ所に、突如として現れた黒い穴――”ザ・ホール”。各国政府の管理下に置かれ、調査が行われた結果、”ザ・ホール”の先には、我々の世界とは異なる世界、異界の存在が確認された。

 日本政府は異界への進出を決めるが、異界文明とのファーストコンタクトに失敗、惨劇が起きてしまう。それをなんとか収拾したのは、調査団に加わっていた外務省官僚、鬼大崎 俊一きおおさき としかずだった。その後、日本政府は「未知環境における行動規範ならびに諸手続きに関する法案」、いわゆる「異界法」とその関連法案を制定、即時施行。”ザ・ホール”の先にある世界の正式名称を「異界」と定め、同時に鬼大崎を「異界調整官」に任命、日本と異界の調整役とした。


 そして一年前、三代目の異界調整官として任命されたのが、本編の主人公、阿佐見 桜あさみ さくらである。

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