秘すれば花なり

 私たちの目の前に、見あげるようなドラゴン――古代竜エンシェント・ドラゴンが、舞い降りた。身体の表面を覆う鱗は、一枚一枚がキラキラと黄金に輝く羽根のようだった。


『残弾、ありません!』

『バッテリー残量、二十パーセント』

『フレシェット弾、用意しますか?』

『通用すると思うか? アレに?』

 隊員たちの会話がインカムから流れてくる。もう、ドラゴンに対抗するすべはない。ヴァレリーズさんも、なすすべなく地面に座り込んでいる。圧倒的強者の威厳、というより荘厳な芸術品、けっして傷つかない美しさがある。遠くにいる騎士さんたちも呆然としている。

 しかしまぁ、なんで、こう次から次へと。でも、私は私の仕事をしよう。ドラゴン相手でも意思疎通できることが判ったんだ。戦うだけが道じゃない。


「阿佐見さん?!」

「ふえっ?」

 突如として、私の身体が光り出した、と思ったら、光る玉の中にいた。何を言っているのかと思うかも知れないが、私も何がなんだか判らない。戸惑っているうちに、玉が私を乗せたまま、ふわりと浮き上がった。そのまま上へと昇っていく。


「うわぁぁぁ」

 思わず胸元のペンダントを握りしめた。暖かい。なんだか不安が消えて落ち着けた。そうね、どうにもならないもの。なるようになれ、当たって砕けろ! 砕けたらいろいろ困るけどっ!

 私を包み込んだ光球は、古代竜エンシェント・ドラゴンの顔と同じ高さで止まった。ドラゴンと目が合う。真珠のようなキラキラと輝く瞳だ。



「異なる世界から訪れし娘よ。我が名はゴクエン。ドラゴンを統べるものであり、人間ヒトと約定を結びしものだ」

 声が聞こえた。古代竜エンシェント・ドラゴンの声。どこから聞こえるのか判らないけれど、とりあえずコミュニケーションが取れるってことね。でも、ゴクエンって。極遠? 獄炎? なんだか日本風の名前にも聞こえる。

「ゴクエンさん、でいいのかしら? ご丁寧な挨拶、どうも。私は、阿佐見桜です。日本という国の調整官です」

 ドラゴンの挨拶なんて知らないから人間流だけど、礼には礼を返さないとね。


「あぁ、。此度は、我が同胞はらからが迷惑を掛けた」

 なんだか少し引っかかる言い方だな。

「あの、どうしてこんなことに?」

「アレは、力を望み力に飲み込まれてしまった愚かな赤子であった」

 あぁ、やっぱり。何かの影響で、自我を失ったということかしら。だったら、助けることができたかも知れない……。ごめんなさい。

「いや、もうああなっては、戻ることはできん。死は自ら招いた運命といえよう。お前たちが謝ることではない。それに、今際の際に再び自分を取り戻せたのは、お前たちのお陰と言えるのだよ」


 古代竜エンシェント・ドラゴンが、視線を下に向ける。その視線の先は、動かなくなったドラゴンの身体が横たわっている。さっきまでは、あんなに巨大で凶暴に見えたのに、ここから見ると小さく儚げに見える。ゴクエンさんの悲しみがこちらにも伝わってくるような気がして、私も悲しくなった。


「あの子の名前は、なんというのですか?」

「真名はあるがそれは家族だけのもの。他者が呼ぶべき名は……ない。そろそろ名付けても良い頃だと思っていたのだがな。そうだ、娘よ。お前が名を与えてはくれぬか?」

「私が?」

「そうだ。我も人間から名をもらった。ゴクエンという名は気に入っておるよ」

 名前……せめてもの手向けになるのなら。

「飛翔……ヒショウ、はどうでしょう?」

 再び大空を飛んで欲しい。そんな願いを込めて。

「ヒショウか。ふむ。いいだろう」


 そうだ、確かめておかなくてはいけない。私は、目の前の古代竜エンシェント・ドラゴンに問いかける。

「ところで、さっきのアレ……あの光は、ゴクエンさんですか?」

「そうだ。我のブレスだ。“悪神の傀儡”どもが悪さをしようとしていたのでな。取り憑かれてしまった者には悪いことをしたが、もはや助ける術はなかったのだよ」

 つまり、“悪神の傀儡”とやらに取り憑かれたエトナーさんごと、ブレスで消してしまったと。“悪神の傀儡”というのは、あの黒いオーラのことね、たぶん。


「あれは、地上にあってはならぬものなのだ。ブレスで一気になぎ払うなど、お主たち人から見れば乱暴に見えるかも知れないがな」

「いえ、私たちには対処でなかったでしょうから」

「ふふ。それはどうかな? 少なくとも、お前はシルシを持っているではないか」

 なんのこと? 私の疑問を置き去りにして会話を続けるゴクエンさん。

「我がもう少し早くこちらに来ることができればよかったのだがな、少々手間取った。もっとあの男の忠告を聞き入れておくべきだった。それを認めるのは業腹だがな」

 フッフッフと、ゴクエンさんが笑う。なんだか懐かしそうな表情に見える。いや、ドラゴンの表情なんて判らないけど、なんとなくそう感じるのよ。

「迷惑を掛けた償いに、幾ばくかの品を残していこう。我には不要のものだが、人間たちは喜ぶであろう」

 賠償金、ってことかしら。


「そして、お前にはこれを……受け取るがよい」

 古代竜エンシェント・ドラゴンの言葉と共に、私の前に小さな光の玉が現れた。なんだろう?

「右手を伸ばすが良い」

 不思議に思いつつも言われた通りに右手を前に伸ばした。すると、光の玉がするすると私の手に近寄って……指輪になった。右手の薬指に光る指輪には、ドラゴンの顔とおぼしき刻印が、その周りには象形文字のようなデザインが刻まれている。あれ? どこかで見たような気が……。

「“竜の護り”だ。きっとお前の役に立つだろう」

 なんだかよく分からないけれど、「ありがとうございます」と私は頭を下げた。

「古き約束に従ったまで。だがな、これでは不十分かも知れぬがな」


 真珠色の瞳を光らせて、古代竜エンシェント・ドラゴンが私に語りかける。

「よいか、小さき娘よ。これからのちもお前やお前の仲間たちに、様々な試練が降りかかるはずだ。だが、お前たちならきっと乗り越えられる。お前たちの世界とこちらの世界の者が力を合わせれば、な」

 急に予言めいたことを言い出す古代竜エンシェント・ドラゴン、ゴクエンさん。えぇと、一般論だよね? 一般論って言って。試練が待ち受ける運命なんて、やだなぁ。


「そしていつか……時が来たら、東を目指せ」

「東?」

「険しき山を越え、海峡を渡れ。その先に、お前は真実を見るだろう」

 なにそれ。いきなりファンタジーな展開なんですけど。

「いやぁ、当面は無理かなぁなんて。村の運営もありますし」

「時が来れば、おのずと判る。お前の行動が、この世界を正しき方向へ導くと、我は期待しておるのだよ」

 いや、過大評価だよ、古代竜エンシェント・ドラゴンさん、只の公務員に何を期待するのよ。


「ゴクエンさん。さっきからすごく気になっているんですけど、あなた、少し仄めかしが多すぎません? 判っているなら、ちゃんと教えてもらえると助かるんですけど」

 ヴァッハッハッ、とゴクエンさんが笑う。

「秘すれば花なり、というのだろう?」

 え? それって。

「ハッハッハッ。お前との会話は楽しかったが、そろそろ仕舞いにしよう。我は去る。この小さきもの、ヒショウの亡骸は我が持ち帰るぞ……ではな、また会おう」

 ゴクエンさんがそういうと、私を包み込んだ光球は、ゆっくりと地上へ戻っていった。



 地上に着いた瞬間、光の玉ははじけるように消えた。

「阿佐見さん!」

「桜ちゃん!」

「サクラさん!」

 皆が口々に私の名を呼びながら駆け寄ってきた。一陣の風が吹く。古代竜エンシェント・ドラゴンさんが翼をはためかせゆっくりと上昇していく。その手には、ヒショウの身体が。私は、ゴクエンさんの姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。

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