ダンスはうまく踊れない(1)
舞踏会の準備をする時間を見越して、オールト子爵邸を辞した。ヴァレリーズさんは、明日に備えて調べたいことがあるといって、書状を私に託して舞踏会は欠席するという。うん、久しぶりに会えた娘だもの。親子水入らずで過ごしたいよね。
迎賓館に着いて、ハタと気が付いた。
私、ドレスの準備していない!
すっかり忘れていた。というか、舞踏会なんて習慣ないから、何を準備して良いかも判らず後回しにしてそのままだった!
「やばい! どうしよう、詩!」
ところが、詩は泰然自若、余裕の表情を浮かべていた。
「ふっふっふ。こんなこともあろうかと!」
詩に案内された部屋には、何着ものドレスと靴が用意されていた。
「ちゃぁんと用意してあったのでした。詩ちゃん、えらいでしょ?」
「おお! えらい! 詩ちゃんすごい。普段の仕事はアレだけど、こういうことは怠らないわねっ」
「ちょっと言い方、ひっかかるけど、まぁ、いいわ。一緒に選びましょ。私はもう決めてあるから」
数着は日本から持ち込み、数着は今日、こちらの古着屋から買ってきたものだという。布が少ない
結局、詩が日本から取り寄せた、薄い水色の半袖ドレスにした。デコルテ出すなんて、勇気はありません。詩は、ノースリーブの黄色いドレスに同系色のショール。日野二尉は、軍用礼服着用ということで、考えないのはうらやましい。
ヴェルセン王国では、女性が肌を出すことはあまり褒められないこと、と言われているらしいが、ごめん、私にはこの長袖と引きずるようなロングスカートを着て踊るなんて、無理。あ、基本的に踊らない方向で考えているけれど、万が一を考えてのことよ。
もうひとつ、王国ではショートカットの貴族はいない。だから、普段の髪型で舞踏会に出席したら、何を言われるか判らない。そこで、わざわざウィッグを用意してきた。詩は、キャバ嬢みたいなモリモリのウィッグを被らせようとしたけど、それは阻止。普通のアップスタイルにした。これでも自分史上かつてないほど、盛っている気がするけどね。
コンコン、と部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」と声を掛けると、入ってきたのは迫田さんと部下の人たちだった。それぞれモーニングで決めている。こうした機会も多かったのだろうか、私と違って着こなしている。なんかズルい。
「おや? 阿佐見さん、今日は眼鏡ではないのですね」
「え? えぇ、コンタクトは苦手だけど、たまにはいいかなぁ~なんて」
ホントは、今日みたいに盛った髪型で眼鏡を掛けると、おばさんぽく見えるからだ。あくまで私の主観だけど。
「ふぅん……」
顎に手を当てながら、迫田さんが私の顔を覗き込んできた。
「な、なんですか?」
「いや……なかなか似合ってますよ」
へ? 迫田さんもお世辞を言うんだ。
「
「詩、ちょっとあっちで話し合おうか?」
「いーやー」
私たちがふざけ合っていると、それを迫田が手を叩いて止めた。ここは幼稚園か!
「はいはい。そのくらいにしてください。さて、みなさんには、これを付けていただきます」
彼らが差し出したのは、ネックレスやブローチ、ブレスレットなどの装飾品だった。
「あら? こっちでも用意しているけど」
詩の言葉に迫田さんが首を振る。
「これはマイクとカメラ付きアクセサリーです。腰にはこちらの機械を着けていただきます」と、小さな黒い箱をかざした。
「アクセサリーが拾った音と画像がこの機械に送られ、さらに中継器を経由して馬車に送られます。中継器は我々が会場に持ち込みます」
要するに、スパイ道具だ。嫌悪感が顔に出てしまったのだろうか。迫田さんが私に向かって言った。
「これは阿佐見さん、貴女のためでもあるのですよ」
「私のためって……」
「貴女、異界人の顔を区別できないじゃないですか」
そうでした。ヴァレリーズさんとか、つき合いが長い人の顔は覚えたが、二、三回会ったくらいじゃ覚えられない。ましてや大勢の集まる会場、会った人の顔を覚えられる自信は皆無だ。でも、それって私に対して失礼な話だし。
「後でデータベース化します。重要人物は、ちゃんと覚えるようにしてくださいよ」
「……はい」
返す言葉もない。
私に迫田さんが説教している間に、詩は真ん中に大きな宝石をあしらったネックレス。日野二尉は、「すでに帽子に組み込まれています」ですって。知らなかった。う~ん、私の知らないところで、陰謀がうごめいている気がする。
「じゃ、これにします」
私は、それほど派手ではないブローチを選んで、手を伸ばした。首にはすでに、祖父の形見であるペンダントが掛かっているからね。ペンダント自体は見せびらかすつもりはないので、ドレスの中に入れているけどね。ブローチに目が行けば、ペンダントにも気が付かれないでしょう。さて、さっさと着けてしまおう。そう思って伸ばした指が空を切った。私がブローチを持ち上げるより先に、迫田さんがブローチを取ったのだ。
「え?」
思わず変な声を出してしまった。しかし迫田さんは気にした風もなく、私に一歩近づいてそっとドレスにブローチを着けてくれた。
「あ、ありがとうございます」
でも、恥ずかしいです。もう少し離れてください。
「では、テストします。みなさん、そのままで」
迫田さんたちが、機械を色々いじりながら小さな画面を覗いている。
「音川さん、角度が悪いので、ネックレスはもう少し長い方がいいですね……今のままだと天井ばかりを映すことになりますから。少し胸から垂らす感じの奴を……」
天井ばかりを映すって……あぁ、肝心のカメラ部分が詩の胸に乗っかっちゃうって訳ね。それを冷静に指摘する迫田さんも怖いわ。
「これでオーケーです。みなさん、ご協力感謝します」
そういって、迫田さんたちは撤収していった。舞踏会はもうすぐ始まる。
□□□
ゲーテスさんに案内され、私たちは会場の前室で待機していた。招待客ということで、会場入りは比較的遅い。すでに舞踏会の会場には客が集まっているようで、静かな音楽もかすかに聞こえてくる。
「どうぞ、みなさま。こちらへ」
準備が整ったらしく、ゲーテスさんが私たちを呼びに来た。舞踏会に参加するのは、私と詩、日野二尉の女性陣と、迫田さんと巳谷先生、田山三佐の合計六名。男性陣が女性陣をエスコートする形だ。御厨教授は、魔道具屋で買って来た玩具をいじっているらしい。
私は、迫田さんの腕に手を回して歩き出す。私の後ろから、巳谷先生にリードされた詩が付いてくる。廊下の先にある扉が開かれると、音があふれ出た。大勢の人のざわめきと音楽。そして、人々の視線が私たちに注がれる。
「異世界より来られたご客人方の、ご入場でございます」
高らかな宣言が響く。あぁ、やめてー恥ずかしー。思わず手に力が入ってしまった。その手を迫田さんが、軽く叩く。大丈夫、そんな声が聞こえた気がしたが、喧噪と音楽の中に紛れてしまった。
ホールの入り口は、二階部分にあった。入り口に入ってすぐの部分は、広いバルコニーのような作りになっている。そこで、ホールを見下ろしながらゆっくりとお辞儀をして挨拶したあと、階段を使ってホールに降りた。私たちが案内された場所には、小さなテーブルが用意されており、飲み物や軽食が載っていた。すっ、と給仕が近寄り、みんなに飲み物を渡していく。光に漉かしてみると薄い黄金にも見える。シードルのような色合いだが、口に含んでみると、ややきつめのアルコールだった。蒸留酒か。
ホールの片隅には、音楽隊が演奏をしていた。弦楽器や打楽器、管楽器だが、
そして、それらの音を、指揮者が風魔法で調整しながら、音を拡散させている。大きさや音色の調整もやっているのかな? うん、とにかく楽器の一つをサンプルで欲しいな。使えないけどさ。記録している動画だけでも、
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