ダンスはうまく踊れない(2)

 私たちの周りには、すぐに人が集まってきた。いや、正確には迫田さんと巳谷先生の周りだ。集まってきたのは、比較的地位の低い貴族たち。なんとかして異世界人わたしたちと接点を持とうとしているのかな。高い地位の貴族や王族は私と面識があり、日本代表の異界調整官が私であることを知っているから、この状況を面白そうに見ているのだろう。王国内の政治には干渉したくないし、特定の貴族に肩入れすることもしたくない。迫田さんなら、うまく捌くだろう。

 ふと、視線を振ると、田山三佐と日野二尉が、体格の良い人たちに囲まれていた。帯刀こそしていないが、その体格や身のこなしから騎士であることが窺える。なるほど、騎士さんたちは男女差別しないのか。


「サクラさん、お元気でいらした?」

 声を掛けてきたのは、マルナス伯爵夫人だ。私も返事を返す。

「おかげさまで、マルナス伯爵夫人。そちらもお変わりなく」

 伯爵夫人は、手にした扇の後ろから、小さな含み笑いをこぼしながら、私の方へ身体を寄せた。

「今回も……アレはお持ちいただけたかしら?」

 アレ、とは、生理用品である。

「もちろんです。明日、お城に上がるので、その際にお持ちできますよ」

「そう! 良かった。いつものように、家の者に伺わせますわ。お礼は、いつもの通りで構いませんこと?」

「えぇ、もちろん」

「では、明日」

 伯爵夫人は、スッと私たちから離れて行った。

 夫人には、王国の文化や歴史が判る書物や文化的な道具などを集めてもらっている。そのお礼がアレでは気が引けるのだが、公爵夫人は日本製のアレを使って、社交界での地位を向上させているとも聞いた。マルナス伯爵夫人に肩入れしたつもりはなかったが、最初にコンタクトしてきたという点で、その勇気に対する報償と言えるかも知れない。こちらとしても、伯爵夫人のネットワークには助けられている。

 私とマルナス伯爵夫人の関係は、迫田さん(=外務省)もざっくりとは知っているだろうが、細かい点までは伝えていない。例えば、招待されたお茶会で会話に上った噂話とかね。しばらく王都に留まることができるなら、少し情報収集してみよう。で、王都との連絡手段を構築してみよう。迫田さんには内緒で。


 突如、音楽が止み、手持ちの鐘ハンドベルが鳴らされた。

「ヴェルセン国王であらせられる!」

 荘厳な音楽が鳴り響き、ヴェルセン国王が会場へ入ってきた。続いて、王妃、二人の王子と王女が続く。王家の入場に、会場から割れんばかりの拍手が起きる。

「今宵は楽しむがよい!」


「オー! アルクーラ! アルクーラ!」


 王が片手を挙げながら叫ぶと、ホールにいた全員が口々に王家の名を呼び讃えた。王は喝采を浴びながら、ゆっくりと階段を降りてきた。そして、王族専用の場所へと移動する。特別に設えた席に王が座ると、有力貴族たちが移動を始めた。王へ挨拶するためだろう。こんな時にも挨拶して忠誠を誓わなくちゃいけないとは、貴族も大変だな。


 王への挨拶をしている集団から、一組のカップルが私たちの方へ近づいて来た。

「やぁ、サクラさん」

 オールト子爵夫妻だ。

「子爵様も、いらしてらしたのですか」

「サクラさん、そんなにかしこまらず、フィンツと呼んでください。それよりもお連れのみなさんに紹介していただけないだろうか」

「もちろんですわ。フィンツさん」

 私は、その場にいる日本人に、フィンツさんとエミリアさんを紹介した。

「ヴァレリーズさんにはお世話になっております」

「ほぅ、お兄さんも魔導士なのですか」

「今後ともよろしくお願いいたします」

 皆は、それぞれに挨拶を交わしていった。

「身贔屓だと思われるかもしれませんが、兄の私から見ても、弟は優秀な魔導士です。貴方たちのお役に立てているようで、うれしく思います」

 うん。フィンツさんはいい人だ。

「サクラさん、また遊びにいらしてね」

 もちろん、エミリアさんもいい人だ。機会があれば、必ず伺うと約束する。その時には、エイメリオちゃん用に何か玩具を持っていこう。村に帰ったら手配しておかないと。



 王への挨拶もほぼ終わった頃から、ホールの中央では数組のカップルによるダンスが始まっていた。ダンス……私も、異界こちらへ派遣される前に一通りのレッスンは受けた。ステップも地球あっちと余り変わらないという。いや、地球のステップもよく知らないので判断しようがないけれど。しかし、パーティーでも壁の花になっていることが多い私に、ダンスはハードルが高いミッションだ。

 ふと気が付くと、詩がどこぞの若い貴族と踊っている。なにその早業。でも、ダンスは彼女にまかせればいいか。なんて、ぼんやり眺めていたら、すっと照明が遮られた。

「一曲、ご一緒していただけませんか?」

「ふぇっ?」

 驚きのあまり、へんな声を出してしまった。何しろ、目の前にいるのがこの国の第一王子、ドーネリアス・アルクーラだったからだ。


「えぇぇ、どうして……」

 困って周りを見渡しても、助けは来ない。あ、巳谷先生! 助けてっ! と思ったら、巳谷先生は笑いながらサムズアップ。それ、中東とかだと侮辱するサインですからねっ!

 オロオロしている間に、ドーネリアス王子は私に近づき手を取って、ホール中央へと導いた。もうこうなったら仕方ない。

「あ、あの、私、初心者なので」

「ご心配なく。私がリードしますよ。力を抜いて、私に身を預けるようにして……」


 手慣れているのだろうか。私は王子のリードで、ゆっくりとしたリズムに合わせステップを刻んだ。時々、怪しいところもあったけれど、おかしくは見えなかった……はず。

 緊張やらなんやらで、一曲がとても長く感じられた。顔近いよ、王子。なんだか、良い香りもするし! こうして、近くで見ると、全体の造形は父親似だけれど、目は母親にそっくりだ。

「サクラさん、そんなに緊張しないで」

「いえ、あ、えぇ……あれ? なぜ私の名前を?」

「以前、陛下に謁見された時、私もその場におりました。その時から、お近づきになりたいなと思っていたのですよ」

「そんな、私なんか」

「謙遜なさらずに。女性でありながら一国の代表でいらっしゃるのでしょう? もっと堂々とされていればいいと思いますよ」

 王子はにこやかに笑いかける。だから、近いって、まぶしいって!


「貴女の国では、女性も高い地位に就くのでしょう? 我が国もいずれそうならねばと思っているのですよ。女性の能力を野に埋もれさせるなど、愚の極みだと思いませんか?」

「私の国でも、まだまだ男女平等とは言えませんよ」

「それでも貴女は、がんばっておられる。是非、ゆっくりとお話を伺いたいものです」

 ちょうどその時、曲が終わった。王子は私から身体を離すと、手を取ったまま会釈をし、仲間たちのところまでエスコートしてくれた。紳士的な振る舞いだ。異界こっちの社交界では当たり前なのかもしれないけれど。


「ふぇぇえぇ~っ」

 用意されていた椅子に、どっかりと腰を下ろしたら、ドッと疲れが溢れた。そんな私の目の前に、グラスが差し出される。

「ありがとうございま……す?」

 グラスを差し出してくれたのは、迫田さんだった。ちょっと意外だったので、疑問系になっちゃった。

「王子は、何か言っていましたか?」

 迫田さんが私を見下ろしながら問いかけた。目が怖いよ。

「モニターしていたんじゃないんですか?」

「貴女は、全員の音声を一度に聞くことができるのですか? 録音は、村に帰ってからチェックします」

 さいですか。

「王子は何か探るようなことを言われましたか? あるいは、その、貴女を侮辱するような事を」

 迫田さんに問われて、疲れた頭を絞ってドーネリアス王子との会話を思い出してみる。

「いえ、何の変哲もない自然な会話だったように思いますが……」

「そうですか、ならば良いですが、くれぐれも話す内容に気をつけてくださいね」

「……わかっています」

 グラスを迫田さんに返しながら、つい、きつい口調になってしまった。迫田さんあなただって、多くの女性と踊りながら何か話していたじゃないの。


 舞踏会というのは、社交の場であり情報交換の場だ。特に力のない貴族たちにとって、宮廷内のパワーバランスを見極めるためには、こうした場で目を光らせていることが重要だ。時にはそれが、自分の命運のみならず、家の運命を左右することにもなるのだから。

 私たちのような、いわば異物は、そうした王国内のパワーゲームにおいて微妙な立場に立っている。私が第一王子と踊ったことですら、憶測を働かせて動き回る人間もいるのだと、迫田さんが解説してくれた。だから、気をつけろと。王の庇護下にあるだけではなく、今後の王国運営に影響を与えるような動きをしていると受け取られれば、有力貴族から何かと理由を付けて排除される危険性もある。日本われわれとしても自衛手段は着々と整いつつあるが、無駄な争いは避けたいところだ。

「だって、あちらから申し込まれたんですもの、断れないでしょう?」

「そんな時には、『先約がありますから』と断れば良いのですよ」

「先約なんてないし」

「私と踊れば良かったんですよ」

 なにそれ。とにかく王子と踊ったことが、変なメッセージと受け取られかねないのだと迫田さんは言う。知らないわよ、そんなの。


□□□


 夜も深くなり、舞踏会もあと一、二曲で終わろうとした時だった。

「貴女が、サクラさん?」


「はい――えっ!」

 振り返った私の、目の前にいたのはカイン王子、この国の第二王子だ。

「ふぅん……別の世界から来たっていっても、外見以外はそんなに違わないんだね」

「え、えぇ、まぁ」

 物怖じしないカイン王子は、確か先日成人を迎えたばかりのはず。歳がアバウトな異界こっちでは、親(もしくは後見人)が宣言すれば成人と認められる。私たちの基準で言うと十五歳くらいが成人になるラインらしい。ただし、貴族だけの話だ。農村部では、年齢に関係なく、小さい頃から働いている。

 カイン王子の場合、王都で成人を祝う式典が催された。日本うちからも祝いの品を贈ったはず。しかし、まだまだ子供だと思わせる無邪気さだ。年齢が、私の半分くらい、そう考えると、ちょっと嫌。


「じゃぁ、踊ろっか!」

 王子の合図で、曲がアップテンポなものに変わった。

「え、えぇーっ!」

 無理矢理に手を引かれ、踊りの中へ引き釣り混まれた。ドーネリアス王子のような優雅さもなく、むしろ粗々しい。それでもしっかりステップは踏んでいるようだ。私も一生懸命付いていくけれど、すぐに息が上がってきた。こんなに体力なかったっけ? 村に戻ったら走り込みしよう。

「ハハハ! たのしいねぇ!」

「そう、です、かっ、それは、よか、った、です、ねっ」

 振り回されながら、舌を噛まないように気をつけて言葉を絞り出した。

「ハハッ! サクラは面白いな!」

 面白いんじゃない、必死なんだ!

「サクラたちが僕らを滅ぼすって言う連中もいるけど、信じられないなぁ」

「そんな、こと、できませんよっ」

「そうだよねぇ、魔法も使えないしねぇ……でも、僕らより進んだ技術がある。さすがに【知恵】を授けられた人間だと思うよ」

 創世神話か。二つめの世界「ニヴァナ」が、私たちの世界だとカイン王子は言っているのね。エミリアさん――オールト子爵夫人にも言われたっけ。分かれた世界か。地球の神話や聖書には、そうした記述は思い出せない。なぜだろう? そういえば、聖書にある「カインとアベル」はどちらが弟だったっけ?

 曲が終わった。もうへとへとだ。カイン王子もハァハァと息を荒げている。そして息を整えると、いきなり私の肩を抱き、耳元で囁いた。

「技術と魔法、どっちが強いかやってみない?」

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