異界調整官、奮戦す
冬来たりなば、春遠からじ。
一面の雪に覆われた蓬莱村の様子を見て、私は知らずため息をついた。悪神の眷属を滅ぼしてから一ヶ月ほどが経過し、
村の運営?
これが思った以上に順調だ。冬場なのでインフラなどの土木作業は進まないが、科学的な研究やこれまでに収穫した農作物の解析なんかは順調だ。雪が降る前に完成した図書館も、なかなか評判が良いようだ。春になれば、また村の拡張計画にも着手できる。うん、順調。村の運営で困っていることはないよ。
私を悩ませているのは――。
『よろしいでしょうか?』
扉をノックする音に続いて声が聞こえた。
「どうぞ」
「失礼します」
入室を許可すると、扉が開いて
「領民よりの嘆願書をお持ちしました。アサミ
そういって、ホールースさんは私の目の前に紙の束を置いた。二百枚くらいあるかな? 村には字が書けない人もいるから、書き取りができる人も手配したけれど、大変な作業だったろうに。
「ご苦労様」
「もったいないお言葉です」
ホールースさんは、私の前でひたすら恐縮している。
「
領地といっても、蓬莱村に隣接した土地で、ベルガラム村を含めた三つの村と一つの砦があるだけだ。
春になれば、砦は増築され、兵も増員される予定。蓬莱村も、辺境伯領までの道をアスファルトで舗装することになっている。すべては雪が融けて、春がやってきてからだ。
公務員が爵位を与えられることに関しては、まったく問題にならなかった。
私としては、そんなに軽いことじゃないと思っているけど。あのヘルスタット王のことだから、
そんな王の思惑に乗るのは悔しいが、少しずつ技術は教えるつもりだった。具体的には、紙の製法ね。辺境伯領内で、コウゾに似た植物も見つかっているし、小麦の藁もたしか使える。さすがにパルプ工場を建てることはできないけれど、伯爵領内で和紙っぽいものを作ることはできるようになるだろう。それは、
それにしても、やはり皆の前で
なんでも王都では、私のことを「
もう一つの悩みは、私が所属する文部科学省から何も言われないこと。秋の時点で、次の配属先が内々々定レベルで伝えられていたのに、王都の動乱後、異動の話がまったく伝わってこない。そろそろ引き継ぎも考えなきゃいけないのに、
□□□
折衷案として、ある魔法術式を組み込んだ魔石を、巳谷先生が外科的手術で埋め込むことが提案された。この施術によって、アズリン師が魔法を使うと、魔石がそれを感知して心臓を締め付けるというものだ。
アズリン師に追従し、クーデターに参加した人たちは、それぞれに処罰された。アズリン師の処分で私たちに大きく譲歩した王国は、これらの処罰については嘆願を受け容れてもらえなかった。これ以上引けば、王国の権威が傷つき、第二第三のアズリン師が出てくるかも知れないと言われたら、こちらは何も言えなくなってしまった。
御厨教授が魔改造したソニック君は、王宮の中庭に突入した後、レールガンの威嚇射撃やスタンウェブで兵士に対抗していたが、教授ご自慢の
教授は、「
それから、なぜか蓬莱村への移民が増えている。
これは、王国の税制が関連している。王国は人頭税ではなく間接税であり、徴兵の義務も税の一つ。同じ徴兵なら、リスクの少ない領地が良いということで蓬莱村を選ぶらしいが。一方で、蓬莱村はれっきとした日本領なので、移民は難民申請することになる。そう簡単に受け容れることはできないので、移民希望者はベルガラム村に住んでもらっている。村に負担を掛けることになるので、その分は蓬莱村が支援しているが、なんだか段々体力を削られているような気がしないでもない。これは、
政府への支援要請文書を作成していると、タブレット端末が音を立てた。確認すると、詩から一斉メールで、臨時の会議を開くという。何か緊急事態だろうか?
□□□
「みなさん、忙しいところをありがとうございます。急にお集まりいただいた事には理由があります」
迫田さん、巳谷先生、尾崎さん、小早川先生、上岡一佐、そして私が集まったところで、詩が口を開いた。なんだか芝居がかっているなぁ。こういう時はろくな事がないと、私の中で経験が大声で叫んでいる。
「政府から通達がありました。
「……え?」
ちょっと、待って。
「また、蓬莱村も寄せ集めではなく、きちんとした組織編成になります。それぞれの所属や職位などは、こちらにあります辞令に書いてあります」
詩が、みんなに白い封筒を渡して回る。受け取った封筒を開けると、A4用紙が数枚入っていた。がさがさと、紙をめくる音だけが部屋の中に響く。私も、中身を見た。白い紙の戦闘に大きく太い文字で、こう書かれていた。
阿佐見桜を異界調整官に任ず。
その下に、異界調整官の職務と責任、そして権限がズラズラと並んでいる。おおむねこれまでと変わらないが、良く読むと全権大使的な内容も含まれている。
「なにこれ――」
抗議を口にしようとして、一番下の小さな文字に目が止まった。そこには。
なお、異界調整官の任期は、未定とする。
「なんだってーーっ!」
辞令を握りしめた手がフルフルと震える。ちょっと待て、ちょっと待ってーーっ!
過呼吸になりそうな私の肩を、詩がぽんと叩いた。
「骨を埋める気でがんばってね♡」
私の苦労は、終わらない――。
異界調整官 ~異世界で官僚、奮戦す~ 水乃流 @song_of_earth
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