凱旋 ~威風堂々

「ご無事で何より」

 村で私たちを待っていたのは、迫田さんだった。

「迫田さん! なんでここに!」

「王都で打ち合わせしていたら、阿佐見さんたちを迎えに出るというので、付いてきました」

「迎えって?」

 迫田さんの後ろから、おずおずと男の人が現れた。

「ご、ご無沙汰しております……」

 今にも消え入りそうに頭を下げているのは、グレアムさん。舞踏会に招待された時、村から王都まで案内役として付いてくれたお役人さんだ。


「グレアムさんじゃないですか! お久しぶりです。どうしたんですか?」

「王のご下知、いや、異世界の皆様への、王からの感謝とお願いを伝えに罷り越しました」

 なんだか言葉はやたらと大仰な感じがする。ひたすら恐縮しているような態度は、私の隣にヴァレリーズさんがいるからかな?

「そうですか。一体どのような?」

「えぇ、それがですね……」

 グレアムさんは、助けを求めるように迫田さんに視線を送ったが、迫田さんは肩をすくめただけだった。言外に「私の仕事じゃありませんノット マイ ビジネス」と言っているみたいだ。グレアムさんは、迫田さんからのヘルプがないと分かって、大きくため息をついて口を開いた。

「実は……」


「サクラ!」


 グレアムさんが王からのメッセージを伝えようと口を開いた時、突然扉が開いて男の子が部屋に飛び込んで来た。ヴェルセン王国の第二王子、カイン・アルクーラだった。

「へ? なぜ王子がここに?」

 突然の出来事に、なんだか間抜けたことを口走ってしまった。


「僕――じゃない、私はこの国の王子だぞ! どこに行こうと自由なのだ!」

「そう……ですか」

「なんだ、それは。もっと喜べ、サクラ!」

 喜べと言われましても。助けを求めようとグレアムさんを見たら、グレアムさんの方がパニクっていた。何かを掴むように空中を手でかき混ぜながら、あわあわと言っている。だめだ。その時、助け船を出したのは、ヴァレリーズさんだ。やはり頼りになる。

「殿下。ご尊顔を拝し光栄の極み。しかして此度はどのようなご用件でございましょうか」

 静かに会釈して、王子を見据える。口調は柔らかいが、重ねてきた経験がカイン王子を黙らせた。

「あ……う、うん。ドラゴンを倒したという、サクラたちの兵器を早くみたくてな。無理を言って押しかけたのだ。さぁ、サクラ、案内しろ!」

 やれやれ。ここは、別の人に頼もう。

「殿下、私は王よりの伝言を受けなければなりません。案内は別の者にさせましょう。――上岡一佐、お願いできますか」

「了解です。さぁ、カイン殿下、参りましょうか」

 少しふてくされた表情を見せた王子だったが、兵器おもちゃが見たいという欲望が勝ったようで、素直に上岡一佐の後を追った。よしよし。

「それで、グレアムさん。王の伝言とは?」

「それなんですが……」

 ヴェルセン国王からの伝言は、私にとっては罰ゲームのようなものだった。


□□□


「凱旋パレードですか」


 その夜、日本側の主立ったメンバーが集まったところで、グレアムさんが持ってきたヘルスタット国王のについて話した。見事、ドラゴンを退治した私たちに、王都内で凱旋パレードをして欲しいというだった。断ったら、まずいよね。

 古代竜エンシェント・ドラゴンさんが残していった財宝も、良く見えるように展示しながらパレードして欲しいということなので、注目は私たちじゃなく財宝にいくだろうけれど。私、昔からパレードみたいな晴れがましいことは苦手なのよ。


「具体的に、我々は何をどうすれば良いのでしょうか?」

「あぁ、それについては、私の方で話合っておきましたよ」

 迫田さんは、いつも手回しがいい。というか、私いらないじゃん。

「そんなこと、ありませんよ。阿佐見さんは主役ですからね」

「主役って、何をさせる気ですか」

 ニヤリ、と迫田さんが笑った。絶対笑った。

「なに、車の上で笑いながら手を振っていればいいんですよ」

 あぁ、これは何かワルダクミをしている顔だ。でも、それを指摘したら、さらにドツボにはまるパターンの奴だ。この場は逃げよう。

「少し気分が良くないので、外の風に当たってきます」

 そう言い残して、私は建物の外に出た。


 外に出ると、ソニックくんの側に、カイン王子と上岡一佐がいた。上岡一佐がソニック君の装備を説明して、それをカイン王子が熱心に聞いているようす。カイン王子の護衛は……いた、少し離れたところからこちらを見ている。

「おお、サクラ! すごいな、ニヴァナの技術とやらは」

 近づく私に気が付いた王子が、興奮気味に話しかけてきた。

「それはどうも。ん? ニヴァナって、たしか」

「あぁ、創世神話の第二世界だ。お前たちは民衆の中で、ニヴァナから来たと噂になっているぞ」

「そうなんですか?」

 後日確かめたら、私たちに対する呼称が「ニヴァナの民」とか「ニヴァナ人」とかに定着しつつあるようだ。デファクトスタンダードだ。どうしようもない。


「サクラ、舞踏会の時に行ったこと、覚えてる?」「えぇ。ですがあれはあの場限りの、ご冗談だと思っていますよ」

 舞踏会の夜ね。笑いながら「戦ってみない?」なんて聞かれたので、びっくりした思い出が。

「うん? まぁ冗談ではなかったんだけど、あれは撤回するよ」

「それは、良いことです」

「撤回するから、これ、僕にくれない?」

 は? 突然何を言い出すかと思えば。王族ならではのわがままということかな? でも、ここはきちんと言っておかないと。日本人わたしたちは、ヴェルセン王国の属国ではないし、アルクーラ王家に対し忠誠を誓ったわけでもない。立場としては、あくまで対等、のつもりだ。だから王族と言えども、要求を拒むことに躊躇いはない。

「だめです。これは、玩具ではないのですよ」

「即答だなぁ。判っているさ、玩具じゃないことくらい。僕には、力が必要なんだよ」


 よくないな、そう思った。日本で言えば中学生くらいの男子が「力が必要」なんて言葉を使うなんて。私の中にある教育者としての矜持に、火が付いた。

「殿下、少し二人きりでお話できませんか?」

「ん? 構わないよ」

 私が目で合図すると、上岡一佐はうなずき宿の方に戻っていった。王子の護衛たちは、王子が手で合図すると、少し離れた場所に移動した。

「さて、人払いさせてまで、なんの話だい? 気が変わってこれをくれるというなら、大歓迎だ」

「違いますよ」

 冗談めかして言ってはいるが、半分以上本気を感じる。

「殿下は、なぜ力が必要だとお考えなのですか? まさか、反乱をお考えなのではないですよね?」

 王子が、私の言葉に驚いた表情を見せた。

「これは……ずいぶんと真正面から切り込んでくるね。さすがニヴァナの民だ。この国のことを知らな過ぎる」

「これは失礼しました。なにぶん、日本わたしたちのくにとは状況が異なるので、浅はかな私には判断が付かないのです」

「あぁ、持って回った言い方はしなくていいよ。もっと素直な言葉で話して欲しいな。サクラが真正面から来るなら、僕も真正面から返すから」

「そうですか。では、本当のところ、何に困っているの?」

 カインがにやりと笑う。あまり子供っぽくないな、と思った。いや、近頃の中学生はこんな感じなのだろうか?


「私の王位継承権は第二位。このまま何事もなければ、兄上が王位に就く。そうなれば、私は公爵となって適当な領地を譲ってもらい、そこに引っ込むことになる。ただし、それも兄上に世継ぎが産まれるまでだ。そうなれば、私は兄上にとって邪魔な存在でしかなくなる」

 私の脳裏に、ドーネリアス王子の真面目そうな面影が浮かぶ。

「そんなことはないと思いますよ。ドーネリアス王子は、それほど悪い人には見えません」

「あぁ、兄上は真っ直ぐでいい人だ。たぶん、王になってもいい人で、決して愚王となならないだろう……でもね、サクラ。国は王だけが動かしているわけじゃない」

 そう呟く王子の顔は、寂しげだ。

「王に世継ぎが生まれれば、私を廃しようとする者が現れる。すぐじゃない。すぐではないけれど、まだ見ぬ甥がある程度成長すれば、私を邪魔と思う人間は増えるだろう」

 カイン王子は、ソニック君の車体をポンと叩く。

「その時のために、私は力が欲しい。手を出せば、痛い目を見ると思わせるような、力が」

「ずいぶんと、先を見ていらっしゃるのですね」


 カイン王子の考えは、正しいのかも知れない。でも、間違っているかも知れない。ドーネリアス王子に世継ぎが生まれないかも知れない。生まれても幼くして亡くなってしまうかも知れない。色々な可能性がある。そう、可能性。カインは、こんなにも未来を見据える能力があるというのに、自分の可能性を考えないのはなぜ?


 今、カイン王子に、その考えを変えさせることはできないだろう。それは、たぶん長い時間を掛けて構築された城のような思考だから。でも、それではいけないと私は思う。お節介かも知れないけれど、カイン王子には、いろいろな可能性があることを知って欲しい。


「カイン殿下、面白いものをお見せしましょう。どうぞ、こちらへ」

 私はカイン王子を案内して、指揮車の内部に招き入れた。

「へぇ、中はこんな風になっているのか……なにやら細々とした意匠が施されているな。何に使うんだい?」

「いろいろな情報を集めて、分析するところです。私たちが持っている頭脳の一つ、というところでしょうか」

「へぇ。どうやるの?」

「それは、また別の機会に。今、ご覧いただきたいのは……少しお待ちを」

 私は一台のパソコンを立ち上げ、サーバーの中から、異界こちらの人向けに作製した動画を探した。ナレーションが入る前の、仮編集版ラッシュだけど。

「あった、これだ。再生しますね、こちらをご覧ください」

 液晶ディスプレイの角度を、王子が見やすいように調整する。王子の目は、見たこともない機械の画面に釘付けだ。そして、動画の再生が始まった。


「あ……」

 カイン王子の口から、声が漏れる。

 画面には、見慣れた風景が映っている。ただし、日本人わたしたちにとっての話だ。乱立するビル群、電光掲示板、街中に溢れる広告、行き交う車、大勢を乗せて走る電車……そして、王子と同年代の若者たち。様々なファッション。

 画面が切り替わり、学校の様子が映し出される。登下校の様子や授業風景、クラブ活動。

「これが、あなたたちがニヴァナと呼ぶ、私たちの世界。ずいぶんと様子が違うでしょう? 殿下、今映っているのは、あなたの歳と同じくらいの子供たち。彼や彼女たちは、まだ親の庇護下にあって、様々な勉強をするのです。勉強だけじゃない、社会に出るための準備をしているのです」

「社会に出るための、準備……それは、どんなこと?」

「そうですね、話す力や読む力、計算とか。集団で生活することで、規範や人との接し方を覚えます」

「それは、楽しいのか?」

「う~ん、正直に言えば、人それぞれですね。でも、私は楽しかった。あの日々があるから、今の私があると、断言できます」

「行ってみたいな……」

「いつでも。歓迎しますよ」

「よいのか?!」

「えぇ、もちろん。成人された殿下であれば、ご自分で決められるでしょう?」

「しかし、僕は……今は……」

「ですから、いつでも。殿下が行きたいと願えば、私はそれを全力で叶えましょう」

「本気か? なぜ、そんなことを?」

 私を見た王子の瞳は、潤んでいた。

「殿下には、いろいろな可能性があることを――力が必要ではない道もあることを知っていただきたいのです。少なくとも、今から将来を決めてしまうことだけは、あなたのためにも、あなたを慕う人たちのためにも止めて欲しいと、そう考えているのですよ」


 カイン王子は、ふぅ、と息を吐いた。

「すまないな。別の世界の者にまで心配をかけてしまったようだ。許して欲しい」

「もったいないお言葉です」

「だから、そんなかしこまった話し方は止めよ……二人でおるときは」

 あ、照れる姿はちょっと可愛いじゃない。

「ん、わかったわ、王子。さっきの話は嘘じゃないわよ。あなたには他の世界も見て欲しい。その上で、将来を考えて欲しい。だから、ね」

「うむ。いろいろと話してみる。父上と……兄上に」

 そうだね、そうしてくれると、おねぇさんもうれしいよ。


□□□


 翌朝、王子とその護衛たちは、一足先に村を発った。

 私たち、というか迫田さんがグレアムさんと取り決めた内容通り、昼過ぎに王都に着くよう出発した。ダニーさんを除くキャラバンの人たちは、村でお別れだ。短い間だったけど、楽しい旅だったよ。


 王都に入るための門はいくつかあるが、中でも最大の門は南向きの南壁門だ。幅が10ヴェル(20メートル)以上ある。壁の内部には、左右に巨大な門扉が収納されていて、いざとなればその扉で門を固く閉ざすことができるようになっている。

 凱旋パレードは、南壁門に着く前から始まっていた。なにしろ、南壁門の周囲には、様々な店が軒を連ね、大勢の人間が働いていたからだ。その中の一人が、目敏く私たちを見つけて騒ぎ出してしまったため、なし崩し的にパレードが始まったのだ。


「いや~まいったなぁ~」

 ソニック君の車体から顔だけを出した田山三佐が、「困った」と繰り返している。しかし、その口調は酔っ払いに似ている。

『田山、そんなに困っているなら、操縦を曹長と代わってもいいぞ』

「! いえ、そんなことはありません!」

 インカムから流れる上岡一佐の言葉に、はっ、と背筋を伸ばす田山三佐。

『ならばしっかり指揮を執れ。阿佐見さんを振り落とすなよ』

「はっ!」

 そんなやりとりを、私はソニック君ので聞いていた。二本のレールガン砲塔の間に、私は立たされていたのだ。安全ベルトが着いているとはいえ、怖いものは怖い。もう泣きそう。そんな私の気も知らず、王都の人たちは私たちを歓迎してくれている。


 パレードは、私を乗せたソニック号を先頭に、ヴァレリーズさんを乗せた馬、二台のワンボックス、竜の財宝を詰んだ無蓋の馬車を引っ張る四駆が二台、そして、王から派遣された騎士の一団と続く。


 そんな車列を見て、道の端に並んでいる人々は、口々に「ニヴァナの民」とか「ヴェルセン王国とニヴァナに栄光あれ!」とか叫んでいる。さすがに「ドラゴン殺し!」は、褒め言葉に聞こえないぞ。


「オールト師!」

「ヴァレリーズ様!」

 馬上で手を振るヴァレリーズさんへの声援も多い。へぇ、有名人なんだ。


 パレードを見守る人の中には、見慣れぬ鉄の馬車(しかも馬がいない!)に驚いている人もいる。


 やがてパレードは門を潜り、城壁の内部へ。住民がいないので静かだが、ちらほらと見える兵士が手を振ってくれている。王都の大通りへと出ると、歓声はさらに大きくなった。道端で手を振る人、建物から花を投げ込む人、王都中の住人が集まっているかのような大騒ぎだった。

『ちゃんと、応えてあげてください』

 指揮者の中にいる迫田さんが、インカムを通じて私に指示を出してくる。迫田さんの冷たい指示に、泣きそうになりながらも従って、私はソニック君の上から手を振り続けた。あぁ、明日は間違いなく筋肉痛だわ。

 でも、沿道の人々が浮かべる笑顔を見ていると、こちらの気分まで高揚してくるから不思議。ヘルスタット王の国威高揚策に乗せられていることは判っているけれど、それでもいいかと思えるくらい楽しいのも事実だ。パレードの後方、ドラゴンの財宝を乗せた屋根なし荷馬車の辺りで、一番歓声が大きくなっている気がするけど、それも許せるよ、今なら。


 こうして、パレードはアルヴェン城に入るまで続いた。城の中でも、盛大な歓迎を受けたが、その詳細を描写するのは止めておく。なんだか、気恥ずかしくなってしまうので。

 ヘルスタット王も、諸手を挙げて歓迎してくれた。本当に私たちがドラゴンを倒すとは期待していなかっただろうが、表面上はそんなことをおくびにもださない。外交官としては、すばらしい能力だ。私の場合、そういった役は全部迫田さんに振ることにしている。


 盛大な歓迎の宴も開かれた。舞踏会のような格式張ったものではなく、正に宴会だ。旅の間は粗食だったので、久々のごちそうに舌鼓を打った。これは、ワイロじゃない、よね?

 大いに飲み、笑い、食べた一日だったが、そんな私たちを苦々しく思っている人たちがいるなんて、その時は全然まったく一ミリも気が付いていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る