幕間 DIMOレポート


(文書名)DIMO Special Report 026

(カテゴリ)B 許可された者のみ閲覧可。複製および持ち出し不可。


(要旨)ホール1で発見された伝承と現実の一部符合に関する見解と考察。

(本文)

 日本が管轄しているホール1が繋がっている世界で、その世界に常駐している調査員から、世界に伝わるという伝承がDIMOに伝えられた。その中で、重要と想われる点を抜粋して記載する。伝承の詳細については、SAKOTA Report H2-#2724を参照のこと。


1)世界は元々ひとつだったが、「インタタス」「ニヴァナ」「サントロヘナ」「ヨツングラ」「ゴダナント」「ロー」の六つに分かれた。

2)ホール1に通じている世界は、インタタスである。

3)我々の世界はニヴァナである。

4)サントロヘナは獣の世界である。

5)ヨツングラは巨人の世界、ゴダナントは人魚の世界である。


 まず、1)に関して我々の世界で調査したが、同様の神話伝承は見つけられなかった。しかし、ホール2に繋がる世界での協力者によると、似た伝承があるとの報告が上げられている。(詳細は、CLAIR Report H2-#1257を参照)それによると、彼らの星にはかつて六つの大陸があったが、ある厄災により他の大陸は消えてしまったという。現時点で、ホール1世界における神話との関連性を確定させうるものではないが、引き続き調査が必要であろう。

 続いて2)および3)については、ホール1世界の原住民による主観でしかなく、彼らの神話が真実に近い(神話や伝承は、時として真実を含んでいる)としても、彼らの世界がニヴァナ、我々の世界がインタタスである可能性は否定できない。

 そして、4)に関して。基地の通り、ホール2が繋がっている世界には、これまで我々が怪物モンスターと呼んできた伝説上の生き物――吸血鬼ヴァンパイア獸人セリアンスロープ(半獣半人含む)、ドワーフ、エルフなど――に酷似した知的生命体が存在する。彼らをしてビーストと呼称することは語弊があるかも知れないが、人類ヒューマンレイスから見れば、そう見えたとしても不合理はない。

 これらの点から、ホール1世界の神話が真実を含んでいる可能性は比較的大きく、だとすれば、ホール3およびホール4が繋がっている世界には、巨人あるいは人魚が存在する可能性が高いということになる。それを踏まえた慎重な調査が求められる。


□□□


「なんだ、この報告書レポート! 俺らのことをビースト呼ばわりしてんぞ!」

 ゲラン・トーチは、手に持ったタブレットをテーブルに叩きつけた。どちらも壊れていないことから、彼が本気でないことが分かる。

「君は、正にビーストじゃないか」

 ルースラン・レイアールがゲランをからかう。どちらも、異世界調査管理機構――DIMOのエージェントだ。

「ンだと、こら!」


「あー、どっちもやめやめ。冗談何だか本気なんだか、人間こっちにはわかんないんだから、止めてくださいよ、もう」

 同じくDIMOエージェント、ホール2担当のクレア・ロバートソンが二人を止めた。

「そうだ、そういうじゃれ合いは、“ザ・ホール”の向こうでやって欲しいね」

 迫田は、珈琲を飲みながら静かに呟いた。ここは日本、外務省の一室。今日は、日本外務省とDIMOとの会議が行われている。事務方の打ち合わせはすでに完了しており、今は、日本の外務大臣と異界局局長、そしてDIMO長官ジョン・バーナードの会談が行われている最中だ。長官の付き添いとして来日したDIMOエージェントたちは、やや手持ちぶさたで、たまたま異界あちらから戻ってきていた迫田が、ありがたくない接待役を仰せつかったという訳だ。接待役といいながら、迫田は接待らしいことは何もしていないが。


「“ザ・ホール”といえば、私たちがホール1……インタタス、だっけ? あちらにはいつ行くことができるのかね?」

「おぅ、それそれ。異界あっちには、魔法って奴があるんだろう? どのくらいのモンか、手合わせしたいぜ」

 ゲランの言葉に、ルースランが態とらしく大きなため息をつく。

「これだから狼は……乱暴で粗野で知性のかけらもない」

「おい、こら、吸血鬼ヴァンパイア! 偉そうにほざいてんじゃねぇぞ! もういっぺん、百年戦争始めるか、こら!」

「だーかーらー! やめてくださいってば!」

「クレアも大変だな」

 口元に笑いを浮かべた迫田は、哀れみの目をクレアに向ける。

「カズも、そんな同情の目を向けないで! 二人を注意してください!」

 プリプリと怒るクレア。冷静沈着を求められるDIMOエージェントにあって、クレアは喜怒哀楽をはっきりと示す方だ。そんな彼女が、エージェントとしてホール2を担当しているのは、ホール2が繋がっている世界の吸血鬼ヴァンパイアが建国した国、ヴァン=エルク=クランの実質的No.2であるレイアール伯爵に気に入られているからだ。



「ゲランもルースランも、それくらいに。クレアが困っているでしょう? 止めないと伯爵に報告しますよ」

 迫田の言葉に、首をすくめて大人しくなる二人。彼らにとって伯爵は逆らえない人物の一人だ。特に、ルースランにとって伯爵は祖父にあたるため、何かあれば故郷に強制帰還させられてしまう。そして、迫田はある事件を通して、伯爵と繋がりが。切っても切れない絆。故に、伯爵は迫田の声に耳を傾けざるを得ない。逆もまた真ではあるのだが。


「そんなこと、言うなよ、カズはだろ?」

「どっち側でもありません」

 すがりつくゲランに迫田はにべもない。そこにルースランが爆弾を落とす。

「カズは、異界……インタタス側だろう? 何しろ、気になる女性が異界あっちにいるとか」

「えーっ! どどどどういことですかっ!」

 食いついてきたのは、クレアだった。

「どうもこうも、おい、ルース、適当なことを言うな」

 ルースランは、ニヤニヤと笑っている。

吸血鬼ヴァンパイアって、人の心をもてあそぶ傾向があるよな」

「失敬な。私は――」

 ちょうどその時、控え室の扉がノックされ、DIMO職員の一人が顔を覗かせた。どうやら会談が終わったらしい。

「さて、仕事に戻りますかーっ」

「私はこれでお役御免だな。帰れるよ」

「どこにですかっ!」

 クレアは、ルースランの言葉が気になっているらしい。

「局ですよ、異界局。夜にはまた会うことになりますから」

「そうですか。その時にははっきりさせてくださいねっ」

 迫田は肩をすくめただけだった。「何を?」などと口にすれば、大変なことになることくらい、これまでの経験、特に異界あっちでの経験で、いやというほど知っているのだ。

 三人が出て行った部屋の中で、迫田は一人呟く。


「はやく帰ろう」

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