それさえもおそらくは平穏な日々(2)
蓬莱村の北西側は、現在、森の伐採が行われている。木材を調達する目的もあるが、整地した後三百メートル程度の滑走路を作る計画だ。数年間、村のあちこちで風向や風速を計測した結果、この場所に決めた。
「電動航空機、だっけ? いつ頃になりそうなの?」
「有人の電動航空機はまだ先ですよ。UAVが先です」
詩の質問に、迫田さんが答える。
有人、つまり人が乗って飛べる飛行機は、JAXAと
「UAVって、今ある奴なら滑走路はいらんだろう?」
巳谷先生が言っているのは、
「いえ、想定しているのはもっと大きなUAV、具体的に言えばRQ-1グローバルホークです」
自衛隊も導入したドローンね。
「それがなぁ……そちらも困ったことになっているんだよ」
上岡一佐が説明してくれたのは、
「そもそもDIMOの提案は受け容れられませんよ。機体だけじゃなくて周辺機材やスタッフも込みですからね」
自衛隊のグローバルホークを盛ってくることができれば一番なのですが、と上岡一佐は言う。彼が心配しているのは、“
「そういえば、JAXAから面白い提案が来ていたわ」
詩が自分のタブレットを操作して、(予算が増額されたので導入した)大型モニターに一枚のCGを映した。そこには、ロケットの断面図が描かれ、随所にコメントが書き込まれていた。ざっと見たところ、要するに化学反応ではなく、魔法を使ってロケットを打ち上げられないかというものだ。
「こんなこと、できるの?」
「現状では、わからんね。上空でも魔法が有効なのか、誰にも判らんから」
「観測用気球では判らなかったんですか?」
「計測項目にないよ。そもそも
と話す小早川先生。先日の気象観測用バルーンは、上空三十キロまで上昇して無事にデータの送受信もできた上に、気球から切り離されたラジオゾンデも村からさほど離れていない場所で回収できた。今は、次の放球を計画しているからか、以前より饒舌だ。
「あ、それから、ダニーさんが図書館の設置を要望しています」
今や、
「そうだね、私は賛成だな」
「私も良いと思いますよ、図書館」
巳谷先生と上岡一佐は賛成と。
「文書の保管機能も必要だな」
「それなら、収集したサンプルの保管庫も作ってくれないか? 各人で保管するのもそろそろ限界なんだ」
迫田さんと小早川先生は、条件付きでOKか。
「桜もOK? なら、建てることにしましょう。図面は
「それなら、村の入り口近くにしましょう。将来、近くの村の人たちでも利用できるように。予定している迎賓館の隣でもいいわね」
「ほむ。じゃ、その方向で」
こうして定例の会議は終了した。
最近の会議は、以前に比べるとなんだか余裕が出てきた気がする。
「あ、迫田さん、少しいいかしら」
会議が終わって、それぞれ自分の持ち場に帰ろうとしていた。私は迫田さんを呼び止めた。
「なんでしょう?」
「ファシャール帝国の件でなんですが、今からいいですか?」
「いいですよ、時間はありますから」
そういって、迫田さんは席に座り直した。
詩もそうだけど、迫田さんも私たちが村を離れている間になんだか変わった気がする。
「眼鏡、変えたんですか?」
以前の銀縁眼鏡とデザインはそんなに変わっていないけれど、何かが違う。
「阿佐見さん、抜けているようで変なところをよく見ているんですね。えぇ、紫外線カットレンズにしたんですよ」
抜けているとか変なとことか、いちいち言葉にトゲがあるわ。やっぱり変わってないか。
「それはともかく、帝国の状況ですね」
迫田さんは、私が
「――というわけで、帝国は王国との国境近くに集結させていた兵を、国内に戻したようです。戦争を仕掛けるつもりがなくなった、という意思表示と思われます。今のところは」
「やはり、
ルガラントの近くに、怪しげな人たちがいたことは、迫田さんにも話してある。私たちと
「おそらく、リニアレールガンの性能を把握したのでしょう、帝国は」
「王国に、まんまと抑止力として使われちゃいましたね」
「ヘルスタット王は、さらに
迫田さんが嫌なことを口にする。
「あぁ、平和条約と軍事同盟の話ですか。また要請が来たんですか? 正式に断ったのに」
現時点で、ヴェルセン王国とは、(相互不可侵条約を含む)講和条約と通商条約を結んでいる。彼らは、さらに関係を一歩推し進めたい考えだ。だけど、日本にとって良いことなのかどうか。この星にある他の国をほとんど知らないから、判断に迷う。情報がないのよ、情報が。
「えぇ、その代案として、王国は帝国との交渉にオブザーバーとして参加して欲しい旨、連絡してきました」
「それはいつ?」
「まだ、はっきりとは。来春以降でしょうね」
それなら後任の調整官が赴任した後だ。やっぱり私一人では決められない。
「一度、日本に帰って決めてこないといけませんね」
「そうですね」
私は考え込む。王国や帝国のことじゃない。やっぱり迫田さんがおかしい。以前はこんなに素直じゃなかった気がする。私の意見になんでも嫌みで返していたような……私の偏見かしら?
「迫田さん、個人的なこと伺ってもいいですか?」
「別に構いませんよ?」
「……もしかして、詩と付き合っています?」
…………。
……
「はぁっ?」
しばしの静寂を挟んで、迫田さんはぽかんとした表情を浮かべながら呆れた声を出した。
「急になんですか!? 音川さんと私が付き合っている? ありえませんよ」
「そうですか……失礼しました」
雰囲気の変わった迫田さん、急にやる気を出した詩、この変化は二人が恋愛関係になったからと考えたんだけど、外したみたいだ。
「まったく、いきなり何を言うかと思えば。本当に貴女は人の……いや、止めておきましょう。今日はこれで失礼します」
迫田さんの機嫌を損ねてしまったのか、彼は自分のタブレットを抱えるようにして部屋を出て行った。あーやっちゃったかー。やっぱり、私は人心掌握だとか、部下とのコミュニケーションとかは苦手だわ。
□□□
迎賓館の基礎工事は完了して、今は鉄骨の骨組みが組み上げられているところ。
迎賓館は、日本の迎賓館を手本に現代建築技法を取り入れたものになっている。一から設計するよりも時間も短縮できるだろうという判断らしい。一方、図書館の方は、
噂をすれば、じゃないけれど、視察をしている私の視界にダニーさんの姿が入ってきた。誰かと揉めている? 誰だろう? 私は、護衛役の田山三佐と一緒に、ダニーさんたちに近づいて行った。
「じゃから! お主からも願い出てもらえば!」
「いやいや、こちらもお願いしたばかりですよ? 無理でしょ!」
ダニーさんの相手は、ブロア師だった。たしか、私が遠征中に村へ移住してきた人だ。私は近寄りながら、二人に声を掛けた。
「どうかしましたか?」
「おお、これは調整官殿! ちょうど良い、聞いて欲しいことがあるんじゃ」
ブロア師は、今にも掴みかかりそうな勢いで、私に駆け寄ってきた。
「なんでしょう?」
「図書館! こやつのために図書館を作るのであろう?」
確かに図書館を造るけど。
「ダニーさんからの申し出があったのは事実ですが、ダニーさんのため、という訳ではありませんよ。私たちのためでもあるんです」
「そうか? ん、まぁ、それならそれで構わんが、図書館を造るなら、天文台も造ってくれ!」
天文台? あぁ、そういえば天文学者だっけ、この人。
「天文観測用の機器なら、階先生のところに……」
「それはもう使わせてもらった! じゃが、階の若造が言うには、穴の向こうにはもっとすごい遠めがねがあるというではないか!」
望遠鏡ね。おじいちゃん、あまり興奮すると身体に毒よ?
「そうですね。階先生とも相談して決めましょう」
すばる天文台みたいなのは無理でも、調布の国立天文台にあるようなシンプルな奴なら建てられるかも。
「おお、ありがたい。是非に、是非に頼むっ! ……そうじゃ、ついでにもう一つ。
「それは“
「そうじゃ。ニヴァナの星も見てみたいのじゃ」
「ずるいですよ、ブロア師。僕だってニヴァナの図書館に行ってみたいし、動物園? とかいうところにも行ってみたい」
異界人二人にきらきらとした瞳で見つめられると、返事に困る。そう簡単に行き来はできないんだよー。でも、しかたないか。
「
「期待はせぬが待っておるよ」
「僕も期待せずに、じっと待ち続けますよ」
私は、あはは、と苦笑を浮かべながら、この場を立ち去ることしかできなかった。いろいろと面倒が起きるなぁ。
□□□
コンコン。
執務室のドアをノックする音が聞こえた。詩じゃないな。誰だろう?
「どうぞ」
「失礼する」
部屋に入ってきたのは、ヴァレリーズさんだった。
「あ、お戻りになったのですか」
ヴァレリーズさんが王都に行ったのは、十日ほど前のこと。ずいぶんと早かったな。
「ついさっきだ……これは、エイメリオから貴女にと預かったものだ」
私の机に、ポンと可愛らしい包みが置かれた。あぁ、これはエイメリオちゃんにと、ヴァレリーズさんに託した折り紙だな。
「開けていいですか?」
「あぁ、もちろん。エイメリオが自分で焼いた菓子だ」
紙包みの中には、焼き菓子が5枚入っていた。包み紙の裏には、大陸語で何か書いてある。最近、私も経験を積んで、なんとなく大陸語を読めるようになったぞ。
「どれどれ……『いっしょうけんめい やきました。サクラさんに たべてもらえると うれしいです』……おぉ、エイメリオちゃんの直筆ですか!」
「そうだ。楽しそうに書いていたよ。“写真”のお礼だそうだ」
「それはよかった……うん、おいしい!」
「それでな……これは,私からの土産だ」
机の上に、小さな置物が置かれる。女性が台の上に立っているオブジェだ。
「え? ヴァレリーズさんがわざわざ?」
「あぁ、エイメリオが世話になったからな。これは、こうして、ここを押すと――」
台座の横にある小さな魔石にヴァレリーズさんが触れると、台座がゆっくりと回り始める。そして、台の上の女性は、回りながら踊っている! おそらく土魔法で人形を変形させているのだろう。動きは滑らかで、本物の人間のようだ。
「高かったんじゃないですか?」
「いや、それほどでもない。
「うわー、ありがとうございます。ここに飾っておきますね」
私は、そのオブジェを慎重に持ち、サイドテーブルの上にある家族写真の前に置いた。あとで倒れないように滑り止めシートに載せよう。
「うむ。では、ここから仕事の話だ」
「はい。他の人も呼びますか?」
「いや、貴女だけでも構わない」
そういうと、ヴァレリーズさんは懐から丸めた羊皮紙を取り出し、私に渡した。魔石を使った封印を指で弾くと、一瞬、空中に紋章が浮かぶ。アルクーラ王家の紋章だ。中身にざっと目を通す。
「それでは、許可が出たのですね」
「あぁ。王都アルヴェンにおける日本国大使館設置を、ヘルスタット陛下は許可なされた」
やった! これで王都内に日本の拠点ができる。これまで以上にスムーズな情報交換ができるようになるだろう。なるといいな。
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