ドラゴン襲来(2)

 街の壁側から、弓矢がドラゴンに向かって放たれた。私たちには判らないが、風魔法で加速させているのだろう、矢はすごいスピードでドラゴンに当たった。しかし、ドラゴンの身体を傷つけたようには見えなかった。


 馬に乗った兵士が、ドラゴンの至近距離まで近づいて投げた槍も、ドラゴンの固い鱗に弾かれているようだ。ん? いや、そうじゃない。そもそも攻撃は、ドラゴンの身体に当たる前に弾かれているような――私は指揮車に駆け寄ると、ドラゴンの様子を撮影しているカメラの画像を確認した。


「ここ、ズームできますか?」

 隊員が、コンソールを操作すると、私の指さした部分がズームアップされる。画面の端から槍が飛び込んで、ドラゴンの身体に弾かれる場面が映った。

「今のシーンとこ、スローで再生できますか?」

「できます」

 場面が巻き戻る。槍が画面に入ってきたところから、スロー再生が始まる。画面の中で、にぶい銀色に光る槍の穂先が、ドラゴンの身体に触れようとしたその瞬間。ほんの一瞬だけ、黒い霧のようなものがドラゴン現れて槍をはじき返した。


「あれって、ドラゴンの能力なの?」

 私は、隣で画面を凝視しているダニーさんに聞いた。

「いいえ、あんなもの聞いたことがありません。ドラゴンは魔法には耐性がありますが、剣や槍といった直接的な攻撃は通るはずなんです」

 ダニーさんは、モニターから目を離さずに答えた。


 こちらからの攻撃を弾いているが何だかは判らないが、なんとかしないとドラゴンの身体にダメージを与えることはできないだろう。レールガンならいけるか? でも、ドラゴンの周りに兵士たちがいる状況で、レールガンの使用は無理だ。返す返すも街の兵士たちと連携できないことが腹立たしい。


 日本人わたしたちがなすすべなく戦場を見ていると、一人の騎士が槍を持ってドラゴンに近づいて行くのが見えた。マグネス隊長さんだ。私たちのキャンプに来た時のまま、鎧も兜も被っていない。危険すぎる!


「くらえ! 爆炎槍ばくえんそう!」


 マグネス隊長さんの突きだした穂先は、炎を纏っていた。だが、やはりドラゴンの身体には届かない。やはりだめか、と思った瞬間。槍の先端が、爆発した! いや、穂先部分だけがすさまじい勢いでドラゴンの身体へと突き刺さっている。魔法で穂先を加速させたのだ。魔法版ロケットランチャーのようなものか。すごい。


 グェェェェッ!


 ドラゴンが苦しげな雄叫びを上げる。マグネス隊長さんの攻撃が、ドラゴンにダメージを与えたのだ。隊長さんに続く兵士が、次々と同じように爆炎槍をドラゴンに叩き込んでいく。最初にマグネス隊長さんが撃ったものが一番大きな威力だったが、小さいダメージでも数があればドラゴンを退治できるかもしれない。


 岩に首を絡め取られ、身体は網で押さえつけられているドラゴンは、隊長さんたちの攻撃を受けて苦しみもだえる。なんだろう、心が締め上げられる感じがする。相手は、街を壊そうとしている災害なのに。なんだか……。いや、いけない。これは命をかけた戦い。安っぽいヒューマニズムは害になるだけ。


「よし、包囲せよ!」

「「「応!」」」

 マグネス隊長さんが兵士たちに指示を出すと、暴れるドラゴンを中心に包囲陣が作られた。そして、槍を持つ兵士は槍を、剣を持つ兵士は剣を構えた。


「かかれ!」

 隊長さんの号令をきっかけに、兵士たちが鬨の声を上げてドラゴンに襲いかかった。勝負あったかと誰もが思った、その瞬間。私たちの目の前に黒い光(としか表現できない)の爆発が起きた。地をも揺るがす轟音が響く。


 気が付けば、兵士たちはみな、地に伏していた。その生死は、ここからでは判らない。みんな無事ならいいけど……。


 ガラガラと音を立てて、瓦礫の中からドラゴンがゆっくりと首をもたげ、そのまま後ろ足で立った。身体を揺らすと、引っかかっていた網の残骸もその身体から離れ落ちた。しかし、ドラゴンも無傷ではなかった。身体のあちこちから、血が流れ出ている。ドラゴンの血も赤いのね。


 グォォォォンッ!


 ドラゴンは、傷つけられたことなど忘れたかのように、天に向かって吠えた。勝ち鬨の雄叫びなのだろうか。でも、私には悲鳴の様にも聞こえて。

 ドラゴンは、叫び終えると、街を守るもう一つの壁、内壁へとゆっくりと近づいて行った。もはや、街にドラゴンを止める力は残っていない。まだ無事だった兵士や一般市民が、まだ壊されていない門から現れたが、ドラゴンに攻撃を加えるのではなく、倒れている兵士を助けている。


 このままだと、内壁も破られてしまうだろう。そうすれば、街に甚大な被害が出てしまうだろう。

「私たちも前進しましょう」

『了解』『了解』……

 私がインカムで指示を出した時、ようやくヴァレリーズさんが到着した。

「遅かったか!」

 普段、綺麗に揃えている髪は乱れ息も荒い。

「遅くありません、これからです!」


 ソニック君が慎重にドラゴンとの距離を詰める。レールガンの射程が十分に長いが、近づけばそれだけ威力が増す。

「UAV班、状況を教えて。レールガンの射線上に人はいる?」

 UAV班が画像を確認する。

『射線上、人はいません。先ほど全員退避しました』

 よかった。

「ソニック君、攻撃ポイントに着いたら教えてください」

『了解』

 私たちを乗せた四駆は、ソニック君とドラゴンが同時に見える場所に陣取った。ヴァレリーズさんも付いてきている。ドラゴンは、前方の内壁の破壊に集中しているようで、私たちが近づいても気が付いていないようだ。


『攻撃位置に付きました』

「了解。ソニック君は、射撃準備。ヴァレリーズさんは、ドラゴンのブレスに備えてください」

『了解』

「心得た」


『照準合わせ、ヨシ!』

『弾倉装填、ヨシ!』

『キャパシタ充電、ヨシ!』

『発射準備完了しました、いつでも行けます』

 インカムから報告が聞こえた。私の中には、まだ迷いがある。知性があるという生物を、交渉もせずに攻撃していいものだろうか? でも、このままだったら、被害は大きくなるばかりだ。私は、迷いを振り切って、命令を下した。


「ソニック君、レールガンの使用を許可します!」

 私の許可を受けて、上岡一佐が指示を飛ばす。

「三点射五連で射撃開始!」

 上岡一佐が叫ぶと、ソニック君に備え付けられたリニアレールガンから、弾が次々と撃ち出される。弾が途中で音速を超えるため、連続したソニックブームがここまで届いた。そして、合計十五発の弾は、ドラゴンの皮膚を切り裂いてその背中を血まみれにした。効いてる!


 ギャァァァァァウゥゥ!


 苦悶の叫び声を上げたドラゴンは、背中から血をまき散らしながらこちらを振り返った。血のように真っ赤な瞳と目が合った……気がした。


 ガァァッ!


 新しい敵と認識したのか、短く吠えると私たちに向かって脚を踏み出した。ゆっくりと翼をはためかせている。

「飛ばせてはだめ! 翼を狙って撃って!」

の敵、照準は翼、三点射五連、てぇっ!」

 ソニック君に乗った射撃手がトリガーを引くと、レールガンから三発発射される。トリガーを戻しまた引けば、さらに三発。前例のないレールガンの運用、そもそも試作品であるためどのような攻撃方法が有効なのか、事前に上岡一佐と話合った。全弾を撃ち込むのはナンセンスだ。熱の放出なども考え合わせて、三発ずつ打ち込むことにした。


 再び、三発×五回、レールガンから必殺の弾が撃ち出される。レールガンの弾はドラゴンの翼に吸い込まれ、穴を穿った!

 冷静に考えれば、あの身体を浮遊させるなら、もっと大きな翼が必要になるはずだ。しかし、大きい翼は重い。したがって、どんなに翼が大きくても飛ぶことはできないだろう。それでも実際にドラゴンが飛んでいるのは、魔法で浮かんでいるからだろう。結果的には、翼への攻撃も無駄ではなかった。集中力を欠いたのか、飛び上がろうとしていたドラゴンは ズズン、と大きな音を立てて地に倒れた。


 歓声が上がる。でも、ドラゴンは再び立ち上がって、こちらを睨み付けた。怖い。怖いけど、アドレナリンがドバドバ出まくっている。みんなも同じだろう。

「油断するな! バッテリーチェック! レーザーも準備しろ!」

 遠征に持ってきた、もうひとつの秘密兵器。可搬型光学砲――二人一組で操作するレーザー砲だ。四駆に搭載した予備バッテリーで稼働する。ただ、光学兵器は通用するかどうか、今はまだわからない。


 準備を進めていたのは、私たちだけではなかったようだ。低いうなり声を上げていたドラゴンが、一声、すさまじい咆哮を上げると、その身体からあの黒いオーラが噴出しはじめる。黒いオーラは、ドラゴンの全身に広がり肉体を覆っていく。ドラゴンの全身が、やがて黒いオーラで染まった。


「黒い……ドラゴン……」


 誰かの呟きが聞こえた。

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