新世界より(2)
村の半分を巡回したところで、一旦、宿舎に戻る。そろそろお腹が減って、腹の虫がギューギュー言い出しているのだ。
体重、といえば、異界も
スクーターで走ったせいで冷え切った身体を、暖かい部屋が迎えてくれる。エアコンさまさまだ。これで暖かいシャワーでもあればなぁ、などという不満は口にせず、私は朝食の支度をする。朝は、断然ご飯派だ。こっちに来るまでは、朝を抜くことも多かったし、簡単に食べられるパンが多かったけど。一年でずいぶん変わったものだと思う。ご飯の朝食といっても、白米を炊いたご飯に納豆、卵焼き、お味噌汁、漬け物、海苔、それに焼き魚とかサラダチキンとか。焼き魚とかチキンは真空パックから出して暖めるだけ、卵焼きは冷凍、お味噌汁もフリーズドライなので超簡単朝食だ。それでも、なんとなく料理している感じがして、あら、私ったら女子力上がっているわ! おほほ。
村ではできるだけ、生食は避けるように通達されている。だから、大好きな卵かけご飯も食べられない。冷蔵庫などの設備は整っているけれど、
尾崎先生が言っていたけど、村で野菜が収穫できるようになれば、自給自足に一歩近づくのよね。鶏卵の生食もできるようにして欲しい。うん、大豆作って貰って、醤油とか味噌とか……納豆とか。納豆は最優先事項だわ。
一人きりの朝食を終え、水を張った桶に食器をつけ置きしておく。井戸から水は汲めるけど、ここまで持ってくるのが大変なのよ。とりあえずやることが多すぎて、生活の質を上げる施策は遅れているけれど、そろそろきちんと申請しないと
そろそろ
”
そんな陰謀論的な考えが、頭の中でぐるぐると駆けっこをしているうちに、西側の居住区に着いた。予想に反してというか、案の定というか、活動している人は少ない。研究職の人たちは、基本的に時間がバラバラなのだ。なにしろ電気は豊富にあるので、夜間に研究する人も多い。ほら、天体観測とか。
科学部門からの報告によると、夜空に光る星の配置は、地球上のそれとは大きく異なっているらしい。衛星が二つある時点で判っていたことだけどね。
私はスクーターを進めて、科学部門の責任者、小早川先生が住んでいる仮設住宅の前に来た。私の家と同じ造り。同じ仮設住宅なので当たり前だ。ただし、私の住居と違って、よく分からない用途の機械が、家の屋根や外壁のあちらこちらに配置されていることだ。科学部門の人たちに聞いても、はぐらかされるばかりで埒があかない。甘く見られているなぁと、少し悔しく思う。だから、今回は定例会議前に釘を刺しておくことにしたのだ。
「おはようございます」
ちょうど出てきた小早川先生に、私はにこやかに笑顔を見せた。
「あ! お、おはよう、阿佐見調整官……」
目が泳いでいるのが、銀縁メガネを通しても判った。
「会議は午後からだったよ、ね?」
「そうですよ」と、にこやかに笑いながら、スクーターから降りて先生に近づく。
「会議の前に、きちんとお願いしておこうと思って」
「な、なにかな? お願いって」
娘みたいな歳の女に詰め寄られて、挙動不審になる小早川先生。やっぱり罪悪感を感じるようなことをしているんだなと、一発でバレる。
「予算の執行について、です。物資を目的外で使用した場合には、きちんと報告してくださいと以前からお願いしていると思いますが?」
「あー、目的外、うー、目的外ってのはない、かなー」
「たとえば、これとか、申請された目的に使われていますか?」
私が住居の前にあった配管を指さして言うと、小早川先生は白髪をガシガシと掻きながら困ったような顔をして、「うー」とか「あー」とか小さく唸った。ここで追い詰めても仕方がないので、引き上げることにしよう。
「お願いですから、申請はきちんと、報告もきっちりとしてください。ここは地球じゃないんです。情報共有もしっかりしないと、命に関わることになるかもしれないんですよ? 午後の会議までには、よろしくお願いしますね?」
何をよろしくするのかは言わず、私は再びスクーターに跨がって、その場を立ち去った。ああ見えて、小早川先生は狸だからなぁ。会議では上手いこと言い逃れしようとするだろうから、こっちも根回ししておこう。
次の目的地は、南。村の入り口であり、守備隊の詰め所がある。私が近づいていく前から、歩哨任務の人は気が付いていたらしい。詰め所の中には、魔石による探知システムがあるからね。二人揃って詰め所から出てきて、私を迎えてくれた。
「ご苦労様です」
スクーターに乗ったまま声を掛けた私に、二人の自衛官、寒川一曹と横井一曹が敬礼を返した。二人とも陸上自衛隊の制服・野戦服ではなく、異界向けに新しく作られた隊員服を着ている。腰にぶら下げているのは、拳銃ではなくテーザー銃だ。
「何か変わったことはありませんか?」
「特にありませんね。“
私の質問に、寒川一曹が答えてくれた。私たちが学習するように、魔物たちも学習している。村は魔石による結界で守られている上、侵入しようとすれば各所に設けられた高出力レーザーによって攻撃が加えられるのだ。レーザーといっても、元々はミサイル迎撃を目的として研究開発されてきたものなので、魔物に致命傷を与えるには至らない。せいぜい火傷を負わせる程度だろう。そんな攻撃であっても、絶え間なく攻撃されれば嫌なものだ。そこまで苦労して村を襲おうとは、魔物たちも考えていないようだ。基本、魔物たちは単独行動みたいだし。それに、空を飛ぶ
「それはよかったわ。ところで、上岡一佐はどちらにおられますか?」
「はっ! 一佐は本日、中央管理センターでのシフトに入られておいでです」
「そう、ありがとう」
私は二人の陸上自衛官にお礼を言って、村の中央へと引き返すことにした。中央管理センターは、村の中央にあって”
入り口で警備をしていた高野一曹に許可を貰い、中央警備センターの重い扉を潜る。村の中で、この建物だけは鉄筋コンクリートで建てられている。有事の際には村の避難場所にできるよう、食料・飲料の備蓄や避難用設備も備えているが、最大の目的は”
上岡一佐は、センターの管理司令室にいた。部屋の中には、画像や数値が表示されたディスプレイが壁一面に並べられ、その前にはスイッチやレバー、ダイヤルがびっしりと並んだテーブルがある。原子力発電所の制御室や鉄道の運行管理室みたいな感じだ。
朝の挨拶を交わした後、上岡一佐に科学部門について相談する。
「ある程度自由に研究する雰囲気は大切かも知れませんが、時々は引き締めないと暴走しかねませんよ」と、上岡一佐。続けて「荷が重いかも知れませんが、それをするのも貴女の責任です」と私への忠告もしてくれる。
「そう……ですよねぇ」
あぁ、ため息がでそう。判っている、判っているのよ。でも、親子ほど離れている目上の人に厳しいことを言うのは、気が引けるというかなんというか。
「貴女は強気で運営を進めて良いのです。私たちがバックアップしますから」
おお、頼もしい。
「もし貴女が間違ったことをしそうになったら、全力で止めますけどね」
「も、もちろんです」
と、答えたものの、何が正しくて何が間違っているのか、マニュアルも手順書もない状態で、少しずつ手探りで進めなければならないこのつらさ。
ふと、顔を上げるといくつかのディスプレイに”
くよくよ考えても仕方ない。上岡一佐への根回しを終えて、中央管理センターを辞した。
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