王からの依頼(2)

「さて、そろそろ本題に入ろうか。ヴィクタル、説明を」

「はっ」

 国王の下知を受けたベリアマン大臣が、さらに小姓たちに指示してテーブルの上に地図を広げさせた。ヴェルセン王国を中心とした地図だ。現代日本人わたしたちからすると、走り書きレベルの地図だが、大体の位置関係は合っているようだ。王国の北には森が描かれ、その中にぽつんと蓬莱われわれの村の場所が示されている。王国の領土と比べれば、村など芥子粒みたいなものだ。


 村と王国の東には、山脈が南北方向に延びている。さらに山脈の向こうには草原が広がっている。王国の南には、岸に沿って細長く伸びたファシャール帝国の領土が描かれている。そして、王国の西側は――空白地帯だった。ここは、王国にとっても帝国にとっても、禁忌とされる場所らしい。過去、西側の場所を目指した指導者もいたと歴史書には書かれているが、なぜか途中で侵攻を断念している。詳細が書かれていないことが、日本にいる異界研究者をいらだたせているらしい。

 こうしてみると、王国は北を魔物クリーチャーズの森に、東を山脈に、西を禁忌の地に囲まれているわけで、領土を拡大するなら南に向かうしかない。南側とはたびたび紛争が起きているようだが、王国から侵略したことはないと、書物には書かれている。なぜ拡大路線を取らないのか。これが中世ヨーロッパだったら、間違いなく南進しているはずだ。


「これが我が国の周辺図だ。ご存じかも知れないが、王国の西の端、ここから先は禁忌の地。すなわち、ここにある街が王国の最西端となる」

 ベリアマン大臣が、指し棒で地図の一点を指し示した。ちょうど王国と空白地帯の境目にある小さな街だ。

「この街、ルガラントは、南の帝国からの侵入を防ぐ要衝でもある重要な場所で、堅牢な壁に守られた要塞都市でもあるのだが……先日来、一匹のドラゴンが飛来し街を襲い始めたのだ」


 ドラゴン! ファンタジーには欠かせない、あのドラゴンですかっ!

「幸いに被害は少なかったが、調べてみると周辺にあった村もドラゴンに襲われ、大きな被害を出していたことが判った。それから度々、街はドラゴンの襲撃を受けていると報告があった。」

 あれ? そういえば、異界ここドラゴンは比較的知能が高いはずだ。

「なぜドラゴンが? 人間とは争わないはずでは?」

「うむ。古くは戦っていた時代もあったが、賢者様がドラゴンを束ねる古代竜エンシェント・ドラゴンと交渉し、人間とドラゴンの間に諍いは起きなくなった、はずなのだ。なぜドラゴンが村や街を襲うのか。我々は、帝国の関与も疑っている」

 ファシャール帝国が、ドラゴンを焚きつけて街を襲わせている? 本当にそんなことがあるのだろうか。

「しかし、このまま放置しておく訳にもいかん。我々は討伐隊を組織して、ドラゴンを退治することにした」

 帝国が関与しているかどうかは別にして、街が破壊されてしまえば帝国の侵攻を招きかねない。たとえ賢者がドラゴンと結んだ約定を破ることになっても、見過ごすわけにはいかないと王国は考えたのだろう。けっして間違った判断とは言えない。

「だが……」

 大臣が言いよどみ、国王を見た。国王は軽く頷き先を促した。大臣は意を決したように、私たちに顔を向けて話し出した。

「現在、帝国の侵攻を防ぐため、国境の街すべての兵員を増強しているところだ。そのため、ドラゴンを討伐するための兵が足りぬ」

 強引とも思える徴兵は、やはり帝国との戦争準備のためだったのか。しかし、なぜそんな話を私たちにするの?

ドラゴン討伐部隊として送り出すことができるのは、兵士百名しかおらぬ」

「大臣、我々からすれば、魔導士百名なら大きな戦力だと思えるのですが」

 迫田さんの疑問はもっともだ。魔導士のレベルにもよるだろうが、百人もいれば戦力としては申し分ないだろう。

「そうだな。国同士人同士の戦であればそうであろうよ。しかし、な――ドラゴンには魔法が通じぬのだ」

 え? それは……なぜ? 思わず呟いた私の言葉に、ヴァレリーズさんが口を開いて答えた。

「人間は――いや、魔法を使える人間は、どんな属性を持っていたとしても、苦手な属性が存在する。それは私やサバス師のように四相の魔導士であっても同じ。一相、二相の魔導士はそれぞれ相克する属性を、三相は残った属性を苦手とする。四相の魔導士は、すべての属性が得意であると同時に、すべての属性を苦手としている。たとえば、火属性魔法を使用している時には、水属性が苦手になる。

 ところがドラゴンは違う。すべての属性に対して耐性がある。その代わり、魔法攻撃はしてこないが、巨大な体格だけでも立派な武器になる。それほどドラゴンはやっかいな生物なのだ」

 あぁ、だから百人も兵士が必要なのか。いや、大臣の様子を見ると、兵士百人でも勝てないかもしれない、そんな相手なのか。

「襲ってくるドラゴンは、一匹だけなのですか?」

「同じ個体だと、聞いている」

「ならば、罠などを設置しては?」

「うむ。それも考えておる。討伐部隊には、ドラゴンの生態に詳しい者を同行させるつもりだ。しかし、それでも心許ない。そこで……」

 大臣は、ガバ!とテーブルに突っ伏した。いや、テーブルに頭をこすりつけるように、平身低頭しているのだ。

「おぬしたち、異世界の者たちにも協力してもらいたい! おぬしたちの技術力とやらで、ドラゴン退治に協力してはもらえぬだろうか」


□□□


「さて、どうしましょう」


 国王たちとの面会後、私と迫田さん、巳谷先生、田山三佐は、私の部屋に集まって相談をしていた。会議に参加しなかった詩と階先生も呼んだ。もちろん、結界は設定済みだ。参加していない御厨教授は、部屋にこもりきりで何かやっているらしい。また爆発とか、余計な騒動を起こさないといいけど。


 集まった皆には、再確認と問題共有のため、国王からの依頼内容をざっと説明した。

ドラゴンの存在そのものが信じられないんだけど、討伐するとなれば自衛隊の方に行ってもらうことになるの?」

 詩の感想は、普通の人なら当然だろう。私もそう思う。でも、自衛隊が出動できるのかな? 田山三佐に聞いてみた。

「こうした場合、自衛隊の出動は可能なのでしょうか」

「阿佐見さんと音川さんは、地方自治体の首長と同じ立場ですからね、お二人からの要請であれば、災害派遣で出動することもできなくはないと思いますが」

 田山三佐の回答に、迫田さんも頷いている。

「問題は、武器の使用が必須である点です。たとえ相手が、人間ではないとしても武器を使用するためには、越えなければならないハードルがあります。それも数多くの」

 そういえば、有名な怪獣特撮映画で、自衛隊が出動できるかどうか議論が起きたっけ。映画では、怪獣相手に自衛隊が武器を使用していたけれど。

「いやいや、そもそも現状村にある装備では、巨大生物に対抗できないでしょう?」

「自衛隊の装備、といっても異界こちらで使用できるものとなると限られますね」


「じゃぁ、断っちゃえばいいじゃない」

「う~ん、断るのは簡単なんだけどね。ここで王国からの協力要請を拒否して、もしも討伐部隊がドラゴンを退治できなかったら?」

「好機と見て、帝国の侵攻が始まるでしょうね」

 私の不安に、迫田さんが答える。やっぱりそうなるよね。そもそも論で言えば、私たちが協力してもドラゴンを倒すなんてできるのかどうか。


「医療面での協力だけ、ということではいかんのでしょうかねぇ」

 これは巳谷先生。

「医療チームを守るために、武器を使用せざるをえない状況が考えられますからね」


 これが帝国相手の戦争協力ということなら、断る理由も考えていたけれど、まさかドラゴン退治の依頼とは。

 結局、その場では結論は出ず、蓬莱村に帰ってから政府と協議しようということになった。

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