王都動乱(3)

「いやぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!」


 遠くで、誰かの叫び声が聞こえる。

 その悲鳴にも似た叫び声が、自分の口から出たものだと気が付く前に、私は階段を駆け下り玄関へと向かっていた。玄関ホールに辿り着き、扉を開けようとしたけれど。重い、とても重い。こんなにも重い扉だっただろうか?

 私は身体をぶつけるようにして、ようやく玄関をくぐり抜けた。


 目の前には、黒いクレーター。ちろちろと残り火が燃えている。辺りを見回すと、寒川一曹が群衆に向けて放水している姿が見えた。何か叫んでいる。

 私は迫田さんを探す。でも見つからない。もしかしたら、クレーターの中? 数歩前に出たところで、田山三佐に後ろから羽交い締めにされた。


「阿佐見さん、だめです! 危険だ!」

「でも、でも! 迫田さんがっ!」


 私が甘かった。異界こちらに来てから、死はすぐそばにあったのに。たまたま日本人に死者がでなかっただけなのだ。こんなにも、簡単に身近な人を失うなんて。

 群衆の説得なんか、しようとしなければよかった、放置して、大使館に籠城すれば良かった。守りの堅い大使館の中にいて、嵐が過ぎ去るのを待てば良かった。でも、どんなに後悔しても、迫田さんはもう――。


「あぁぁぁっ……」


 私は、その場に跪いた。霜が立っている庭の土は、凍えるくらい冷たい。


「阿佐見さん、下がって! 危険です!」


 田山三佐が私を引き起こし、大使館の中へと引っ張っていく。寒川一曹が、私たちをかばうように前に出て、放水を続けている。勢いよく水を掛けられた人たちは、後ろに下がるが、すぐに別の人たちが前に出ようとしている。


 ゴゴゴゴゴゴ


 地面から、沸き上がるような音が聞こえた。そして。


 ドォォーーンッ!


 大使館のすぐ近くで爆発が起きた!


「え? なんだって?」


 田山三佐がインカムに向かって話しかけている。何が起きたの? 田山三佐が説明してくれる前に、それはやってきた。


『ほらほらほらーーっ! 死にたくなかったら、とっとと解散しなさーいっ!』


 悪魔の叫び声が聞こえる。


『忠告は、したわよーっ! ほら、さっさと、てーっ!』


 特徴的な衝撃波音ソニックブームに続いて、石畳が破裂した! 先ほどまで、狂気に駆られたかのように大使館に殺到していた群衆が、叫び声を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。


 そして、姿を現したのは、ハイブリッド装輪装甲車――ソニック君。そして、士長席のハッチから覗いている顔は。


「御厨教授……」


 ――悪魔が戦車でやってきた。


□□□


「やーやー、無事だったかい? 桜ちゃん」


 ソニック君から降りたった御厨教授は、私たちのところへ優雅に歩いてきた。


「教授、助かりました。でも、これはいったい?」


 私の代わりに、田山三佐が教授に質問をぶつける。ソニック君は電気モーターではなく、音を響かせている。


「あ、わかるぅ? やっとできたのよ、魔法原動機マギエンジン。ま、正確に言うと魔素駆動機マナドライブ、かな? すごいでしょ?」


「……遅かった」

「ん?」


 私の小さな呟きに、御厨教授は暢気に聞き返した。


「遅かったの! 迫田さんがっ!」

「迫っちが、どうしたの?」

「魔法で、やられて、死んじゃったんですっ!」








「迫っちが死ぬわけないじゃん」


 しばしの静寂を挟み、御厨教授は私の前で屈むと、じっと私の目を見ながらそう言った。


「でも、でも! 跡形もなくなって……」

「私も見ました。目の前で火球が爆発して、迫田さんが光に包まれるところを」

 放水を止めてこちらに戻ってきた寒川一曹も、自分が目撃したことを語った。

「ふぅん。で、誰か迫っちが吹き飛ばされるところとか、身体がバラバラに飛び散るところ、見た人いる?」


 こんなときに、何を言っているんだ、この人は。


 寒川一曹と田山三佐は、少し思い返すような仕草をして、頭を横に振った。


「いえ、火球が爆発して、その後、一面が真っ白になったのは覚えていますが、迫田さんが吹き飛ぶところは見ていません」

「やっぱりぃ~」


 そういいながら、御厨教授が立ち上がって、何もない空間に向かって話し出した。


「こら、迫っち。可哀想だろ、はやく出てこい」


 だから、さっきから、何を言っているんだ、このマッドサイエンティストは!


 しかし。


「やれやれ。もう少し、阿佐見さんが私のために泣いているところを見ていたかったのですがね」


 とこからか、声が聞こえた。この声って……。


 私たちの目の間に、黒い霧が集まって行く。そして、それは人の形になり。


「迫田さんっ!」

「どうも、お騒がせしました」

「どういうこと……? 死んだんじゃないの?」


 迫田さんは、にやっと笑う。


「死んでなんかいませんよ。少しだけです」




「「「はぁぁぁっ!?」」」


 私と田山三佐、寒川一曹は、同時に声を上げた。


「ななな、なに言ってんですか! ふざけないでください!」

「ふざけていませんよ? 霧化は吸血鬼ヴァンパイア能力のひとつですから」

吸血鬼ヴァンパイア! 迫田さん、何を言って――」

「いや、本当だ。迫田君は吸血鬼ヴァンパイアになった、というかんだよ」


 御厨教授の言葉に、私は振り返って彼女を睨んだ。


「どういうことですかっ! なぜそれを貴女が知っているんですかっ!」

「私が知っているのは、DIMOから監視を頼まれたから。で、吸血鬼化ヴァンプテーションについては本人に聞いてくれ」


 私は再び迫田さんに顔を向けた。


「迫田さん! どういうことか、説明してください!」


 迫田さんは、困った顔をしながら、私に優しく語りかけてきた。子供をあやすように。


「阿佐見さん、説明は後でゆっくりとします。今は、やるべき事があるでしょう?」


 くやしいけど、迫田さんの言うとおりだ。


「あとで、絶対ですよ」


 さっきまで流れ落ちていた涙を拭うと、私は自分の足で立った。改めて、周囲を見回す。群衆は跡形もなく去っている。黒いオーラを纏った連中もいない。今なら。


「ソニック君で、王宮に向かいます。田山三佐は、撤退の指揮をしてください。電子機器と重要書類はすべて回収、破棄して良いものは燃やしてください。村までの退避はハイテク馬車を使って。あ、無線を撤収する前に、上岡一佐への報告だけは入れておいて」

「了解しました」


 田山三佐がすばやく立ち上がって、館内へと戻っていった。


「教授、ソニック君の運転は誰が?」

「日野さんよ。でも、ここまで休まず飛ばしてきたから、交代させてあげて」

「分かりました。寒川一曹、ソニック君の運転はできるわね?」

「もちろんです! 日野二尉と交代してきます!」


 寒川一曹は、ソニック君へと掛けだしていった。さて、ほかには……。


「私はハイブリッド装輪装甲車に同乗していくわよ? いいでしょ?」

「あ-、御厨教授は勝手にしてください。迫田さん!どうしますか?」


 なんだか無性に腹立たしいので、怒りを言葉にして迫田さんにぶつけてみた。


「では、私も王宮へご一緒しましょう」


 こっちが怒っているのは分かっているくせに、なんの反応も見せない迫田さんは、本当に正確がいやらしい。絶対Sだ。


「いいでしょう。では、移動します」


□□□


「いいんですかねぇ」


 ソニック君のハンドルを握る寒川一曹が、片手の人差し指を天井に向けながら言った。


「いいのよ。本人があそこでいいっていうんだから」

「そうですかぁ」


 私の声に含まれる静かな怒りに気が付いた寒川一曹が、首をすくめて前を向いた。そうよ、運転に集中しなさい。


「なにを、笑っているんですか!」

「いや、別に。プププッ」


 副操縦席に座った御厨教授の顔には、にやけた笑いがこびりついていて、さっきからずっと消えない。腹立たしい。

 もう、何もかも腹立たしい。御厨教授だけじゃない。吸血鬼ヴァンパイアだか何だか知らないが、革靴のまま装甲車の屋根で平然と立っている迫田さんも腹立たしい。ここにヴァレリーズさんがいないのも腹立たしい。みんな腹立たしいけど、クーデターなんか起こした奴が一番腹立たしい。首謀者捕まえて、とっちめてやる!


 ソニック君が大通りに出たとき、辺りには誰もいなかった。異変に気が付いた人たちは、みな家の中で閉じ篭もっているのだろう。


「寒川一曹、飛ばしてください」

「了解ですっ!」


 寒川一曹がアクセルを踏むと、ソニック君はそのパフォーマンスを全開にした。電動インホイールモーターだけでは出せないスピードだ。ソニック君の新しいエンジン、教授が言うところの魔素駆動機マナドライブは、教授曰く「魔素マナを集めて燃焼させる」のだと説明した。「構造的には内燃機関を流用できるし、ガス欠の心配もない。夢のエンジンだ」そうだ。それもこれも含めて、このトラブルが終わったら、全部きっちり説明してもらいますからねっ!


「おおっと、王宮の入り口が見えて来たねぇ。門がきっちり閉まっているよ? どうする?」


 御厨教授が、士長席に座っている私を振り返った。


「どうするもなにも、ぶっとばしましょう」

「そうこなくっちゃ!」


 御厨教授は、リニアレールガンの照準装置を横から引っ張り出すと、照準を王宮の門に合わせた。照準はタブレットに操作するレバーはジョイスティック、いずれも市販品、いわゆるCOTSという奴だ。市販品だから、民間人(だよね?)の教授にも使えるのだろう。でも、絶対このひと射撃練習してきたでしょ!


「ふはははっ! くらえっ!」


 レールガンから射出された弾丸は、門そのものではなく、その周囲の岩を削り取っていく。門はすぐにボロボロになった。


「突っ込みます!」


 寒川一曹が、叫ぶ。エンジンの回転数が上がる。ソニック君は、スピードを上げて王宮の門(の残骸?)に突っ込んでとどめを刺した。

 門は、すでに門としての役割を果たしていなかった。が、中にいる人間の注意を引くという仕事は果たした。わらわらと、金属の鎧で重武装した兵士たちが、ソニック君が突っ込んだ王宮の中庭へと集まってきた。


「あれは味方? 敵?」

「敵、でしょうなぁ。なんだか黒いオーラを纏っている連中もいますし」


 良く見ると、こちらへ殺到している兵士の腕には、黒い布が撒かれている。


「的なら、レールガンで掃討しても、いいわよねぇ」


 御厨教授が楽しそうに言った。


「だめです。もう人が死ぬのはたくさんです」

「えー、だってこのままだと囲まれちゃうよ? いいの?」


 良くない。なんとかしないと。


「私が王の部屋まで連れて行こう」


 頭上のハッチが開いて、そこから顔を覗かせた迫田さんがこともなげに言った。


「え? でも、どうやって?」

「こうやって」


 何の前触れもなく、迫田さんが霧になった。霧になった迫田さんは、あっ、という間に私を包み込むと、ハッチから外へ私を引っ張り上げ、そのまま空中へと浮かんだ。


「わわわっ!」

『一人くらいなら、飛べるんですよ……体重は秘密にしておきますね』

「一言余計だーっ!」


 黒い霧となった迫田さんは、私を包み込んだまま、王宮の最上階近くの窓へ飛び込んだ。


ガシャーーンッ!


 派手な音と共に、私は部屋へ転がり込んだ。


 その部屋は王の私室だった。奥にいるのはヘルスタット王と王妃エルスラ様、ミシエラ王女。彼らの前にはヴァレリーズさんが。でも、首に何か黒い縄のようなものが巻き付いている。とても苦しそうだ。私は思わず駆け寄って、その縄を取り払おうと触った。その瞬間、黒い縄は音も無く消え去った。


「サ、サクラさん……どうして、ここに……」

「助けに来ましたっ!」


 よかった、ボロボロで苦しそうだけど、すぐに死んじゃうってことはないみたい。私は、ゆっくりと立ち上がると、この広間の入り口側に立っている人たちを見た。


 一人の魔導士と二人の兵士。魔導士には、見覚えがある。一度だけ魔導宮で会って、紹介された気がする。名前は、確か……アズリン師。彼の後ろにいる兵士は、かつてのルガラント領主エトナーを思い起こさせる。彼が黒いオーラによって変えられてしまった魔物クリーチャーズの姿を。

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