後日譚―冬哉

 去り行く冬の気配が、しかし最後の抵抗をするかのように僕の体から熱を奪っていく、その感覚に身震いを一つ。

 ふと思い立ってカレンダーアプリを開くと、月日の経過、その早さにびっくりしてしまう。その程度には、とにかくあれから、色々なことがありすぎたような気がする。




 クリスマスの夜の出来事。

 振り返ってみるとなんだか、結構滅茶苦茶なことをやった気がする。突然、街で、リハーサルもなしに演奏をしよう、なんて。

 それこそ、本当にそんな提案を自分がしたのだろうか、と、ちょっと不安になってしまう程度には。


 だけど――やっぱり、間違いではなかった、それだけは信じている。


 だって、あの時、紗千は笑っていたのだから。

 とりあえず、それだけでも十分かな、なんて思うのだ。




 ……などと言えれば格好はつくのだろうけど、僕があの時の出来事を「良かった」と思えるようになるまでには、もう少し複雑な経緯があったりもする。


 あのあと、僕ら『腐れ縁トリオ』の関係は一度、まぁそれなりに荒れた、というか、混乱した、というか。


 まず初めに、晃生が瑞希に告白した。これについては、知っていたことではあったのでそれほど動揺はなく。そのときは、しばらく返事を保留させてほしい、という返答に終わったらしい。


 びっくりしたのはその後。瑞希からも、告白があった。これは字義通りの、打ち明け話、という意味で。

 そしてその内容は、残念会をきっかけに、僕らの関係を終わらせようとしていた、というもので。


 これについては全く予想していなかったから、結構動揺した部分はあって。でもそれと同時に、瑞希があの時辛そうにしていた理由もわかって、だから納得がいった、という思いもあって。


 とにかく、皆で抱えているものを打ち明けあって、わだかまりもなくなって。だけどその上ですんなりと今まで通りの関係に戻れるか、と言われると、当然そうもいかなかった。


 やっぱりと言うか、告白後の瑞希と晃生はお互いどこかぎこちなくなっていた。それに僕自身も、瑞希が「このまま何となくで関係を続けていくのはダメだと思ったから」という言葉に、やっぱり考えるものはあって。


 だから多分、クリスマス後の、落ち着くまでの時期は、結構危ういところだったのだと思う。

 少しでも何かを間違えてしまえば、僕らはそれぞればらばらになってしまって、それきり二度と戻らない、そんな結末だって、決してなかったとは言えないのだ。


 だけど、そうはならなかった。

 お互いの思いを話し合って、すり合わせていって、その結果として僕らは、何とかまた、三人で一緒にいられる関係を、新しく築くことができたのだ。

 それは、本当に嬉しいことだと思う。




 さて、そんな、変わっていないようで、でも確かな変化を含んだ僕らの関係が、どんな形に落ち着いたかと言えば。


 スマホの画面から目を離して、辺りを見回す。すると、横断歩道を渡った先で、壁にもたれながらスマホを弄っている人影を見つけた。


 信号が青に変わる。まだ時間はあるけど、ついつい足早になってしまう。

 人影が、ふと顔を上げて。


「ん、おはよ、冬哉」


 瑞希が片手を挙げる。それに僕も答えて、彼女の近くまで歩いていく。

 そのまま、他愛のない会話を少し交わして。そうしているうちに、待ち合わせの時間まで残り一、二分というくらいになって、交差点の向こうから、ふらりと現れる人影が一つ。

 晃生だった。


 晃生は僕ら二人が揃っているのを見ると、小走りでこっちにやって来る。少しだけ息をあげながら、片手をあげて。


「悪い、待たせた」


 と。

 その様子に、瑞希が横で笑って。


「大丈夫だよ、まだ時間あるから。……おはよう、晃生」

「お、おう、おはよう、瑞希。あと冬哉も」


 柔らかな表情を浮かべる瑞希と、それにまだ少し慣れない様子の晃生。その、以前とは少し違ったぎこちなさに、僕もまた、ちょっと笑ってしまって。


「さて、それじゃ、そろそろ行こうか」


 そんな風に僕は二人を促して、そして僕らは、揃って街の方へと歩き出した。




 これが、新しい僕らの関係。

 僕らがそれぞれ考えて、その末に辿り着いた結論。


 変化、というには少し小さいかもしれないけれど。

 ただなんとなく、でこの関係を続けていくのはダメだ、と瑞希は言った。

 だったら、意味のある関係にしてしまえばいい。言葉にしてみれば、そんな、案外単純なこと。


 結局、僕らはまだまだ不完全なのだ。

 だから、一人では間違ったり、迷ったりしてしまう。そのことを、僕らは『残念会』までの出来事を通して学んでいて。


 だけど、クリスマスの夜に起きたあの、奇跡のような出来事のように。

 僕らが一緒になって、ひたむきにやったからこそできることだって、きっとあるはずで。

 だから、別にあんな大仰なことじゃなくてもいい。僕らが一緒にいることの、支え合っていくことの、意味を見つけるために、これからも一緒にいよう。そうしているための努力をしよう、と。

 それが、の結論で。


 そして、もう一つ。

 二人の――あるいは、こっちは過程なのかもしれない。それについてだけれど。


 結果だけを言ってしまえば、瑞希と晃生の関係は、まだ保留、ということになっている。

 の、だけれど、それもただ止まっているわけではなくて、少しずつ前に進もう、という、前向きなものらしい。


「なんか、そういう変わり方もありかな、なんて思ってさ」


 瑞希は少し前に、そう話してくれた。

 それは、このままの関係ではいられない、と悩んでいた瑞希だからこその言葉なのだろう。

 友達から、恋人になる。それだって、変化の一つには違いないのだし――もしかしたら、今後も一緒にいる、その理由にだってなるかもしれないのだから。


 そういう理由で、瑞希と晃生は最近、ときどき二人で出かけたりしているみたいだ。

 瑞希の発案で、これから先、関係を進めて上手くいくかどうか、それを確かめるために。


 これについては、晃生からも相談を受けたりしていた。

 悪い方に転がったわけではないけれど、それでも彼にしてみれば、二回にわたってフラれた、というか、すぐに恋人としては見られないという言われ方をした、というか、そんな形になる。

 そのあたり、珍しく傷心気味の晃生に付き合わされて、愚痴を聞かされたりしたわけなのだけれど。


 それでも、次の日になったら、「瑞希に認めてもらえるように頑張る」と笑顔で言い切っていたので、その辺りは晃生らしい、というか。

 今の様子を見ている限りはそれなりにうまくいっているらしい。これから二人がどうするにしろ、二人の出す結論を、近くから見守っていきたいと、そう思う。




 この先、僕らはどうなるのか、それはやっぱり、わからないとしか言いようがない。

 やっぱり些細ささいなことでばらばらになってしまうかもしれないし、そうでなくたっていずれ別れは来るはずで、また残念会の時のようになってしまうかもしれない、なんて不安もある。


 だけど、焦らなくてもいいんじゃないかな、なんて、今なら少し楽観的になっていられる。

 だってきっと、僕らにはこれからもまだ少しの時間が残されていて。そして少なくとも、一緒にいる意味がないわけじゃない、ということを、僕らはあの夜を通して知っていて。


 だから、もしその時が来たとしても、僕らはちゃんと、新しい結論を導き出すことができると、そう信じていられるから。

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