後日譚

後日譚―紗千

 それから、少しの時間が流れて。

 いつの間にか、春の足音が、すぐそこまで迫ってきていた。




 クリスマスの夜。わたしが魔法を使った日の事。

 今思い返しても、まるで現実味がなくて、だけど私の中に、たしかな傷と温かさを残していった、小さな奇跡。


 あの出来事はわたしに、幾つかのことを気付かせた。


 ひとつは、わたしが間違っていた、ということ。


 幸せになる、というのは、きっと、凄く難しいことで。

 そしてそれは、ただ不幸の原因を取り除いたり、望んでいたものを与えられたりするだけでは成し得ないことなのだろう。


 だから、仮にあの人たちと出会わなくて、一人であの日を過ごしていたとして。それでも多分、わたしは幸せになることができなかったのだと、今はちゃんと気づくことができている。


 そしてもうひとつ。それは、わたしにはきっと、周りがちゃんと見えていなかったのだ、ということ。


 周りに上手く馴染めなくて、そのせいで自分が周囲とは違う、という思いに囚われて、どうしようもなくなって。それで、世界から拒絶されているように感じて、それでもどこかで誰かと繋がっていたくて。


 そんなわたしの思い、それ自体が間違っていた、とは思わない。

 少なくともあの時のわたしにとっては、それは確かに切実な願いだったのだから。


 だけど。


 あの夜。

 世界から拒絶されて、誰もわたしのことを受け入れてくれないんだ、と諦めていたわたしは――しかし、演奏の後、周りの人たちと一緒になって、夢中で拍手をして。

 変な話だけど、あの時、わたしは、一人じゃないのかな、なんてことを思っていた。

 名前も顔も知らない、ただただあの場所で偶然居合わせて、同じ演奏を聞いていた、というだけの人たち。

 それでも、目の前で行われていた演奏、それを素敵だと思う気持ちは一緒なのだ、ということを、あの拍手の音が気づかせてくれて。


 だから、もしかしたら、世界はただ私を跳ね除けるだけのものじゃないのかも、なんて、そんな風に思えたのだ。


 確かに、わたしが周りと違うということを意識して、悪意を持って接してくる人もいる。

 だけど、みんながみんな、そういう人ばっかりじゃない、って。

 考えてみれば当たり前のこと。だけど、わたしが気づけていなかったこと。


 あれから、わたしは、少しだけ考え方を変えた。

 それは、「前と同じ」になろうとするのをやめること。


 そもそも、転校、という状況の中にいて。わたしが今まで持っていた繋がりはなくて、周りの人たちにはその人たちのつながりがあって。そんな中で、すぐに繋がりを築こうとしたって、上手くいくはずがない。


 わたしは多分、平気なふりをして、本当は焦っていて。

 だから、ちょっとうまくいかなかっただけで、勝手に拒絶されたように感じた、というだけで。


 それに気付いて、だからといって状況がすぐに変わるわけでもなくて。

 でも、焦らないでいよう、そう思ってみると、少し気は楽になった。


 流石に数か月も経ってしまえば、わたしの目のことを珍しがる人なんて、クラスの中にはほとんどいなくなっていて。

 親しい、というほどには仲良くなれていないけれど、それでも授業とかで普通に話せる、というくらいの人はそれなりにいて。

 学校の図書室も、ただ閉じこもるための場所ではなくなって。普段見ない場所で素敵な本を見つけたりして、そんな出会いにも少し嬉しくなったりして。


 俯いて黙っているのをやめた、ただそれだけなのに、それだけでも色々なことが変わった。

 それでも時々、転校する前の自分のことを思い出して、思うことがあったりするけれど――わたしの日々は、これからも続いていくのだ。その中で、少しずつ、違うものを積み上げていこうと思う。


 そして、ひとつ、大きな変化があって……これが、わたしを前向きにさせた、一つの要因だったりするんだけど。


 こっちでの友達第一号、と呼べるような人ができた。

 といっても、ほんの数日前のことだけど。


 時々図書室で見かけていたのだけれど、ある時その人が『アンデルセン童話集』を読んでいて、それでふと、声をかけて。


 そこから時々言葉を交わすようになって。実は、さっきの素敵な本、というのも、その人に紹介してもらったものだったりする。あとは時々、好きな童話のことを話してくれたりして、わたしはついついそれに聞き入ってしまったりする。


 わたしから話をすることはあまりないのだけれど、いつか機会があったら、『人魚姫』についていっぱい語り合ってみたいな、なんておぼろげに思っている。




 そういえばあれから、あの人たち――トークアプリのグループ名が『腐れ縁トリオ』だったので、わたしも心の中でそう呼んでいるのだけれど――とも、まだ少しだけ交流があったりする。

 さすがにあのあとグループは抜けて。友達登録はそのままだったけれど、それで連絡をしあうことも特にはない。


 けど、大学やアルバイトの後とかにふと出会って、それで挨拶したり、少し近況を話し合ったり、そんなことがいつの間にか、もう二か月以上も続いていた。


 あの夜にもお礼は言ったけれど、いつかもう一度、ちゃんと謝罪とお礼を言いたいな、なんて、そんな風に思っている。そのときは、友達のことも話せるといいな、とも。


 さて。

 そんな風に、時々話す中で、あの人たちのことも少しずつ聞いてはいるのだけれど……なんだか、あの人たちも、あの夜から、色々とあったみたいで――




 

 

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