第22話 浮島の本と最悪の想定
『まず、これが誰かの目に触れるという奇跡を信じて、ここに記載する。』
冒頭の書き出しはこうだった。
浮島から土砂と小屋が降ってきた時、腰の抜かしたアリアからは死角になっている部分でレッグは木箱を見つけ、一番上に置かれていた本を何気なく手に取った。
『もしこれを手にすることができた者がいたならば、どうかこの本ともう一冊を世の中に公表するのは待つことを欲す。まずはこれを自分で読み、そしてもう一冊を読むかどうかを己自身で判断し、最終的には貴方が決めればよいと思う。』
なんとも回りくどい表現だった。ところどころ古語のようで、現代では古臭くなったような言葉回しが続く。もしかしたらかなり昔に書かれた本なのかもしれなかった。
『この本は我々の無念を書き記したものであり、もう一冊はその原因ともなったものだ。だが、世間で語られるようなものでは決してないということだけは保証する。読んだところで魅了されるものではなく……』
レッグはここまで読んで、まだ他にも探さなければならないものが沢山あり、尚且つシトラリアの城門の閉門時間までは時間がないということに気づいていたが、それでも次を読んでしまった。
『私たちの指導者、レクタ=スクラブの思想を書いたものに過ぎない。本当の悪魔の本は別にある』
気づいた時にはレッグはその本と、もう一冊の厳重に封がしてあった本を自分の鞄に詰め込んでいた。アリアにはあとで説明しようと思った。今、この話をするとアリアは興奮してしまって誰かに言ってしまうかもしれない。それに腰を抜かしたアリアがさらに動けなくなっても困るとレッグは思った。
だが、その夜にこの本を読んだレッグは一睡もせずに考え続けていた。封を開けてレクタ=スクラブの思想を読んでみるべきかどうか。そして本当の悪魔の本というのが何なのかは、どこにも記載がされていなかったのである。
レッグがレクタ=スクラブの思想本を読んだのはそれから数日後の事だった。
***
「レッグ、お前だろ、これ書いたの」
アークの一言にレッグは動きを止めた。冷や汗が落ちるまでに時間がかかったが、このまま沈黙を続けていたら、それは肯定を意味することになるとレッグは諦めて口を開いた。
「あの本を書いたのは俺じゃない」
「じゃあ、誰だ?」
「おじさんだよ、レギオスおじさん」
アークは計画に狂いが生じているのを感じていた。全ては父親と母親を助け、そして革命軍の力でネミングを陥れてリナも救うという計画だったのである。しかし、この事態に自分の父親がかなりの部分で関係しているというのはさすがに予想外だった。
「正確に言うとハリーとおじさんの合作かな」
「なるほど、つまりはレッグの言行録とでもいうものか」
「…………不本意ながらな。と言っても全てが俺の考えというわけじゃない」
そういうとレッグは店の奥から一冊の古い本を取り出した。
「アリアにも言ってないけど、これは浮島から落ちてきた木箱に入ってた」
「研究者に渡さなかったのかい?」
「最初の数行を読んでくれ」
アークが本を開いて読み始める。横からザハラも目を通していた。その間に、レッグはもう一冊の本を取り出した。
「これがレクタ=スクラブの思想本だ。そして、この中には本当の悪魔の本のことが書いてあった」
「本当の悪魔の本?」
「ああ、歴史で習う悪魔の本はレクタ=スクラブの思想本だけど、本当は違ったんだ。だけど、その本の内容は分からない。確かなのは、と言ってもこの本が正しければ、レクタ=スクラブは悪魔の本に書かれていた事に反対して反乱を起こした。アルバニア王国は疲弊した古代シトラリア王国を滅ぼして、悪魔の本に書かれていた悪魔の騎士を手に入れようとしたらしい。その力は一騎で一万の軍にも匹敵したとか」
パラパラと本をめくって、アークはうなった。
「なんてこった、信じられない部分も多いけど歴史的な大発見じゃないか。しかし、これを公表しようとしたら命がいくつあっても足りないな」
「アーク兄もそう思うだろ」
古代シトラリアの住民はアルバニア王国によって虐殺されていた。数少ない生き残りは山岳部へと逃げたが、そこにもアルバニア王国の兵士たちは追ってきたという。
著者にとって運が良いのか悪いのか、宿にしていた小屋が地面ごと浮かんだのは逃亡の最中だった。
一人、浮島によって天高く連れ去られた著者は、そこで力尽きたのだろう。死ぬ前にレクタ=スクラブの思想本と、遺書とも言えるこの本を書いたようだった。
「浮島の上で過ごした数日の記載があるね。ちょっとそれどころじゃないんだけど、自分の研究だったものの大発見をこんな形で…………」
「アーク兄、気持ちは分かるけど、話を進めてもいいか?」
「ああ、すまない」
「ハリーは、俺を除いて、唯一この本の写本を持っている。それを俺が書いたと思ってる。否定はしたんだけどな」
「それで、写本をした?」
「いや、絶対に他に写本はするなと約束したんだ。やっぱり、悪魔の本と言われたかもしれない本だったし、気持ち悪かった。だけど、書いてあった内容は感心することが多かった。繰り返し読むうちに、俺は考え方を変えられていたようだ」
たしかに、レッグの持っている本は心の中の折れない芯ではないようだった。薄いのである。ザハラが知っている本はもっと厚い。
「そのうち、ハリーがおじさんに相談したらしい。本を書きたいと。写本の時もおじさんに手伝ってもらってたみたいだった」
「父さんはそのレクタ=スクラブの思想本を読んだのかい?」
「それは分からない。でも、気づいたらハリーが沢山の人たちを従えて、色々な場所で生き様だとか命の価値について話をするようになっていた。俺も誘われたけど、断ってたんだ。そんなに偉いわけじゃないし、自分の考えを人に説きたいとは思わないとね。いつの間にか、おじさんもその活動に参加してたみたいだった」
アークにはぼんやりとではあるが全容が見えてきた。
今まで自分たちの未来は領主に決められていた領民たちに、それを根本から覆す考えが浸透した。古代シトラリアの反乱とは動機が違い、今のシトラリアでこれほどまでにこの思想が広まったのは領主に原因があるのだろう。領民の我慢は限界まで来ていたが、爆発の方法を知らなかった。そこに、ハリーが「考える事」という武器を与えてしまった。
きっかけはレッグが本を拾ったことであるが、これは必然だったのだろう。レッグが本を拾わずに、ハリーが何も考えることなく過ごしていれば、他の何かがきっかけになったに違いなかった。
ただ、アークは考える。これほどまでに拡大した革命軍という組織はもう止まらない。自分たちは何をすべきなのだろうか。
リナを救うという事に加えて、家族も救わねばならなかったが、レギオスは完全に革命軍の中心といってもいい。革命軍そのものを救う必要が出てきた。
色々と修正が必要だ。
考えれば考えるほどに、困難というのが分かる。
「父さんが何を考えるのか聞かないとなぁ」
「おじさんは…………」
「レッグ、それ以上は言わなくていい」
アークはレッグを遮った。それ以上は、ザハラの前では特に言ってはならない。
「レッグ、アリアを頼んだよ」
アークは、覚悟を決めてここまで来た自分がまだ最悪を想定できていなかったことに気づいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます