第19話 真実と言及と暴動と暴挙
「僕は父さんたちには会ってはならないことになっててね。それで唯一父さんたちと会うことを許されている君からどうだったのかってのを聞きたいんだよ」
「おじさんも、おばさんも心配はないです。ただ、外に出ることができないから、あんまり元気はないけれど」
「運動不足にならないようにと伝えておいてくれ」
「分かりました」
アークはレッグの食堂で食事を取りながらレッグと話していた。ザハラが黙々と定食を平らげているわけだが、アークの方はあまり箸が進んでいないようだった。
「アーク兄、食べないんですか?」
「ああ、ちょっとね」
ほとんど残されたそれは、いつだったかアリアと共に食べに来た時と同じ、レアミ鳥のから揚げ定食だった。
「アーク兄、大変なのは分かるけど……食事の時くらいは楽しんでくれ」
そっと、アークの好きなお茶を注いだレッグは落ち着いて見えた。
「この……レッグのくせに」
「なんだよそれ」
アークは無理矢理にから揚げを掻き込み始めた。横からザハラが取ろうとしていたのを阻止して、追加でもう一皿注文までし始めた。アークは何かが吹っ切れたかのように食事をした。
「実は腹減ってたんじゃないか」
「うるさいな、汁も追加でくれよ」
口の中をいっぱいにして行儀悪く食べるアークを見てレッグは微笑んだ。そんなアークをザハラは見たことがなく、アークがようやく故郷で家族同然の人に出会えたのだと気づいた。
「レッグ、僕は食べているからさ、この一年くらいでシトラリアがなんでこうなってしまったのかを聞かせてくれよ」
もぐもぐと飯を噛みながらアークは言った。
レッグは、自分の知っている範囲でいいなら、と話し始めた。
最初は単純な啓発運動だったという。自分たちはどう生きるべきかという事に関して一定の思想を主張する人々が増えていった。その原因なのか、その結果なのかは分からないがシトラリアにはある本が広まった。
「心の中の折れない芯……か」
「そう。その本を知らない人はいないくらいに……人気になった」
ザハラが悪魔の本と形容し、アークも読んだあの本の題名である。あっという間にシトラリアに広まった本であったが、写本の元をたどっていくとレギオス書籍店に行きついたために、レギオス夫婦は駐留軍に捕まることになった。
著者が誰かというのが分からない。レギオスならばそれが分かるかもしれなかった。だが、将軍に聞かれてもレギオスは誰が著者なのかは分からないと言ったらしい。
レッグの周りの人間も多くがその啓発活動に参加したという。その内、その活動に参加する者たちの中で、領主の経営と税に関して文句を言う者たちが増えてきた。一度火がつくと、その勢いは止まらなかった。駐留軍が増員され、レギオス夫婦が捕まる頃には、自分たちの事を革命軍と名乗る者たちが現れ、シトラリアの至るところで反乱を呼びかけるようになったという。まだ大きな反乱にまで至っていないのは、革命軍の中でもそれを止めようとする派閥が大きいからだ。それでも少しずつ、反乱を助長する過激派が勢力を増してきている。それほどに領主の税の取り立てに領民は我慢の限界を感じていた。
「なあザハラ。王都はシトラリアの領主をどう思っているんだ?」
「そりゃ……二等兵の俺には分からんよ」
危ない。あくまで自然体で爆弾を投下しようとするアークを睨みつけると、アークはレッグには分からないように小さく舌打ちをしたようだった。
実際、王都の軍上層部はかなり危機感を持っている。ザハラは緊急時にそれなりの数の軍を招集する権限をもらってきているのである。それらはシトラリア周辺にすこしずつ配置されており、非常時には数日でシトラリアは包囲されることになっていた。そこまでアークにばらすつもりは毛頭ないが、もしかしたら気づいているかもしれない。
「レッグは読んだのか?」
「…………ああ」
「でも革命軍には加わらないんだな」
「俺はこの食堂で仕事をしなけりゃならないし、アリアが帰ってきた時にあいつを守らなけりゃならないから、そんな危険な事をするつもりはない」
まだアリアをお前にやるとは認めていないと言ったアークの皿を回収しようとするレッグと、それを阻止しようとするアークを見て、ザハラは笑うしかなかった。
ザハラはある意味エリートである。しかし、アークの歳の頃にもレッグの歳の頃にもここまでの考えと行動と実績を持っていただろうか。レッグはすでに一人前の料理人としての心構えが出来上がっていた。アークの実績は言わずもがなであり、ザハラにすら手が届かない。今は二人ともにふざけているのだろう。それが自分よりも年下の会話であるという事を際立たせていた。
久々の劣等感、むしろここまでのものは初めてかもしれず、さらには自分よりも年下の人間たちというのがザハラには腹立たしかった。
そして、さらにザハラの心を底にまで落とす言葉がアークから出る。
取り上げられた皿を狙うアークが、本を取り出した。心の中の折れない芯である。ザハラが渡したものではなかった。それをテーブルの上に投げ出してアークはレッグを睨みつけた。皿の取り合いをしている最中に言うとは思えない、その言葉で……。
「レッグ、お前だろ、これ書いたの」
ピタリと止まった手に、タラリと落ちた汗がかかるまでレッグは動くことができなかった。
***
シトラリアで最初の暴動が起こった時に、アリアもエミリーもまだシトラリアの町には入っていなかった。もちろん、暴動が起きたという報せはすぐにエミリーにまでもたらされた。
「アリア、まずいかもしれない」
「どうする? もうシトラリアへは帰れないの?」
「私たちの情報も少なすぎるわ。でも、ここまで来たっていうのに……」
明日にはシトラリアに入るという予定だったのである。しかし、今現在シトラリアは暴動を鎮圧する駐留軍および領主の私兵と、反乱を助長する革命軍で大混乱に陥っているようだった。
「お父さん、お母さん、…………レッグ」
エミリーは馬車を止めた。このままシトラリアへ行き、女二人で暴動に巻き込まれてもアリアを守り切る自信は皆無である。それにすぐに周辺の駐留軍が動いているらしい。二日もすれば包囲が敷かれ、完全にシトラリアへ入ることはできなくなるだろう。
「今の内にシトラリアへ急ごう」
「ダメよ、貴方を守らないといけないの。アークと約束したの」
二日ほど前にアリアに無茶を言われ、それを了承してしまった自分を責めていた。何事もなかったからこそ良かったものの、何かあったらと思いながらの二日間だった。もう、同じ過ちは犯さないとエミリーは決めている。
「アリアには申し訳ないけど、行かせられない。アークは大丈夫よ、捜査官の一人がついてるわ。ご両親も駐留軍の兵舎の中だから、反乱で攻め落とされない限り大丈夫。それに彼らがご両親に何かをするという可能性は低いわ」
アリアは馬車を御したことがない。エミリーが行かないといった以上、馬車はシトラリアへ向かうことはなかった。
「お願い!」
「ダメ!」
二人の言い争い、お互いが涙を流しても止むことはなかった。エミリーとて仲間の捜査官だけではなくアークが心配である。だが、エミリーにもたらされた情報には、反乱の規模がかなりのものであることと、駐留軍や領主の私兵の中の大多数も革命軍に加わってしまっているということ、すでに領主が革命軍によって殺されていることなどがあった。
いまさらである。もう間に合わない。エミリーはその判断をした。あとは祈るだけしかないのである。
だが、エミリーは理解していない。アリアがどれほどにまでシトラリアに帰りたがっていたかということを。そして、どれだけの想いを抱いていたかということを。
宿場町までもどったエミリーはすぐにアリアを見失った。
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