第28話 再会と再会

「放してっ!」


 幕舎の中に連れ込まれたアリアを見て、リナは心底驚いた。突然竜虫に乗って出て行ったネミングがアリアを攫って戻ってきたのである。アリアはまだ王都にいるはずだった。


「アリアちゃんっ!?」

「リナさん、ごめん!」


 黒い甲冑に身を包んだネミングは顔を見なくても笑っているのが分かる。おそらくはアリアが竜虫の体液を持っていると思っているのだろう。すでに残りわずかであった体液の使いどころを悩んでいたところだったからだ。


「リナァ」


 獲物を甚振るかのような声でネミングが言った。


「まさか、この娘も竜虫に乗っているとは思わなかったなぁ」


 アリアにもアークにも竜虫の秘密は教えてないと思われていたはずだった。だが、実際にアリアが竜虫に乗っている時に捕縛されてしまったのだろうか。


「さあ、これでお前は用済みというわけか。それともこの娘の方が用済みかぁ?」

「も、もう秘薬はないんです! 本当です!」

「ならば、作り方を教えろ」


 ぎりっとアリアの首が絞められた。声にならない悲鳴を上げてアリアは抵抗するが、ネミングの腕は微動だにしなかった。


「やめてくださいっ! 教えますからっ!」


 にたり、とネミングが笑った。アリアが地面に落される。せき込みながらも、アリアにはリナが泣きながら崩れているのが見えた。それはアリアが知っているリナの姿とはかけ離れてやつれたものだった。


 だがアリアは希望を捨てない。「ならば作り方を教えろ」ネミングははっきりとそう言った。そして、アリアは思う。


 まだ、……まだ負けてない。




 ***




 ネミングは誰も信用しない。それこそ執事や使用人も含めて全幅の信頼をおけるものなど皆無だろう。アークは確信していた。


 レッグとザハラにはネミングへと面会すると言っていたが、アークはそんなつもりはなかった。だからと言って訓練も受けたことのないアークがアラバニア軍の陣営にもぐりこむなどという事はできないだろう。ザハラに連れて行ってもらうのが最も簡単ではあったのだが、そうするとザハラはレッグとここに向かっているであろうアリアの護衛をすることができなくなってしまう。アークは自分の身を危険にさらすほうを選んだ。


「まずはどうにかしてシトラリアから出よう」


 出てから考えるしかない。やり方を色々と考える中で、城門からでるわけにはいかないが城壁にロープを垂らして降りるという方法を思いついていた。ザハラの協力者の隠れ家にあったロープを見てて思いついたのである。もちろん、持ち出していた。


 北の城壁の上には誰もいなかった。すでに混乱がひどく、駐留軍も領主の私兵たちも指揮系統が分からなくなっていたのだろう。今、シトラリアを攻められたら大変な事になるのが分かっていたから、ヘンリー=ウェスタは降伏を申し出ていたのだ。


 ロープを城壁に固定する。地上まで長さが足りるかどうかが不安ではあったが、なんとか降りる用意はできた。手袋をはめて、少しずつ降りればいけるはずだとアークは思った。



「アーク?」


 しかし、これから降りようとしたところで、聞いたことのある声がしたのである。


「……エミリー?」


 曲がり角の所の死角にうずくまっていたのはエミリーだった。その手には鞄が抱きしめられていた。



「なんで、ここに? それに……泣いている?」

「ごめんアーク……私、護れなかった……」


 アークへと駆け寄ってくるわけでもない。その場でさらに泣き出したエミリーに、アークは状況も分からずに混乱するばかりだったが、一つだけ聞いた。


「……アリアは?」


 彼女にお願いしていた事は一つである。それとなくアリアを護って欲しいという事だった。だが、そのエミリーがシトラリアの城壁の上で泣いている。


 アークとしてはゆっくりと考え、冷静に状況を分析した。それによって、エミリーの腕がうっすらと緑色に輝いているのが分かったのである。



「まさか、アリアはここに来ていたのか? それも……」


 それも、竜虫に乗って。もし、そうだとすればこの状況が示すのは一つしかなかった。アリアはネミングに攫われたのである。エミリーはそれを防ぐことができなかった。


「アーク、ごめん……ごめん」

「いや、いいエミリー。僕が悪いんだ」


 王都を離れるべきじゃなかった。リナを助けるためにはシトラリアの両親や革命軍の力を利用しようとしたのが間違っていたのだろう。あの時は王都にいても無力だと感じていた。その評価は間違っていたわけじゃないと思っているが、他にも方法があったかもしれない。

 せめてアリアとともに帰れば良かった。シトラリアについてからレッグに任せて入れば、いやレッグとともに遠くの土地へ逃がせばよかったのである。


「エミリー、聞いてくれ。まだ諦めたわけじゃないだろう?」


 まだ説明もしていないのに、アークは全てを理解したのだろうかとエミリーは思った。それ以上に、これ以上アークの前でふがいない姿をさらすわけにはいかないという思いがこみ上げてくる。


「ええ、まだよ」

「まずは説明してくれ。アリアとどうやってここまで来たんだ?」

「竜虫に乗って。竜虫はアリアが見つけてきたの」


 アークはまだ、希望は残されていると感じた。そしてその希望はエミリーの抱えている鞄の中に入っていたのである。




 ***




「任務ご苦労である」

「はっ」


 エミリーに連れてもらってアラバニア軍の陣営にもぐりこむというのは簡単な事だった。堂々と、正面から入ればよいのである。そして身分を偽り、高官のように振る舞うエミリーに陣営の門番は何も疑いもしなかった。もちろん付き人としてのアークも何も言われることはない。


「さすがはエミリー王国内部極秘捜査官殿」

「うっ……言っとくけれどもアークにばれたって事が分かったら私はクビになっちゃうんだからね」

「分かってるよ、ちなみにザハラもばれてるけどね」

「そうだったわね……」


 アラバニア軍の陣地は驚くほどに殺気というものがなかった。周囲の兵士たちのほとんどは気が抜けているのか、戦わずに済んだとおもっているのか、賭け事などに興じているものまでおり、規律は乱れているようだった。


「エミリーのおかげでさ」


 どこから調達したのか、アラバニア軍の軍服に着替えたアークが言った。


「ちょっと、頭が冷えたよ。ありがとう」

「それは私がアーク以上に混乱してたからって言いたいのかな?」

「まあ、そうだね」


 釈然としないものを感じながらも、エミリーはアークがいつもの表情に戻っていることに気づいていた。城壁の上にいるときはアークとは思えないほどに必死の形相だったのである。エミリーの方はもっとひどかったのであるが。


 規律の緩み切ったアラバニア軍の陣営の中で、一つだけ緊張感の漂う一画がある。そこは言うまでもなく竜虫とネミングの幕舎であった。竜虫の近くには誰も近づこうとしないために、基本的に人はいないが、その周囲を厳重に守っているのである。中心部のネミングのテントには本人と、竜虫の管理をする女性以外には誰もいないとのことだった。


「ネミング様にお目通りを願おう」

「現在、ネミング様とご面会になることはできません。誰であろうが通すなとの仰せでして」


 予想どおり、ネミングに直接あうというのは無理なようだった。


「事付けを頼めるか?」

「でしたら、お付きの方をよんでまいります。時間がかかってしまうかもしれませんが」

「分かった。よろしく頼む」



 待つこと十分ほどであろうか。陣営の奥から、一人の女性が歩いてきた。


「リナ……」

「アーク……?」


 エミリーはその光景から、反射的に眼をそらしていた。

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