第14話 生存本能と直感
エミリーはアリアを新聞社の中に入れると、すぐに誰かを呼んだようだった。
「ここも安全とは言い難い。すぐに移動するよ。その前に情報収集からね」
「ちょっと、説明をしてよ」
「誰が効いているか分からない状況だと無理。移動の馬車の中で話すから待ってて」
エミリーは馬車の手配をしていたようだった。ついでに何枚かの紙の束を渡されている。
「ここがバレた可能性は?」
「多分、ないと思う。というよりも私は同行者だとは思われてなかったみたい」
新聞社の人間と話し合うのは数分もかからなかった。すぐに新聞社の裏手に馬車が横付けされ、エミリーはアリアをその馬車に押し込んだ。幌馬車であり、外からはアリアが中にいるというのが分かりづらくなっている。御者台にのったエミリーは新聞社の人間に後は任せたといって、馬車を出発させてしまった。
「シトラリア方面に行くってのはさすがにバレてると思うけど、彼らがそこまで追手をだすかどうかってのが問題だよねえ」
「彼らって誰よ? なんで私が殺されそうにならなきゃならないの?」
エミリーは多くを語らずに馬車を走らせた。王都の城門までくると一般的には検閲を受けるはずである。しかし、エミリーは何かを取り出して門番に見せるとほとんど検査もない状態で城門の外に出てしまった。
「どうやったの?」
「私、これでもそこそこに偉いのだよ」
「ほんと、意味分かんない」
急に王都を離れる事になってしまって、お気に入りの本などが下宿にそのままになっているのをアリアは残念に思った。事態がそんな事を気にしていられない段階であるということは分かっているはずなのであるが、こればかりはどうしようもない。
馬車は思ったよりも速度が出るものだった。馬自体が良い馬ということもあるが、馬車の作りも良いものなのだろう。派手な装飾などはないために分からなかったが、かなり頑丈に作られているようである。
何故こんな馬車を持っているのかというのもアリアにとっては謎である。分からないことがありすぎてアリアはこれ以上考えるのはよそうと思った。
「さあ、どこから説明しようかね」
後ろに誰も追ってきていないことを確認して、エミリーは言った。この馬車の上であれば誰も聞いていない。
「アリアを狙ってるのはネミングだよ」
「ネミング卿? なんで?」
何故と言っておきながら、アリアには心当たりがあった。竜虫を手懐けるということは軍事利用できると、リナが示唆していたからである。だが、リナはアリアたちを巻き込まないようにと、数か月は発見を遅らせると言っていたではないか。
「私も詳しい理由は聞いてないよ。なんたってアークがそうなるかもって言ってただけだからね」
「で、エミリーはお兄ちゃんとどういう関係なの?」
王都で過ごした一年間にエミリーの姿はなかったはずである。アークと四六時中一緒にいたわけではないが、だいたいの交友関係は把握していたつもりだった。
「えっとね……元恋人……かな」
「恋人!?」
「いやっ、そのっ……本当は、恋人じゃなくて……というか……」
アークにはリナがいたはずだとアリアは今まで命を狙われていたことをすっかり忘れて動揺してしまった。
***
「仕方ないから、一回だけ抱いてあげるって言ったんだ。……ギュッとしてあげたら満足してくれそうだよね」
「おおう、そんな虫も殺せないような顔してるくせに、意外と最低だな。それは詐欺って言うんだ」
「ははっ、エミリーにも言われたよ」
最低と言われながらもエミリーはそれを了承したのか……。ザハラは同僚の女性捜査官がアークにいいように使われてしまっているのを聞いて、自分が巻き込まれたことを含めても同情しかなかった。
「僕には頼れる人物がエミリーしかいなかったからね。そうじゃなかったら、僕はアリアと共に帰らなきゃならない。アリアと一緒に帰ったら、アリアを危険にさらしたあげくに僕の動きも制限されてしまうから」
理屈の上ではそうである。ただ、釈然としないものをザハラは感じていた。今までアークに対して敬意を抱いていたのだが、それが少し揺らいでいるかもしれない。それでいて、アークが本気だという事も理解した。
アークはリナからだいたいの事情を聞きだしていた。聞いて納得しない限りはリナと別れるなんて選択をするつもりなんてなかったのである。
全てを聞いて、共に危険を分かち合うつもりだった。だが、それだけではリナや家族を守れないとアークは思った。竜虫の軍事利用は大きな力をもたらす。そしてネミング=タバレロは危険な人物だった。
ネミングから自分の大事な人たちを守るにはどうすればいいか。アークは浮島の研究を終了する決意をした。他にやることができたのである。力に対抗するためには力が必要だったが、今のアークには何もなかった。研究が一段落し、実家に帰るという自然な理由ができたのは運が良かった。
そんな中でシトラリアに残した両親が捕まっているというのを耳にすることになる。家族と恋人と、その両方を救わなければならない。
自分には何もできないのではないかと苦悩する日々であったが、アークはアリアにだけはばれないように過ごした。リナもそれをよく理解し、アリアをできる限り研究に没頭させることにしたのである。
アークは諦めるつもりはなかった。考えて考え抜いてシトラリアへ帰ってきたのである。アリアが襲われるというのはまだ先の予想であったが、それでもアリアに護衛を付ける必要があるとアークは思い、全てをエミリーに託した。自分を振った男に対して何をやっているんだろうと思いつつもアークの頼みを聞いてしまうエミリーにも、内部捜査官としてネミング=タバレロを調べる必要があり、利害は一致したのである。
そもそもネミング=タバレロを調べるというのがエミリーの仕事であり、エミリーが捜査官であるという秘密をアークに握られたというのが失態である。
「当時はまだリナとは出会ってなかったからね」
「エミリーは優秀な奴だと思ってたんだけどな」
エミリーが捜査対象の一人に捜査官であることがバレたあげくに惚れてしまって、秘密を握られたまま、その関係をズルズルと引きずってしまうなんていうのは考えられなかった。しかし、現実にアークに出会うと、それもあるかもしれないと思う。自分が女だったら惚れていたかもしれない、とザハラは思わざるを得ない。
「ザハラも協力してくれよ。僕の家族と恋人を助ける作戦にさ」
「家族を助けるってのは俺の職務に入ってるけど、アークの恋人を助けるってのはどう関係してくるんだよ」
さらっと、リナを助けるというのも作戦に組み込んだアークに対して目ざとく指摘をした。それはネミング=タバレロという大貴族とやり合うという事と同義で、ザハラではなくエミリーの管轄である。
「ふふふっ、それがね」
アークは笑った。シトラリアにきて、何度か笑顔は見ていたが、この笑い方は始めて見る。ザハラは背中にゾクっとした何かが走ったのを感じた。
「このシトラリアの革命軍を使って、ネミングの野郎をハメるんだ。僕の大切な人たちを危険にさらしたあいつは地獄の底に突き落として後悔させてやる」
こいつだけは敵に回しては駄目だ。ザハラの生存本能が警戒音を最大で鳴らす。ザハラの直感は、外れたことがない。
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